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3-87『ブルート=フェスタという男』

◇<ブルート視点>◇


-俺と決闘して、そのあとで『ヤキソバまん』を買いに走るんだよ、カッペ!-


-ブルート、ヤキソバまんを買ってきて!ー


 あの決闘からもうすぐ2か月……


 長かったような……

 ……それでいってあっという間だったような。


 あのとき、もし小腹が空いていなかったら……


 「ヤキソバまん」を買いに行こうと屋台に足を向けて、クローニ先生と話していた、紫のローブを着た田舎者の生意気そうな学生の姿を目ざとく見つけなかったら……


 自分は今、この場所に立っていなかっただろうと、水色を基調とした学生服を着るブルート=フェスタはひとり追懐した。


 合縁奇縁……


 最悪の出会いであったと思ったことが、思いがけず過去の自分から脱却する道標となった。


 「下」に見ていた田舎者は、今ではかつて憧れていた姉兄たちよりも追うべき背中となっている。


 学園デビューに乗じて、決闘で屈服させ、見下してきた者たちは、今では共に気まぐれでトラブルメイカーな派閥の長を支える大切な仲間となっている。


 そこに「上」も「下」もない。


 あのときの自分は、なぜ、こんなやつらを「下」に見ていたのだろうか?


 考えても分からないことではあるが、1つだけ言えることがある。


 誰かを見下すためには、自分が常に「下」を向いていないといけない。

 それはつまり、誰かを見下すということは、自分が「下」を向き続けなければいけないということだ。


 「上」を向いていたはずの青髪の少年、ブルート=フェスタは、地獄の日々とも言える、姉兄たちからの「魔法のサンドバック」の日々を経て、いつの間にか「下」を向く人間になってしまっていた。


 ……そんな日々はもうまっぴらだ。


 自分は「上」を向いて生きる!


 「上」を向いて歩いて行くんだ……!


 ……ガスッ!


「あ、痛っ!!」


「おい、ポンコツ。なんで『上』向いて歩いているんだよ?危ないだろっ!ちゃんと『前』を向いて歩け」


 決闘を終えたノーウェが前方、斜め上の舞台の階段から笑いながら降りてきた。


「う、うるさいっ!」


 すねの下部がヒリヒリする。


 思いっきり階段の角にぶつけた。


 手で撫でてやりたいところであるが、その手は1つ前の戦いを終えた男とのバトンタッチのために高く掲げておく。


「ノーウェ、お疲れ様でした。さて、いよいよ貴方の出番ですね、ブルート」


「さて、大将。総仕上げだぞ!?思いっきり暴れて来い」


「あまり博打をし過ぎるなよ。手堅くチャンスを狙うんだ」


「おう!」


 左右……「横」を向く。


 並んでリバー、ハリー、カーティスが背中を押してくれる。


「ブルート、頑張るデス!勝って『カルボナーラまん』を奢るデス」


「そーデスね」


「「『ラグーパスタまん』も」」


「ほっほ、『マカロニ&チーズまん』もお願いしますぞ!」


「然り!奮われよ」


「拙者も!ご武運を、ブルート」


「頑張って、ブルート。あと僕にも……」


 ……え?俺が買うの?

 普通、逆じゃない?


「ブルートく~ん、無理しないでね~、頑張り過ぎないでね~、ノーウェ君みたいにやりすぎないでね~~!」


 ……この声援は無視する。


「ブルート君、勝ったら告白だよーー」


「「「「「「きゃー」」」」」」


 ……え?

 そんな約束してないぞっ!


 思わず何度も「後ろ」を振り返ってしまう。


 これから決闘本番だというのに……


「おい、ブルート。『前』を向けって!」


「お、おう!」


 スタ、スタ、スタ……


 階段を降りる音。


 その確かなリズムは、ブルートにとっての指針。


「まあ、今回だけは、お前が勝ったら、俺が『ヤキソバまん』を買いに行ってやる……蹴散らして来い」


「……おうっ!」


 パァーーーン!


