家がないなら宿屋に泊まればいいじゃない
──田舎町
馬車が首都を抜けてからしばらく経ち、ようやく私たちは小さな田舎町にたどり着いた。
「通りには商人や旅人の姿も多いわね」
「恐らく馬車道が首都から繋がっている影響でしょう」
「ふうん……」
「さて、今日はここで休みましょう」
私は馬車を停めさせて、どっしりとした木造りの宿屋へと足を向けた。
御者とは辺境付近まで馬車を引く契約を交わしている。
「でっかい宿屋だな~」
ラティオが呑気な感想を漏らしていた。
「煙突もおっきいー」
シルヴィアが眺める煙突からは細い煙が上がり、窓からは燭台の明かりが漏れている。
翼のある馬を描いた看板が入り口に掲げられていた。
えーっと、名前は……天馬亭?
随分と大げさな名前ね。
「ふわぁ……」
ふと横からシルヴィアの眠そうなアクビが聞こえてきた。
アクビが漏れるくらい安心しているようで私も温かな気持ちになる。
宿屋の扉を開けると木の温もりを感じる内装が出迎えた。
旅人たちが静かに談笑し、奥では宿の女主人が忙しそうに働いている。
「ルクテイア、後は頼むわ」
「かしこまりました」
ルクテイアがカウンターへと進み、宿屋の女主人と交渉を始める。
私は少し離れた場所で子供たちといっしょに見守っていた。
「ここが今日の寝床かぁ……」
ラティオは好奇心が強いみたいでキョロキョロと周囲を見渡している。
「静かで良いところですね……」
ルミナが安堵感とともに呟いた。
「ふわぁ……ね、眠たい……」
シルヴィアはアクビが止まらないみたいだ。
「お部屋を取りました」
「食事もすぐに出せるそうです」
「ご苦労さま」
「そうしたら先に夕食にしましょう」
私たちが食堂の卓を囲むと豪華さに欠ける代わりに温かみのある食事が運ばれてきた。
考えてみれば……私はこの世界で贅沢尽くめだったのよね……。
焼きたての黒パン、じっくり煮込まれた肉と野菜のシチュー、香ばしく焼かれた香草和えの鶏肉。
宮廷料理に比べたら質素だけど、すごく食欲をそそる見た目だった。
「わぁ……いい匂い……」
「さあ、好きに食べなさい」
「やった……!」
シルヴィアはスプーンを手に取り、ゆっくりとシチューを掬って口に運ぶ。
「おいしいっ!」
目を輝かせた彼女は、一口また一口と夢中で食べ始めた。
「お肉……すごく柔らかい……」
ルミナも静かにスプーンを口に運びながら幸せそうな表情を浮かべる。
「こんなに食べられるなんて……夢みたいです」
「これからは毎日三食」
「自由に食べさせてあげるわ」
……ダンジョン乗っ取りが上手くいけばだけど。
「……ヘレナ様、ありがとう」
2人の食が進む一方でラティオは皿に盛られた香ばしい鶏肉をジッと見詰めていた。
「食べないの?」
私が尋ねるとラティオは、ためらいながらナイフとフォークを手に取った。
「いや、こんなにちゃんとした肉、久しぶりに見たから……」
そう呟くと、一口噛み締める。
「……うまっ」
驚きで目を見開いたラティオは、そのまま勢い良く食べ始める。
「ハーブの香りが効いてて、皮がカリッとしてんのに中が柔らけぇ……」
「こんなの食ったことね~よ」
食べたことがないは言いすぎじゃないかしら……。
いくら奴隷として買われていたと言っても娼館の食事が極限まで粗末だったとは思えない……。
私に媚びを売ってるんじゃないでしょうね……。
はっ……!?
リリアに裏切られた後遺症で私は、こんな幼女たちの感想すら疑ってしまっていた。
と、とりあえず私も食べよう……。
「あぁ、ルクテイア」
「あなたも食べなさい」
「ありがとうございます」
「それでは失礼して……」
私たちは田舎町の家庭的な料理をゆっくりと味わった。