北欧フェア 〜未来への架け橋〜
来る11月中旬。
『北欧フェア〜未来への架け橋』イベント会場、ステージにてー。
「そして、予めシートをセットして置いた天板に生地を流し込み、オーブンに入れて25分焼くと、『F国風パンケーキ』の完成です!
後は生クリームや果物、ジャムなどお好みで盛り付けて下さいね。
なお、パンケーキミックス(ベリージャム付き)は会場内の食品コーナーで、見本に使われているお皿、マグカップ、ランチョンマットは雑貨コーナーで販売中ですので、ご興味ある方はぜひお立ち寄り下さいね〜。」
西条亜梨花がデザインしたゆったりとした白いドレスを着たさくらは、スクリーンに映し出された動画に従ってレシピを紹介し、会場内の商品の宣伝をすると、観客ににっこりと笑いかけていた。
照明器具等機材の搬入とステージの現場管理の担当に当たっていた俺は、「奥様の体調が心配でしょうから」と、スタッフの配慮で舞台の袖に上がらせてもらい、そこから様子を伺っていたが、さくらが堂々とステージ上で喋っているのを見てホッと息をついた。
よかった。体調も良さそうだし、トークショーも全く問題なく進行している。
少しサプライの企画があると言っていたのがまだ少し心配だが…。
「財前寺桜さん、レシピの紹介ありがとうございました!
いやぁ、F国のスイーツ、美味しそうですねぇ!
料理研究家今田素子先生に師事されて学ばれているという財前寺桜さんですが、
実はもう一人お師匠様がいるんですよね?」
トークショーの司会者に聞かれ、さくらは大きく頷いた。
「はい。私の旦那様のお母様、石藤信乃さんなんです。」
「え。」
舞台袖から思わず俺は小さく声を上げてしまった。
「お母様は、結婚前から、私に優しくして下さっていたんですが、私がお願いすると快く石藤家のレシピを伝授して下さりました。ハンバーグ、卵焼き、おすいとん、ぶり大根など、どれも美味しいものばかりで…。今、うちの食卓には、日本とF国の折衷料理がたくさん並んでいるんですよ?」
そう言えば、半々ぐらいで石藤家発祥料理出てくるよな…。
俺に配慮してご飯を作ってくれるのはもちろんの事、さくらが母と良好な関係を築いてくれている事に改めて有り難いと思ってじ~んとしていると…。
「まさに、財前寺桜さんのお家の食卓が日本とF国の文化交流の場になっているんですね。いやぁ、旦那さんが羨ましいですね〜。
財前寺桜さんのハートを射止め、毎日美味しいお料理を作ってもらえる幸せ者、石藤良二さんとは、一体どんな方なんでしょうか?」
「えへへ。逆に私には勿体ないぐらいの素敵な方ですよ?
実は良二さん、私を心配してくれて、今、舞台袖で見守ってくれているんです。」
「んん?」
この流れはなんだ?
司会者とさくらのやり取りに俺がタラリと冷や汗を流した時…。
「それは丁度よかった!じゃあ、ちょっとステージ上に呼んでみましょうか!」
「はい。きっと来てくれると思います。」
「「せーのっ。石藤良二さんっっ〜!!」」
「ええ〜っ?!」
司会者とさくらに呼ばれ、俺が慌てふためいていると、舞台袖にいたスタッフの男性ににこやかに声をかけられた。
「サプライズ企画です。ささっ。どうぞステージ上にどうぞ!」
「俺に対してのサプライズ企画だったんですか?!いや、でも、俺、仕事が…。」
スタッフの言葉に目を見開きつつ、照明器具に異変があった時、対応しなければならない俺が躊躇っていると…。
ガシッ!!
「っ…?!」
突然誰かに強く肩を掴まれ、俺は声にならない悲鳴を上げた。
「YOU!ステージ行っちゃいなよ!!何かあれば俺が対応するからさ!」
そう言って、強面にバチーンとウインクを決めたのは、小坂営業部長だった。
「こ、小坂営業部長…!!ありがとうございます。」
「ん。行ってこーい!」
「うわっ!ととっ…。」
礼を言うと同時に頷いた小坂営業部長にバシンと背中を押され、俺はつんのめるようにステージ上に出て来てしまった。
「良二さんっ!」
「おおっ!石藤良二さん、ご登場ありがとうございます!」
ステージにいるさくらと司会者は嬉しそうな声を上げ、観客席はわああっ…と盛り上がった。
「ど、どうも、こんにちは。財前寺桜の夫の石藤良二です。」
司会者の男性に渡されたマイクを手に、
彼と観客席にペコペコお辞儀をしていると、いたずらっぽい笑みを浮かべたさくらが近付いて来て、こそっと耳打ちされた。
「(良二さん、サプライズ、びっくりしました?)」
「(びっくりしたよ〜。俺、アドリブ利かないんだから、教えといてよ。)」
「(ふふっ。ごめんなさい。でも、結婚式の時と同じように大体やる事は決まっていますので…。)」
文句を言うと、さくらにそう言われ、俺は首を傾げた。
??結婚式の時のように?
