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温泉が湧いてるなら入るしかないじゃない

──温水の噴き出る大湿地 ヘレナの回想


 蟹を食べた翌朝、ヌメッとした沼の近くに一筋の清水が流れていた。


「この水だけ綺麗……」

「なんかあったかい……!」


 シルヴィアが不思議そうに水面を覗き込み、指を少しだけ浸した。


 温水は沼とは違う方向から流れてきている。


「あっち……湯気が出てます……」


 ルミナが指差した先には浅い池のようにな湯溜まりがあった。


 湯面が陽光を受けてキラキラと輝いている。


「温泉かぁ……」


 私が呟くとラティオが目を輝かせた。


「お、温泉……!?」

「入りて~なぁ……」


 今日中に湿地帯を抜けるつもりだったのだけれど、まあ時間はいくらでもあるし、別にいいわよね。


「そうね、少し入っていきましょう」


 お湯の近くに寄って行った後、私はルクテイアに視線を送った。


 彼女は私の背後に立ち外套のボタンへと手を伸ばす。


「では失礼いたします」


 追放されたとき、手元に残った数少ない上等な白い毛皮の外套をルクテイアが微かな手付きで脱がせていく。


 その一方で子供たちは、いつの間にか服を全部脱いで温泉に駆け寄っていた。


 やっぱり子供ってスピード感が違うのよね……。


 ひとつ、またひとつとボタンが外されるたびに涼やかな風が肌を撫でる。


 ゆっくりと外套が肩から滑り落ち、ルクテイアが丁寧にそれを受け止めた。


「わっ!?」


 お湯の近くでは、おっかなびっくりで湯に足を付けていたルミナがラティオに引きずり込まれている。


「怪我しないようにねー!」


「はーい!」


 シルヴィアが大きな声で答えた。


 ルクテイアの指がコルセットの紐をゆるめていく。


 軽く触れるたび、僅かに布がこすれる音が響いた。


 露わになった肩には沼のほうから吹く少しひんやりとした風が当たる。


「普通の水と温水が別々に湧いてるのね」

「不思議な場所……」


「このあたりでは山頂の湖から流れてくる水と別に」

「深部地温で熱せられた温水が湧き出しているようです」


「へぇ……やっぱりあなたは物知りね」


「ありがたきお言葉」


「本当にあなたが私のメイドで良かったわ」

「たとえ物知りでなかったとしても……」


「私もヘレナ様にお仕えできることが何よりも嬉しく感じています」


「ふふ……ありがとう」


 いつの間にかルクテイアは私の身に付けていた物をすべて脱がせ終わっていた。


「あなたも入りたかったら入って」

「レイフラントにも言っておいてね」


「承知しました」


 私は湯溜まりに向かって歩き、ゆっくりと足を中に沈めた。


「……ふぅ」


 温かなお湯がじんわりと足を包み、旅の疲れが和らいでいく。


 昨日食べた蟹みたいに中身が溶け出しちゃいそう……。


 私が全身で浸かる頃には子供たちもお湯の中で伸びていた。


「うひぃ……これ最高じゃね~か」


「丁度良いあったかさ……」


「きもちいいなぁ~」

「ヘレナ様もこっち来てみてください~!」


 シルヴィアが湯溜まりの中央から手を振って呼んでいる。


「そんなに気持ちいいの?」


 3人の間に寄っていった私は突然さっきよりもポカポカとした感覚に包まれる。


 な、なにこれ……?


 ちょっとヤバいんじゃないの……?


 あまりの心地よさに私は腰が抜けそうになってしまっていた。


「……どうやら魔力の泉も兼ねているようですね……」


 いつの間にか近くまで来ていたルクテイアが私の耳元で囁いた。


 なるほどね、そういう感じのやつ……。


「ふへぇ……私は魔法の適正がないから」

「こんな腰砕けになっちゃうのかしらぁ……」


「恐れながらある程度はそうかと……」


「あなたも子供たちもすごいわねぇ~……」


 全身が温かい……。


 あぁ~、ダメだ……これ寝落ちする……。


 心地よい熱がジワジワと全身に広がり、長旅で強張った背中の筋肉がゆるんでいく。


「ルクテイア……後は任せたわ……」


「かしこまりました」

「ご安心ください……ヘレナ様……」


 私はルクテイアにもたれかかり、そっと目を閉じた。


 旅の疲れとともに未だにリリアのことを想う心の重さも溶けていくような気がした。

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