お腹を満たした後はお風呂に入ればいいじゃない
──浴場
食事を終えた私たちは全員で浴場に入っていた。
「こちらへ」
「湯は既に用意されているそうです」
ルクテイアの言葉を聞いたシルヴィアが嬉しそうに跳ねる。
「やった、お風呂だ!」
「ほら、こんなところではしゃぐと危ないわよ」
足を滑らせないようにシルヴィアの肩を押さえた。
「えへへ……ごめんなさい」
か、かわいい……。
「体をきちんと洗ってから入りなさい」
湯気が立ち込める浴場は広く、木造りの湯船が中央に据えられている。
近くの水車小屋から水を引いているようで洗い場には小さな蛇口が備えられていた。
「す、すごい綺麗……」
ルミナがポツリと呟いた。
その近くには木桶と風呂椅子が並び、石鹸や布が丁寧に並べられている。
確かに田舎の宿屋とは思えないほど行き届いているわね……。
店の名前も大げさだったし、何かあるのかしら……。
「まずは髪を洗うわよ」
私は桶に湯を汲んでから蛇口の水を混ぜ、石鹸を手に取る。
ローズマリーの香りがふわりと広がった。
うーん、良い香り。
こんな贅沢な物が備え付けられているなんて……やっぱり普通の宿屋じゃない。
「ほら、座って」
「はーい」
シルヴィアは素直に応じて私の前に座った。
私は彼女の透き通るような金色の髪を濡らし、石鹸で泡立てながら指を通した。
ふんわりとした綺麗な髪ね……。
「きもちいい~……」
シルヴィアは目を閉じてうっとりしている。
「体は流石に自分で洗いなさい」
「わかりましたー」
そう言いながら私は水とお湯を混ぜたぬるま湯で泡を流し落とす。
「ルミナ、次はあなたよ」
「……じ、自分でやります」
ルミナは少し距離を取る。
娼館に買われていたせいで裸に抵抗があるのかもしれない。
「安心して」
「……でも」
「私に任せなさい」
私は優しく微笑み、ルミナの手を引く。
彼女は小さく息を呑みながらもシルヴィアの安心した様子を見て観念したようだ。
「……お願いします」
私はさっきよりも優しく泡を立てながら髪を洗っていく。
「ローズマリーの香り、落ち着きます……」
ルミナがぽつりと呟く。
「私も好きな香りよ」
「こんな石鹸が備え付けで置いてあるなんて」
「このあたりは良い文化が発達しているみたいね」
勝手に持っていかれてないあたり、宿泊客の品性も良いんだろう。
「そ、そうですね……」
ルミナの肩口で切り揃えられた真っ直ぐな黒髪は洗いやすくて、すぐに綺麗にできた。
「ラティオ、次はあなたよ」
「私はいいって」
ラティオは微妙な表情でそっぽを向く。
「ちゃんと洗わないと湯船に入れないわよ」
「ぐっ……」
ラティオは渋々私の前に座った。
「力加減は?」
「……まあ、悪くね~な」
私は彼女の短めの赤髪をワシャワシャと洗っていく。
前髪は右目にかかるような長さだけど後ろ髪は短いから洗いやすい。
「ほら、さっぱりしたでしょう?」
「……うん」
ラティオは、いつの間にか気持ち良さそうな表情を浮かべていた。
「これで全員きれいになったわね」
「入っていいー?」
自分で体を洗い終えたシルヴィアが私に問いかける。
「ええ、好きに入りなさい」
シルヴィアが真っ先にお湯に飛び込んだ。
無邪気だなぁ……。
「はぁぁぁ……あったかい……」
少ししてから体を洗い終わったルミナもゆっくりと入り、静かにため息をつく。
ラティオも肩まで身を沈めた。
「こんなゆっくり風呂に入れるなんて……」
「お風呂なんていくらでも入っていいのよ」
「ヘレナ様、お体をこちらに」
傍らで自分の身を清めていたルクテイアが口を開いた。
「お願いするわ」
私もゆっくりと風呂椅子に座り、ルクテイアに身を預ける。
「あっ、私も洗いたい!」
シルヴィアが私たちの様子を見て声を上げた。
「今日はゆっくりしてなさい……」
あ~、やっと一息つける……。
ルクテイアは慣れた手付きで私の髪と体をしっかりと洗い上げた。
「ありがとう、ルクテイア」
追放されても付いてきてくれたこと
首都から出る段取りを組んでくれたこと
この子たちを買う手筈を整えてくれたこと
赤ん坊のころから面倒を見てくれていたこと
どんなときでも見守ってくれていたこと
これまでの人生でルクテイアがしてきてくれたすべてに感謝の念を浮かべながら私は礼を口にした。
「もったいなきお言葉」
「私がヘレナ様にお仕えするのは当然のことですので」
「これからも?」
「もちろんでございます」
私は追放された今日──
ようやくルクテイアと本当の家族になったような気がした。
「ふふっ、頼りにしているわ」
「さあ、いっしょに入りましょう」
あれ……。
そういえば……ルクテイアって私が小さい頃からずっと見た目が変わらないような……。