決断の時《白鳥香織視点》後編
「「香織さん、出張いってらっしゃ〜い!」」
「いってらっしゃ〜い。」
「いってら〜。」
「ら〜。」
「行ってきます…。」
綺羅莉と舞香と三人の子供達に見送られ、私は出張と偽り、纏めた荷物と共に今まで暮らして来たマンションを出た。
(慶一は仕事で先に家を出ていた。)
次に彼女達と会う時には、お互いにこんなに穏やかな関係ではいられないだろうな…。
慶一とも…。
これから慶一と彼女達と繰り広げる修羅場を予感しながら、
私はただひたすら前に進むしかなかった。
滞在先のホテルの喫茶店で落ち合った良二くんとは、慶一に怪しまれないよう、不倫を疑わせるようなムードのある会話をして、2つあるバッグのうち一つ(ICレコーダ入り)を席に《《置き忘れ》》たまま、宿泊している部屋に行くべく二人でエレベーターに乗り込んだところ、後ろから誰かに写真を撮られる気配がした。
横目でチラリと見遣るとメガネとマスクをした黒い服装の男がこちらにスマホを構えていた。
その男は何度か会った事のある慶一の部下に似ているような気がした。
彼は慶一に私と良二くんの不倫の(ように見える)写真を撮るよう命令されていたらしいが、今は良二くんの協力者らしい。
良二くんに、慶一が、妻である私を利用して、不倫をでっち上げ、良二くんとさくらちゃんの仲を引き裂こうとしていると聞いた時には流石に絶句して、最初はまさかと思った。
けれど、そうだと仮定して考えてみると、仕掛けられたICレコーダー、そして再構築を申し出ながらも、あれ以来必要以上にこちらに関わってこない慶一の一貫しない態度全てに説明がつき、納得出来てしまったのだ。
そして、スマホを構える男の存在は良二くんの言葉を更に裏付けるものになっている。
ガチャッ。
「ふうっ…。」
「大丈夫か?」
「え、ええ…。」
良二くんと共に自分の宿泊している部屋に戻り、一時的にせよ、盗聴も監視も心配のない空間へ来て、私は気の緩みで少しふらつき、良二くんに心配をかけてしまった。
「「失礼します!」」
「「!」」
そこへ、見覚えのあるいかつい男性と銀髪に青い目の女性が現れた。
「お久しぶりです。香織さん…!」
「さくらちゃ…財前寺桜さん…!」
13年ぶりに対面した彼女は、小さい頃の面影をそのままに美しく成長し、困ったような笑顔を浮かべていた。
✽
それから、私、良二くんとさくらちゃんは対面でソファの席に座り、
さくらちゃんと一緒にいたいかつい男性=13年前、さくらちゃんを迎えに来た時に一度会った事のある、財前寺家の運転手さん、権田さんから今回の件について説明を受けた。
「私からの話は以上になります。何かご不明な点はございますか?」
「いえ。ない…です。||||」
青褪めながらも首を振った。
何年も前からさくらちゃんは、私の夫である白鳥慶一に、アプローチを受けており、最近でも協賛イベントの仕事を通じて良二くん、さくらちゃんに私を利用して揺さぶりをかけてきていた事を知った。
おそらく、慶一の狙いはさくらちゃん、人気の料理研究家にしてRJ(株)社長令嬢、財前寺桜と良二くんの仲を引き裂き、自分がその夫に収まること。
慶一は、自分の思い通りにするために手段を選ばないところがあり、良二くん達は彼の悪事を暴く為にかなり大掛かりな計画を立てているそうだった。
(はっきりと言わなかったが、慶一は別件でも悪事を働いている事があるようだった。)
慶一が、不倫以外にもこんな悪どい事をしていると知って私は震えた。
やはり、関係を再構築したいなんて、嘘だった。
それどころか、二人の仲を裂く為に、妻である私を利用して良二くんの不倫をでっち上げ、もしくは本当に不倫するようにけしかけていた。
彼にとって、私はもはや大事な妻などではなく、計略の為の捨て駒でしかない事実にひどく打ちのめされた。
「ショックな事を一度にお伝えしてしまってすみません。
白鳥の悪事を暴くと同時に世間は大騒ぎになり、その混乱に妻である香織さんにも巻き込まれる事になるでしょう。
良二さんを何度も傷付けようとする白鳥は憎いですが、香織さんは私にとっては恩人で、ずっと目標にしてきた憧れの女性です。出来る事なら守って差し上げたいのです。
香織さんが同意して下さるなら、財前寺家の力を持ってできる限りの保護をさせて頂きたいと思います。」
「財前寺桜さん…。」
目を潤ませて本気で私の心配までしてくれるさくらちゃんは清く美しく、私は今の自分を恥ずかしく思った。
「白鳥さん。どうかさくらの気持ちを分かってあげて欲しい。
夫の白鳥に対して色んな想いがあるだろうが、彼のやっている事は人としてやってはいけない事のラインを大きく越してしまっている。
積極的に力を貸してくれとまでは言わないが、今知った事は白鳥や他の妻には知らせず、明日の打ち合わせまでここで静かに過ごしてもらえないか?」
「…!」
良二くんにも懇願され、私は少し考え…首を振った。
「いいえ。それはできないわ。」
「「「…!!」」」
驚く良二くん達に私は頼み込んだ。
「私も自分の目で慶一の終わりを見届けたいわ。その打ち合わせの現場に私も居させてくれないかしら?」




