一夫多妻制家庭の終焉《白鳥香織視点》
数ヶ月ぶりに面会用のガラス越しに会った夫、白鳥慶一は、げっそり痩せて、無精髭を生やし、落ち窪んだギョロギョロした目で私に訴えかけてきた。
「なんで僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだ…。僕は嵌められたんだ…。
青田め、ボンクラなお前をとり立ててやった恩も忘れて内部告発なんて裏切りかましやがって…!
宮並め、地味で取り柄のないお前を女として輝かせてやったのに、僕の女性遍歴をよりによって、会社の動画システムで流しやがって…!
とんでもない部下達のせいで、僕が心血注いで立ち上げた会社が潰れてしまった…!!
刑事達は、この僕をヤクザまがいの乱暴な取り調べをしてくるし…!
頼みの綱の弁護士は、今一やる気がないし、高圧的な態度をとってくると思ったら、この間バッグにSQプリンセス24、最上遥のサイン付きストラップを付けてやがった。
推しのアイドルを寝取ったと勘違いして俺に嫌がらせしているに違いない!
僕が手をつけたのは、SQプリンセスの上位メンバー12人のみで、最上には手を出していないのに…!
きっと、弁護士の選定には財前寺龍人が裏から手を回したのに違いない!
畜生…!畜生…!!」
拳を奮わせ、悪態をつくその姿にはモデルのようにイケメンでオシャレだったスワンの社長としての面影はなく、もはや憐れみさえ感じながら彼に告げた。
「辛い境遇でしょうけど、全部はあなたが弱い立場の人を虐げて、いいように利用して悪どい事をしてきたせいで、自業自得でしょ?」
さくらちゃんにちょっかいを出そうとした慶一が、良二くんや財前寺社長に返り討ちにされ、私に不妊の事実を知らされ離婚届を突きつけられたあの日…。
慶一の会社、スワンで青田という慶一の片腕だった社員は、警察に駆け込み、慶一が指示した脱税の為の書類改竄について自首し、慶一が会社のお金の使い込んだ記録を公開した。
それと同時に慶一と愛人関係だった宮並という女性社員は、会社のシステムを使って、自分とそれ以外の慶一の女性関係についてまとめた動画をネット上に投稿し、大騒ぎになった。
青田という男性社員と慶一は程なく逮捕され、宮並という女性社員は世間からはやや同情的な目で見られながらも、慶一と関係のあった女性の何名かから名誉毀損で訴えられていた。
『スワン社長、欲にまみれた杜撰な資金管理の実態!』
『種無し王子、夜のご乱交!!托卵妻を次々と迎え入れ…!?』
『1年前の不審な交通事故!人気料理研究家の夫に危害を加えるよう部下に指示か…!?』
など、なぜか個人的な情報や、私が知らない憶測じみた情報も流れ、毎日週刊誌やテレビを賑わせていた。
妻である私にも当然取材陣が殺到したが、文書で短い回答を発表後、財前寺家で用意して頂いたビジネスホテルで外出を控え過ごしていた。
子供と共に実家に帰った綺羅莉、舞香も家に缶詰め状態だったらしい。
綺羅莉と舞香からは電話がかかって来て、「騙された。慶ちゃんと香織さんのせいでひどい目に遭った。」「勝手に父子関係をDNA鑑定するなんてひどい!」
「子供が可哀想!」など文句を言われたが、
「先に騙して来たのは、綺羅莉(舞香)。子供の父親が慶一でないだろうと分かっていながら既婚者の家庭に無理に入って来た。
子供の為を思うなら子供の本当の父親と一緒に家庭を築くべきだった。」
と私が主張すると、彼女達は泣き崩れた。
どの道、自分は慰謝料なしで慶一と離婚するつもりだけど、彼女達はどうするのか(慶一との婚姻を継続させるなら、新たに一夫多妻制の婚姻手続きをする必要がある。)聞いてみると、彼女達は慶一がこんなに大騒ぎになっていて、新たに婚姻手続きを結び直す意思はなく、離婚して養育費をもらった方が得と思っているようだった。
→一夫多妻制の許された社会の世界線なので嫡出否認の出訴期間が1年のまま、民法改定(現在は出訴期間3年に改定)されておらず、最年少の万里生が1才になっている現時点で、三人の養育費の支払いは免れない。
それを聞いて、ちゃっかりしていて彼女達らしいなと苦笑いしてしまった。
慶一、綺羅莉、舞香に対しては今までの恨みつらみもあり、離婚に対してあまり罪悪感を感じなかったが、綺羅莉と舞香から、桃姫ちゃん、万里生くん、瑠衣司くんが慶一や私と離れてしまったのを寂しがって泣いていると聞いた時には流石に胸が痛んだ。
嘘で固められた崩壊必至の家庭でも、子供達にとっては、ただ一つの家庭であった事に間違いはない。
私の行動で子供達からその場所を奪ってしまった事は忘れてはならないと思った。
「それに、私はあなたの愚痴を聞きにここに来たんじゃないの。
面会時間が決まっているのだから、お願いしているものを渡してくれるかしら?」
「…!」
私にそう言われて、慶一はギクリとした表情になった。
覚悟を決めた綺羅莉と舞香は離婚届を記入して、慶一のいる施設に郵送をしたらしいが、彼から離婚届が戻って来ないので、今日私が直接引き取りに来たのだった。
「な、なぁ。香織!離婚は考え直さないか?