寄り添いコソコソやり取りをしていた俺達を見て、司会者はニコニコして観客席に語りかけた。
「いやぁ、お二人、本当に仲睦まじいですね〜。
MF㈱2課の課長である石藤良二さんは、この会場の照明器具の搬入を担当されています。
仕事上も支え合うお二人は、ベストパートナーですよね。
そんなお二人に幸せをあやかりたいという方も多いのではないかと思いますが、皆さん、どうですか〜っっ?」
司会者の問いかけに観客席は再びわぁぁっと湧いた。
数人「あやかりた〜い!」と叫ぶ人もいる。
「は〜い!では、皆様のご要望にお答えしまして、欧米の結婚式でよく行われるガータートスというイベントをやっていきたいと思います。」
「えっ。||||」
司会者の言葉に、俺はざっと青褪めた。
「ガータートス」
それは、F国の結婚式でも行われるイベントで、花嫁が左太ももに身に着けているガーターを新郎がスカートの中に入ってはずして投げ、それを受け取った未婚の男性が次に結婚できるという、ブーケトスの男性版といえるものだ。
俺達の結婚式でも一度検討を試みたが、
さくらのスカートに顔を突っ込んで口でガーターリングを外すなんて、俺にはとても出来そうになかったし、日本の習慣にもそぐわないだろうという事で見送ったものだった。
「ガータートスとは……新婦新郎の幸せのお裾分けという意味合いがあります。また、新婦の右太ももに付けたガーターリングを二人の間に生まれて来た赤ちゃんのヘアバンドにしてつけてあげると、その子は元気に幸せに育ってくれると言われていまして…。…。…。」
司会者が説明をしている間、俺はさくらに青い顔を向けた。
「(さくらっ。俺、ガータートスなんて出来ないよ。)」
「(大丈夫ですよ。良二さん。皆さんに受け入れられ易いようにかなりアレンジしていますから。私が自分でガーターリングを外して皆にお見せしている間、良二さんは、スタッフさんからそれと同じガーターリングが入ったかごを受け取り、客席にいくつか投げて頂ければいいんです。)」
「(ああ、それならなんとか…。)」
「(あと、最後はそこの通路に投げて下さい。実は……。……。)」
そんな刺激的なイベントにはならなそうで、ホッとする俺にさくらは天使の笑顔で微笑み、更にコショコショ耳元で囁いた。
「ハーイ!それでは、観客の皆様に幸せをお届けするガータートスをやっていきたいと思います。
お二人ともお願いします!」
「「はーい!」」
司会者の呼びかけに従い、俺とさくらは前に進み出て…。
「んしょっ…。」
パサッ。
膝上までドレスを捲り上げて左もものガーターリングを外すさくらの姿に会場は「おおっ…!//」とどよめき、面白くない俺はそんな彼女を隠すように庇い立った。
「今、私が身に着けていたのと同じガーターリングを会場の皆さんにお届けしますね。良二さん、お願いします!」
「お、おう…!//行きますよ〜!!えいっ…!」
俺はガーターリングが入った籠をスタッフから受け取り会場に投げると、観客席はざわめき…。
「財前寺桜さんのガーターリングは俺のもんだぜっ!!ハッ!!」
男性客の一人が、必死に飛び上がってリングを取ろうとしていた。
ん?あの人どこかで見た事があるような…?
「あれって座練さん…??」
「ハハ…。あの人、来ていたのかよ…。」
俺とさくらは苦笑いを浮かべて顔を見合わせた。
パシッ!
「やった!」
投げたガーターリングは、最後列のカップルが受け取り、歓声を上げた。
「くっそー!!もうちょっとだったのに…。」
本気で悔しがっている座練の声が響く。
やめてくれ、座練!
同じ会社の人間とバレたら恥ずかしい!