 そして、福音は鳴り響く。


 それはきっと、未来を切り開くための乾いた衝撃音……


 青髪の魔導師、『水豪』のブルート=フェスタの運命を決める一戦の到来を会場中に示す音であった。


「それでゅはぁーーーー、本選ベスト8ぅーーー、最後の決闘をはじめますぅーーー。まずはぁーー紫コーーーナぁーーー、入学以来ぃーー、たった1度の敗北より立ち上がりぃーーー、今やメキメキ頭角を現わし始めた不屈の男ぉーーーーブル―――トぉーーー=フェーーースぅーータぁーーー!」


 タッタッタッタ……


 軽快に駆け上がる。

 そこに悔いも憂いも迷いもない。


 自分は、今、最高の瞬間を迎えている。


 かつてのような、姉兄たちに虐められ、決闘と称したかわいがりの末に、賭けの対象となった好きなおかずを奪われ、泣きながら黙々と水魔法を放っていた湿った日々とは別れを告げ……


 気の置けない仲間たちと毎日魔法の研鑽を積みながら、ときに笑い合い、ときに喧嘩や決闘をし、ヤキソバまんを買いに行かされ……


 ……あれ?変わっていない?


 ……いや、決闘を仕掛けるのは自分で、その結果、まだ勝てていないだけだから全然違うし、ゲームによる食事奢りは5回に1回……いや、7回に1回くらいは勝ってご馳走してもらっている!


 魔法の知識も、運用方法も、砂が水を吸うように覚えていき、新しい技もどんどん開発してきている。

 1人黙々と魔法を磨いてきたときと比べて、どれだけ今が明るく輝かしいことか……


 そして、そんな楽しい毎日も、いずれは終わりが来てしまうということも薄々感じ始めている。

 すでに、心の中に小さなしこりはできた。


 過去に、姉や兄と一緒になって自分を虐めてきたことがある知った顔……


 その顔が、あまりにもあっけなく、あまりにも無残な形で、しかも本人も当時得意気に、まるでブルートに当てつけるように見せていた『こがらしの魔法』がまったく通用せずに焦り、狼狽える顔、絶望する顔、そして恐怖する顔を見たそのとき、なんとも言えない気持ちになった。


 自分も、1つ間違ったら、ああなっていたのだろうか?

 今後、1つでも道を踏み外したら、ああなってしまうのだろうか?


 そのとき、「魔法」に対して絶対的に信念を持つあいつは、苛烈な処置を課す為政者のように、容赦ない魔法を自分に向かって放つのだろうか……


 ……ん?

 なんか、つい最近放たれたような……それも、割と気軽に……


 とにかく、自分にはおそらく、あそこまでの確固たる決断はできないと悟った。


 そして、それは、たとえぶつからなくとも、互いに違う別れ道を進むものなのだろうと……


 不敵で小生意気なあいつだけではない。

 あごやこめかみに手を当てながら常に何か思案しているあいつも……

 帽子のつばを直したあとに必ず腕を組む癖があるあいつも……

 1度、ソファに身体を倒して足を組んだら動かなくなるあいつも……


 いずれは、それぞれ別々の道を歩むのであろう。


 学園というものは、そういう場所だ……


 だからこそ、もう「下」は向かない。


 「下」を向いている時間がもったいない。


 今が「最高の時間」……ならば、そのときができるだけ長く続くように、そのとき、そのときの最高を目指すだけだ!


「続いてぃーーー……そうですぅ、これはぁ、兄弟対決でもありますぅーーーー、フェスタ家の逸材として1年次に早くも『殿上人』の座に着いてから、その地位を固める男ぉーーーー、学園におけるぅ、『水』の第1人者ぁーー、『瀑布ばくふ』ぅのぉーーーカシウぅーーー、フェーーースぅーーーぁーーー」


 知った顔が舞台の反対側から近づいてくる。

 不思議となんの感情もなく、ブルートは、あまり変わらないその姿をぼんやりと眺めていた。


「ふんっ、いつも独りでいたお前が落ちこぼれたちと仲良くやっているとはな。お山の大将は気持ち良いか?いや、本当は大将でもなかったな……」


「……」


 ブルートと同じ髪色で、ブルートよりもやや濃い青の制服を着る前髪センター分けの男は、トレードマークの眼鏡のブリッジをくいっと上げ直すといかにも気怠るそうにため息を吐いた。


