白鳥への制裁《白鳥香織視点》
最後を見届けたいと言った私のワガママを良二くん達は聞き届けてくれた。
打ち合わせ当日ー。
財前寺家の人(権田さんとは別の方)に付き添われ、私はホテルからRJ本社に向かった。
さくらちゃんの父親、財前寺社長は、私を13年前にさくらちゃんを助けた恩人として温かく迎えて下さり、今後マスコミから身を守るのに力になってくれると言って下さった。
とても有難かったけれど、私は騒動の元になっている慶一の妻であり、良二くんを裏切り、ひどい言動を取って来た事を思うといたたまれなくもあった。
慶一が参加しているという打ち合わせの休憩時間になるタイミングで様子を見計らって、財前寺社長と友人らしき男性と共に良二くんと年配の男性のいる会議室に入った。
程なくして、良二くんが前方にある機材を操作すると、前方スクリーンに隣の部屋で今起こっている事が画像が映し出された。
そこには、良二くんと私の映った写真を見せられ、顔を覆って肩を震わせているさくらちゃんに、慶一が優しく呼びかけていた。
『さくらさん…。僕達はまだ若い…。一緒に人生をやり直しませんか?』
『えっ。』
『実は、僕はずっと前からあなたに惹かれていたんです。』
『白鳥さん…!』
さくらちゃんは、胸元で手を組み合わせ、大きな目をパチパチと瞬かせ、慶一を見詰めていた。
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『他の女の子と浮気するような男子なんか別れて、僕と付き合わないか?
僕の方が彼より君の事を分かってあげられると思うよ?』
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かつての自分も同じような状況で慶一に口説かれた事を思い出し、私は唇を噛み締めた。
慶一の思い通りに進んでいるように見えて、それからの展開は意表を突くものだった。
さくらちゃんが誘い込んだスペースには、ランジェリーを身に着けた筋肉質な男性(権田さんに似ているような??)
がいて、さくらちゃんは、BL趣向をカミングアウトし、慶一とその人のAV動画を撮らせてもらうよう頼んでいた。
多分、そういうシナリオだと思うのだけど、その演技は真に迫っていて、思わずその場にいた他の人と一緒に、良二くんを見てしまったけど、アブノーマルなプレイはしてないと彼は慌てて否定していた。
それからすぐに良二くんはさくらちゃんを守る為に隣の部屋に入って行った。
私は不安を感じながらも、財前寺社長、関係者っぽいスクリーンに映る映像を引き続き見守るしかなかった。
自分のやった事を棚に上げて、さくらちゃんの事を性悪のド変態女と罵る慶一に対して、さくらちゃんは凛とした態度で言い返す。
『何が王子ですか?!あなたは、卑劣な計略を巡らし、人のものを奪い取ろうとする、薄汚いこそ泥じゃないですか!』
『なっ。こ、この光り輝く僕がこそ泥だとっ。』
恐らく女の子にこんな風に罵倒された経験がないであろう慶一は、ショックに顔を歪めた。
『そうです。そして、私にとってあなたは何の価値もない人。あなたが誰と絡もうが気色悪いだけで、一切萌えませんんっっ!!』
『う、ううっ。価値がないだとぉっ?王子のこの僕を罵倒しやがって!こ、この、天使のような外見の悪魔めっ!!』
『きゃっ。』
『さくらお嬢さ…!』
「「「「…!!」」」」
逆上した慶一が、さくらちゃんに向かって拳を繰り出そうとしたのに私も他の人達も青褪めて息を飲んだところ…。
『っ…!白鳥ぃぃっっ!!』
ガターン!!
『?!うわぁっ!!』
『『!!』』
「「「「!!」」」」
パーテーションを蹴倒しながら、隣のスペースから良二くんが飛び出してきた。
『俺の妻に何してんだぁっっ!!』
ボグウッ…!!ドゴオーン!!
『ぶげえっ…!!』
…!!!!
