決断の時《白鳥香織視点》前編
✽まえがき✽
時系列的に、98話のすぐ後の話になります。
「白鳥は、ああいう奴だ。今君がつらい状況に置かれている事は何となく推察される。
これからどんな事になろうとも白鳥と添い遂げたいというなら、俺は止めない。けどな。奴と離れる決意が出来たのなら、ここに連絡をしてくれ。」
「えっ。それってどういうっ…。…!!」
良二くんに連絡先の紙を手渡され、私は目を見開いた。
良二くんの手には、連絡先の紙の下にもう一枚紙が残っていて、次のような文章が書かれていた。
『※動揺せずに、自然に振舞ってくれ。君の今身に付けているものに、おそらく盗聴器やボイスレコーダーが仕掛けられているだろう。
同意の上でやっている事なら、俺は君に対して配慮しない。
でも、さくらは、12年前助けれくれた恩人の君を心配している。
もし、こちらの味方になってくれるなら、盗聴の心配がない状態で、自宅以外の場所から連絡をくれ。』
「…!!||||」
私は突然背中から冷水を浴びせられたような気がした。
なに…コレ?!
盗聴って何?一体誰が…。
そう思った時、慶一、綺羅莉、舞香の顔が瞬時に浮かんで来て、私は今の家族に当たる人達を誰も信用していない事が分かった。
そして、目の前の良二くんを見ると、笑顔を浮かべてはいるけれど、その目の光は私を探るような鋭さがあった。
ああ。12年前、付き合っていた時の良二くんの朗らかな笑顔とは明らかに違う。
私が今の家族を信用していないように、もう、彼も私を信用していない。
『最近、仕事で旦那の白鳥に関わる機会があってね。』
『君が俺にまだ未練があるって詰め寄って来てな。いくらそんな事はないと言っても聞いてくれない。』
良二くんは、私が慶一と組んで、何か邪な目的で接触して来たかもしれないと疑っている。
彼の中で、私はそういう事をし得る女だという認識になってしまっている。
高校時代、良二くんにした仕打ち、そして、同窓会で取ったひどい態度を思えば、当然だ。
呑気に過去の感傷に浸っていたのは、私だけだった。
『さくらちゃん』を助けた事を言い淀んでいたのは、盗聴されていると思ったから。ただそれだけ。
良二くんにとっては、慶一と共に私が大変な状況になったとしても、どうでもよい。
ただ、愛しい妻の『さくらちゃん』が、私を心配しているから、良二くんの味方になるなら、悪いようにはしない。そういう事。
ひどい元カノに対して優しく接していてくれた良二くんの真の意図を知り、私は虚しさと苦さを噛み締めた。
頼れるものは自分だけだと悟った私は、震えそうになる手を強く握り…。
そして、言った。
『分かったわ。決心がついたら、私、あなたに連絡するわ。』
✽
良二くんがその場を去った後、化粧室で化粧直しをするポーチを取るフリをして、バックの内ポケットに小さなボイスレコーダーを見つけると、私は声を殺して泣いた。
仕掛けた相手に、気付かれていない風を装い、そのままバッグに戻し、私は我が家=鬼の巣に帰宅した。
「「あ、香織さん、お帰り〜。」」
「おかえり〜。」
「おかーり。」
「おあー。」
綺羅莉も舞香も今まで平気な顔で、私と慶一におそらく嘘を…。
そしてこの子供達の父親は…。
「デートどうだっ…えっ。慶ちゃん途中で仕事行っちゃったの?それはひどいなぁ!」
「今度、うちらからも、慶ちゃんに叱っといてあげるね?」
綺羅莉と舞香の親切な言葉も、子供達の声も、どこか遠いところから聞こえてくるような気がしながら、その場は笑顔で対応した。そして、慶一にも…。
「香織、今日は仕事で抜けてゴメン。結果が出るまでいられなかったけど、どうだった?」
今日不妊の原因が、あなただって事が分かったわ。
綺羅莉と舞香に嘘をつかれているとも知らず、彼女達の子供を自分の事だと思って、一夫多妻制家庭を築いて、調子に乗って浮気までしていたのね…。
「え?何も問題なかった?
その後も、特別何事も起こらず帰れた?それはよかった。ホッとしたよ。
今回は悪かったけれど、次の診療はちゃんと僕も参加するからな。」
慶一の心配で優しげな表情も言葉も、全てを紛い物に感じながら、私も全てを嘘で誤魔化したけれど、「特別何事も起こらなく帰れた」と私が言った時、彼は一瞬邪悪な笑みを浮かべた気がした。
盗聴器を仕掛けたのは、慶一のような気がした。
そして、その目的は私の浮気を疑ってではなく、もっと邪な何か…。
私は、一緒に暮らしていた夫の底知れぬ悪意を感じ、背筋が凍りながらも、私が持っているただ一つの切り札をいざという時まで隠し通さなければと思った。
「シャコシャコヤダ!かおり〜!」
「でも、歯磨きしたら、バイキンさんにさよならできるよ?あっ。ホラ、ここにもバイキンさんが!」
桃姫ちゃんに歯磨きをしながら、私は綿棒で、彼女の頰の内側をこすり、それをすぐにチャック式のビニールに入れ、袖の中に隠した。
「あれ?香織さん、桃姫に歯磨きしてくれてるの?」
「ええ。食べた後、すぐに歯を磨かなきゃいけないと思って。万里生くん、瑠衣司くんもやってあげるね。」
「「ありがとう!助かる〜!」」
「どういたしまして。」
綺羅莉と舞香に私は笑顔を浮かべた。
自分は一体何をやっているんだろう。
綺羅莉と舞香は自業自得だが、もしかしたら、私はこの子達と慶一の絆も断ち切ってしまうかもしれない。
けれど、自分のこれから進む道を決めるのに、どうしてもきちんと事実を知って置きたかった。
そして、数日後ー。
会社付で郵送されて来たDNA鑑定の結果に、私は大きなため息をつき…。
その次の日から有休を取り、区役所に書類を取りに行き、2、3日泊まれる位の荷物をまとめると、外から良二くんにもらった連絡先にメールをしたのだった。
「夫、白鳥慶一と離れる決心がつきました。こちらも協力するので、そちらの知っている情報を教えて下さい。」
*あとがき*
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