「もうお前との決闘は、これで金輪際終わらせてもらう。兄弟対決などと煽られているが、相手をしてやる俺に何もメリットはないからな。俺はフェスタ家の今後を背負う準備で忙しいんでな。居場所を失った『捨て犬』を相手している暇はない」


「……」


 勝手なものだ。

 家にいた頃はこちらが望まないのに散々決闘を仕掛けてきたくせに。


 そんな兄の理不尽な物言いであったが、不思議なことに怒りは沸かず、却っておかしくなって笑いが溢れるほどであった。


「なんだ、その顔は?……やはり、最後でも思い出させてやるしかないか。『水は上には流れない』ということをな」


-水は上には流れない-


 フェスタ家の格言……

 水に纏わる称号を持つ魔導師が代々生まれる家系の貴族らしい言葉であるが、ブルートにとっては、呪詛同然の言葉だ。


 姉兄だから……

 称号が上だからという理由で扱いに大きな差を付けられ、見下され、理不尽ないびりを受けてきた。

 そのくせ、本人たちは、貴族としての上昇志向が強い。


「『上』も『下』もないだろう……」


「何?」


「澱んでいる水場に流れも何もないだろうと言っているんだ。兄貴は『井の中の蛙』なんだから、実家に戻って井戸の中で好きなだけ叫んでいろよ」


「お前……」


「あと、勘違いするなよ。これは兄弟喧嘩じゃないんだ。こっちは家のことなんてどうでもいいんだ。兄貴、あんたは『フェスタ家のカシウ』かもしれないが、俺は違う。魔導師のブルート=フェスタだ」


「お前に何が分かる……」


「……?」


「……いや、何も言うまい。お前みたいな落ちこぼれには永遠に分からないだろう。家を背負うということがどれだけの重みを持つかということが……」


「わかってたまるかよ。元々迎える気もないくせに、都合の良いときだけ家を持ち出してきやがって……さっきも言っただろ?俺は魔導師のブルートだ。フェスタ家なんて眼中にないんだよ」


「ふ、はっ、はははっ、フェスタ家が眼中にないだと!?嘘をつけ。あれだけ決闘で負かしてやっても俺や姉さんを執拗に睨みつけていたお前が、貴族であるこだわりを捨てられるわけがないだろう。フェスタ家はいまや伯爵家だ。俺が父さんを支えて、これからも大きくなっていくからしっかりとその目に焼き付けておけ」


 ……半分図星だった。

 こだわりがないと言えば嘘になる。


 少なくとも入学時までは、自分が貴族家の一員であることに、泥水をすすってでも固執していた。

 あと、いつのまにか伯爵家になったことも聞かされていなかった。

 それにもわりとショックを受ける。


 ただ、それでも、もうそんな過去のことはどうでもいいと思えるぐらいに、自分は別の場所にいる感覚を今では抱いている。


「だから……それが『井の中の蛙』だって言ってるんだよ。相変わらずスケールの小さい男だな。短気だし、気が小さいし、短足だし……俺はもっとでっかくなるんだよ」


 とりあえず、自分が言われたら嫌なことを言ってみる。

 ノーウェから教わった、相手を挑発する方法だ。


 ……言ってみて、自分がちょっと悲しくなる。


「なっ!?お、お前っ!!……じゃあ、お前は何になるって言うんだ?」


 急にくだけた口調になる兄……

 効いてる、効いてる。


「……お、俺は、『帝国一の魔導師』になるっ!だから兄貴も、姉貴も、フェスタ家ももはや眼中にないっ!さっさと決闘しろっ、『瀑布ばくふ』のカシウ=フェスタ!!」


 ……伯爵家はちょっと惜しい。

 でも、どうせ父は自分に譲るつもりはないし、未練がましくしていても、また「下」向きになってしまい、この「最高の時間」を逃してしまうだろう。


 ならば、しっかりと「前」を向いて、目の前の男を倒すだけだ……


 静まり返る会場……


 そこが人々の注目を集める「春の選抜決闘」の本選会場であるということの、本人の自覚なしに大言壮語を言い放った、『水豪』のブルート=フェスタによる入学以来最大の挑戦がここに幕を開ける。


ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


言っちまった~……


次回、決戦開始!


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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