親友に裏切られたなら奴隷を買えばいいじゃない
──歓楽街
宮廷から出た私は馬車の窓から歓楽街の街並みを眺めていた。
「随分と猥雑な所ね」
貴族街の整備された街並みとは対照的に、ここでは香水と酒の匂いが漂い、けばけばしい装飾の建物が並んでいる。
道端には酔いつぶれた男たちがうずくまり、派手な衣装の踊り子が客引きをしていた。
「その通りでございます」
「本来はヘレナ様がいらっしゃるような街ではありません」
「それにも関わらず、お気になさらないのは流石です」
正面から聞こえた声の主に視線を移すと私のもとに残った唯一のメイドが静かに座っている。
「当たり前でしょ」
「もう子供じゃないんだから……」
彼女の名前はルクテイア。
馬車の振動に合わせて真っ直ぐで綺麗な長い銀髪が揺れていた。
黒と銀の装飾が施されたメイド服を着込み、腰の左右に全部で4本もの細剣を下げている。
「そろそろ目的の場所です」
ルクテイアは、この国"フェルカリオン皇国"の暗部に通じた人物で私が奴隷を買いたいと言ったら、すんなりと手筈を整えてくれた。
「こちらです、お嬢様」
「ご案内いたします」
馬車から降りた私とルクテイア。
「ありがとう」
「助かるわ」
ルクテイアの後に従い綺羅びやかな娼館の裏口に入っていく。
甘ったるい香が焚かれた館内では、あちこちから嬌声が聞こえてくる。
少し進むと妖しげな雰囲気の女が待っていた。
「幼女の奴隷をご所望だとか」
「御令嬢としては変わったご趣味ですね」
「御託は必要ないわ」
「さっさと見せて」
女は紅い唇をニヤリと歪ませながら奥の部屋に私たちを案内した。
そこには3人の幼い子どもたちが鎖に繋がれて、うずくまっている。
「この子たちには魔法の才能があります」
「ただの娼婦とするには勿体なくて持て余していたのですよ」
私は幼女たちの前に膝をつき、ひとりひとりの顔を覗き込んだ。
1人目はセミロングの金髪で活発そうな雰囲気の子供だった。
「あなたは……?」
「私の名前はヘレナよ」
「あなたの名前も教えてちょうだい」
「シルヴィアと言います」
「素敵な名前ね」
2人目は肩口に切り揃えられた黒髪で目が隠れるほど、ずっとうつむいている。
怯えたように身を縮め、声すら発しない。
「あなたの名前は?」
黒髪の子は小さく震えながら、か細い声で答えた。
「……ルミナ」
「安心して」
「もう怖い思いをすることはないわ」
3人目は赤毛の子で、こちらを睨むような鋭い視線を向けている。
「私はラティオ」
「あんた、女なのに私を買うとか変態かよ」
変態じゃないけど、その感想はごもっとも……!
いや、そんなことない。同性がどうとかいう偏見は良くない……はず。
「いいえ」
「私の家族となってもらうために買うの」
3人は唖然とした表情を浮かべた。
魔法の才能とかは分からなかったけれど、とりあえず見た目が可愛かったので私は即決する。
「これだけあれば十分でしょう?」
私は金貨の袋を娼館の女に手渡した。
「随分と多いようですが」
「口止め料よ」
「私がここに来たことは他言しないで」
「ふふ……あなたのような気前の良い御令嬢がどうして婚約破棄されてしまったのでしょうね……」
どうやら私の婚約破棄は既に市井でも知られているらしかった。
鎖が外されると少女たちは戸惑いながらも私を見詰める。
「さあ、行きましょう!」
「あなたたちはもう私の家族よ」
私はシルヴィア、ルミナ、ラティオの3人を連れて娼館を後にした。