「えいっ…!やっ!」
「わぁっ!」
「ラッキー♪」
「くっそぉ!次こそは!」
「最後の一つです!あっ…、しまった…!」
ガーターリングをキャッチした観客の嬉しそうな声、悔しそうな座練の声が聞こえる中、俺は最後のガーターリングを誤って通路側に投げてしまった。
「ガーターリング、確かに受け取ったぞ!」
そこへ、通りがかったすらっと背の高い男性が、ガーターリングを片手に立ち上がった。
銀髪に青い目の端正な顔立ちのその青年は、俺もさくらもよく知る人物だった。
その傍らには、これまた、俺達のよく知る女の子が寄り添っていた。
「ガーターリングをキャッチ出来た方、おめでとうございます!次に幸福を授かるのは皆さんの番ですね。素敵な相手がきっと現れることでしょう。最後に受け取った方、何か一言お願いします。」
司会がそう言葉をかけると同時に周りのスタッフさんからマイクを渡され、観客席から注目が集まる中、彼は頷いた。
「はい。妹に引き続き、幸せになれるなら、嬉しいです。もう、相手は現れていますけどね…。」
「んん?妹に引き続きって、あれあれぇっ!?もしかして、あなたは財前寺桜さんのお兄様、財前寺龍馬さんではないですかぁっ!?」
「はい。財前寺龍馬です。」
芝居がかった口調で司会者に紹介されると、龍馬さんは端正な顔を綻ばせた。
その笑顔に女性客から「キャーッ!」と黄色い歓声が上がる。
「おやおやぁ、そしてその隣にいるのは、財前寺桜さんとよくお料理紹介動画を上げている、宝条秋桜さんっ!?」
「はーい!宝条秋桜です!」
同じく司会者に紹介され、隣の席にいた金髪翠眼の宝条さんはにこやかに返事をすると立ち上がった。
男性客から歓声が上がり「こすたそ!」「天使降臨!」と動画のファンらしき声も聞こえた。
「お二人は恋人同士のコスプレイヤーとしても有名でいらっしゃいますね。どうぞお二人共ステージにいらして下さい。
」
「「はい。」」
スーツ姿の龍馬さん&シックなワンピース姿の宝条さんは美男美女でとてもお似合いで、ステージの上に並び立つと、二人はこちらに小さく手を振って来たので、さくらは手をふりかえし、俺は会釈をした。
さくらと共にとても顔面偏差値が高い煌びやかな空間を作り出し、観客からほうっとため息が漏れた。
気後れして、後退ろうとする俺の腕をさくらはガッチリ捉えて離さなかった。
「良二さん、どうして下がろうとするんですか…!私達は二人で一つですよ?離れたら寂しいです。」
「あ、ごめん。俺だけ見劣りするかなと思ってつい…。」
怒られてつい正直に言ってしまうと、さくらが大真面目な顔で言った。
「何言っているんですか。良二さんのカッコ良さは人類が到達し得る至高の域に達しています!自信を持って下さい!」
「そんな大げさな…。」
と苦笑いしながらもさくらにそう言ってもらえたおかげで自然と背筋が伸びた。
そして、司会者に質問を受け、4人で北欧料理について、相手との関係について10分程雑談を繰り広げ、ラストまで会場の空気を盛り上げる事が出来た。
「F出身のご両親をお持ちの財前寺桜さんと日本人の石藤良二さんが結ばれ、今新しい命が育まれて、
そして、同じくF出身のご両親をお持ちの財前寺龍馬さんとS出身の祖父母をお持ちの宝条秋桜さんが愛を育てていらっしゃいます。
彼らと彼らの愛が北欧の国々と日本の架け橋そのものではないでしょうか。
どうか皆様、彼らに盛大な拍手をお願いします!!」
司会者の結びの言葉に観客席から割れんばかりの拍手が巻き起こり、俺達は観客席に向かって揃ってお辞儀をして、アコーディオンカーテンで作られた小さな幕が下ろされた。
そのまま、袖口に向かうと、近くに備え付けられたモニター画面に、司会者が観客に呼びかける様子が映し出されていた。
「では、これにて、本日のトークショーを終了致します。
皆様、ご参加下さり、本当にありがとうございました!
スタッフが観客の皆様に、財前寺桜さん&宝条秋桜さん共同監修で作られた北欧クッキーをお配りしますので、よろしければお土産に持ち帰って下さいね〜。」
司会者の言葉に観客は席を立ち、ほとんどの人がスタッフからお土産を受け取る為列を作る中、一人の観客の女性が、お土産には見向きもせず、足早にその場を離れて行くのを見えた。
キャスケットを被った地味な格好のその女性はどこかで見た事があるような気がして、目で追っていると、女性が一度だけチラリとこちらを見て…。
「っ…。」
すぐにふいっと視線を反らせて、行ってしまった。
ハンカチを目に押し当てていて、よく顔が見えなかったけれど、香織に似ていたような…。
いや、まだマスコミに追いかけられる生活を続けてホテル暮らしをしている筈の彼女がこんなに人の多いところに来るわけないよな。
きっと他人の空似だ…。
画面から目を離し、俺がブンブンと首を振っていると、さくらは俺の腕を取り、明るく話しかけて来た。
「良二さん、行きましょう?バックルームにいるお父様と今田先生に無事終わった事をご報告しに行かなくては!」
「あ、ああ。そうだな。行こう、さくら…!」
俺とさくらは微笑み合い、寄り添って歩き出したのだった…。
*あとがき*
こちらにて、本編のお話を一区切りさせて頂きます。
今まで読んで下さり、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございました✧(;_;)✧
次話以降2話分おまけ話となりますので、どうか最後まで見守って下さると嬉しいです。
今後ともどうかよろしくお願いします。