家庭にあんな性悪な妻達を引き入れて
僕が悪かったよ。
一途な愛を向けてくれる妻は君だけだし、僕が真実の愛を向けているのは君だけだった。」
「はい?」
一途な愛って何?
真実の愛って何??
慶一の口から飛び出す単語が理解不能で、私は顔を顰めた。
「ここを出たら、僕はまた起業して財を築くよ。
托卵妻と子供達とは縁を切って一から関係をやり直そう!
ホラ。あの嫌味な山本も不妊で精子が確認出来なくても、手術で採取できて、妊娠出来る場合もあるって言っていたじゃないか!」
「ええ、まだ希望を捨てるには早いわよね。」
ギラギラした目でそんな夢を語る慶一に私はにっこりと笑顔を向けた。
「ああ!だから、二人で協力して、今度こそ本当に僕の子を…」
「そうね。罪をきちんと償った後、私でない他の誰かと子作り頑張ってね?」
「香織?」
愕然とする慶一に、顎に手を当てて私は考えながら発言した。
「真実の愛が何かは、分からないけれど、少なくとも私達の間にないのは確かね。
石藤くんと財前寺桜さんのようにお互いを信頼し合って、慈しみ合っている二人にはあるかもしれないけど…。」
「暴力夫と変態妻に真実の愛だと?!あんな奴ら、いつかきっと報いを受ける時が来る!!」
怒りと憎悪に染まる慶一に、私は苦笑いをした。
「そうかもね。良い意味でも悪い意味でも自分のやって来た事がいつか自分に返ってくる。ホームページで見たけど、彼女、石藤くんの子を授かったみたいよ。」
「な、なん…だとっ?!
お、俺がこんな辛い目に遭っている時に、石藤には子供が出来たっていうのかっっ!?」
ホームページに幸せそうに寄り添う二人の写真が掲載されていたのを思い出し、胸が痛みながら慶一に伝えると、彼はムンクの絵のように顔を歪めて、衝撃を受けていた。
「ええ。二人を見習って私達も少しでもいい方向へ進んで行きましょう。離婚届を渡してくれないのだったら、裁判を起こしてもいいけど、これ以上訴訟が増えるのは困るんじゃない?」
「〰〰〰〰!!く、くそったれ!!」
バンッ!
「ありがとう。慶一くん。」
彼が叩きつけるように差し入れ口に置いた書類を受け取ると、私は彼に心からの笑顔を向けたのだった…。
✽あとがき✽
いつも作品を読んで下さり、ありがとうございます!
活動報告でもお知らせしましたが、昨日「一夫多妻制」40万pv達成しました。
応援下さった読者の皆様、本当にありがとうございます(;_;)
感謝の気持ちを込めてヒロインのさくらちゃんをイメージしたAIイラストを「みてみん」に投稿していますので、よければご覧下さいね。
https://42432.mitemin.net/i968410/
今後ともどうかよろしくお願いしますm(_ _)m