良二くんは、さくらちゃんを殴ろうとした慶一の左頬を殴りつけ、彼を部屋の隅までぶっ飛ばした。
「あわわ…。スワンの社長ぶっ飛ばしちゃった…。」
「おやおや。これはこれは…。」
「け、慶一くん…。良二くん…。」
会社関係の二人の男性が目を見開く中、財前寺社長は、青褪めている私を気遣い声をかけて下さった。
「白鳥香織さん、旦那さんに危害を加えてしまい、申し訳ありません。
これから隣に移動します。更に辛いものを見ることになりますが、同行されますか?」
「は、はい…!」
どんなに辛い展開になろうとも、ここで逃げたら覚悟を決めた意味がない。
私は勇気を奮い立たせ、困ったような笑顔を浮かべる財前寺社長に頷いた。
「柔道黒帯の私も、ぜひ石藤くんに加勢をばっ!」
良二くんと同じ会社の人らしきガタイの大きい男性も張り切って部屋を移動しようとしていたけれど…。
「ああ、すまない。MFの営業部長さんは、ここに残って最後まで中の様子を記録できるように機材を見ていてくれるかい?」
「あ、は、はい…。で、では、引き続き中で見守らせて頂きます…。」
財前寺社長に頼まれ、その人は少し気落ちした様子で会議室へ戻って行った。
✽
カチャッ。
「こ、この、ド変態性悪女に、暴力脳筋男のクソ夫婦がぁっ!!親にも殴られたことのないこの僕の顔を傷付けやがっ…」
ガッ!!
「ひいっ!!」
「「「「!!」」」」
部屋に入ると、私達が入って来たのにも気付かない様子で、痛みに涙を流し悪態をつく慶一の襟首を良二くんが掴み上げていた。
その近くで座り込むさくらちゃんとそれを庇うように立つ(おそらく)権田さんが息を詰めてその様子を見守っている。
「っざっけんな!!さくらを傷付けようとするなら、お前のスカシ面なんか何度でも殴ってやるっ!!
人の妻を侮辱するな!殴ろうとするな!!
さくらは、お前のようなクズの価値観では推し量れない素晴らしい最高の女性なんだ!!
この位の痛みに耐えられねーぐらいなら、二度と彼女に近付くんじゃねぇっ!!分かったかっ!!」
「ふ、ふぎっ…。ふぐっ…。||||||||」」
…!!||||
そう怒鳴って凄む良二くんは、憤怒の表情を浮かべていて、慶一は恐怖に震え、返事も出来ないようだった。
「石藤様。相手は戦意を喪失しています。もうその位で…。」
「!」
バッ。べシャァッ!
権田さんに声をかけられ、腕を緩めると、慶一は床に再び転がり、泣き出した。
「ううっ。うふぅっ…!」
「……。」
卑劣な計略でさくらちゃんを手に入れようとした上、危害を加えようとし、良二くんに返り討ちに遭い不様な姿で泣いている夫の姿に私はなんとも言えない遣る瀬無い気持ちになった。
「りょ、良二さん…!」
「…!」
名前を呼ばれ、良二くんは震えているさくらちゃんを振り返り一瞬苦しそうな表情を浮かべたが…。
「わ、わたしの旦那しゃま、超ウルトラスーパーカッコ良過ぎ…♡♡
こ、腰が抜けた…。」
「え?」
ぷるぷるしながら呂律の回らない口調でさくらちゃんにそう言われ、良二くんは聞き返した。
「普段は優しいのに、いざという時は私を守ってくれる良二さん、最高の旦那しゃまです♡」
「さ、さくら…!///」
良二くんが格好良すぎたせい(?)で、腰が抜けたという彼女はずりずりと良二くんの方へ這い、抱き着いたが、彼の手を見て顔色を変えた。
「あれっ!?良二さん、右の拳が腫れています!」
「あ、いや、大した事ないよ。」
慶一を殴った時に痛めたのか、さくらちゃんの言う通り、良二くんの拳は少し腫れているように見えた。
「私の為に…ありがとうございます。」
チュッ。
「さくら…!///」
「っ…。」
さくらちゃんは涙を浮かべて良二くんの腫れた拳に口付けていた。
私はそんな二人の姿を正視出来なかった。
『良二くんはイケメンでなくても、運動部のエースとかでなくても、穏やかな優しい人だと思ってたのに、白鳥くんや、クラスの皆にあんな風に怒鳴るなんて最低だよっ!!
演技でキスしたぐらいで何っ?!自分は親友の穂乃花とあんな事してっ!!
楽しみにしていた文化祭の劇を台無しにしてっ!!
いいところ一つもないじゃんっ!!』
13年前、同じような状況にありながら、良二くんを信じる事が出来ず、慶一に傾き、ひどい言葉で詰ってしまった事を思い出した。
どうして、私はあの時、画像と慶一の言葉に惑わされて、良二くんを信じてあげられなかったんだろう。
ちゃんと話を聞いてあげられなかったんだろう。
彼女のように最後まで彼を信じる事が出来ていたら、違う未来があったかもしれないのに…。
お互いを慈しみ合い信頼し合っている二人の尊い姿を前に、私の胸は激しい後悔にズキズキと痛んだ。
「ううっ…。ぐすっ。お、覚えてろよっ。僕に対して振るった暴力について訴えてやるからな!
知り合いの記者にも、お前達夫婦の所業を洗いざらい話してっ…」
「それは穏やかではないな。」
「…!!ざ、財前寺…龍人…?!」
「お父様…!」
「お義父さん!…」
慶一の発言を遮るように、財前寺社長が前に進み出た。
「悪いが、訴えたとして、困るのは君の方になると思うよ?
他にも複数カメラを仕掛けていて今の状況は録画されているんだ。
その映像を私達も隣の部屋で見ていたから知っているよ。君が自分ででっち上げた良二くんの不倫に付け込んで、さくらに迫っていたところ。
そして、君がさくらに手を上げようとして、良二くんが守ったところは直接この場で目撃させてもらったよ?
どう見ても正当防衛だと思うがね…。
ああ、どうしても週刊誌のネタを提供したいというなら。権田に迫られている君の動画のデータ、お渡ししようか?」
「〰〰〰!!! 」
慶一は、財前寺社長の言葉に絶句し、顔を引き攣らせ、
権田さんは、ランジェリー姿にガウンを羽織り、にこやかに微笑んだ。
「前代未聞のスキャンダルになってしまいますねっ。」
「お、お前ら全員グルだったのか?!
成功を収め、一夫多妻制家庭を築くほど前途有望なこの僕を、陥れるつもりかっ!?許さん、許さんぞうっ!!」
「慶一くん、もうやめてっ!!」
憎悪に歪んだ顔で周りに喚き散らす慶一を見ていられず、私は彼の近くに寄り、叫んだ。
「か、香織…?な、何でここにお前がいるんだ!?ま、まさかお前まで裏切ったのか?!」
そこで、初めて慶一は私に気が付いたようで、驚愕の表情になった。
「先に、裏切ったのはあなたの方でしょ?!
妻である私に、良二くんとの不倫をけしかけて、こんなものまで使って、さくらちゃんを奪おうとするなんて!」
私はバッグに取り付けられていた盗聴器の写真を慶一の足元に投げ付けてやった。
「…!ご、誤解だ。僕はお前の浮気を調査しようとして…。」
「良二くんは私と不倫なんかしていない!あなたに怪しまれないようそれらしく振る舞っていただけ。昨日ホテルの部屋には良二くんだけでなく、さくらちゃんとその男性もいて、あなたの卑劣な企みを全部教えてもらったわ!
何が一夫多妻制家庭を築く程の前途有望な僕よ!!
あなたが女を捨て駒のように扱う碌でもない男だから、逆に利用される事になるのよ!」
「な、何だとっ?!妻のくせに僕に対してそんな口をっ!!子供が産めなくてもお前をずっと第一夫人の座に置いてやった恩も忘れて!!」
「…!!そんな風に思っていたのね。じゃあ、私が子供が産めなかった理由を教えてあげるわ!!よく見て?」
私は、バッグから、取り出した書類を彼に渡してやった。
「何だ、これ…?俺の診察結果…? …???||||||||」
彼はその書類を見て、どんどん青褪めていった。
「嘘…だろ?精子が確認出来ない…?
僕が…不妊の原因っ…??
か、香織、いくら腹に据えかねたからってこんな質の悪い嫌がらせはや、やめろよっ…。
俺には綺羅莉と舞香の間に三人の子供がいるんだぞっ?」
縋るように私を見る慶一に私は大きなため息をついた。
「私もそれが本当じゃなかったら、どんなに良かったかと思ったわ。
あと、これ、彼女達の同意取ってないから、証拠書類にはならないけど…。」
更に3枚の書類を慶一に差し出す。
「DNA…鑑定??ち、父親の可能性を、排除…?!
桃姫…、万里生…瑠衣司まで…?
う、嘘…。嘘だ、こんなの…。だって、三人は、ぼ、僕の…。
き、綺羅莉と舞香は…今まで俺を謀っていたっていうのか?
し、信じられん…。」
「そう思うなら、彼女達の同意を得て、もう一度鑑定してみたら?
私は、もうあなた達との腐り切った関係をこれ以上続けていく気はないから、受け取って?」
震えている慶一に、私は最後の書類を手渡した。
「か、かおりっ……!|||||||」
それは、自分の欄を記入した一夫多妻制専用の離婚届だった。
慶一が絶望の表情を浮かべた時、今まで私に理不尽な境遇を強い続けた彼にようやく一矢報いられたような気がして、私は歪んだ笑いを浮かべた。
「香織さん…。」
「……。」
さくらちゃんと良二くんはそんな私達夫婦の醜くも最低な終わりを神妙な顔で見詰めていた。