3-64『ニックオブタイム』
「『泡沫孔砲』」
「『氷盤』」
パリィーーーン……
「『泡沫孔砲』」
「『氷盤』」
パリィーーーン……
残り2分45秒……
先ほどまでの目まぐるしい攻防とは打って変わって、まるで様子見の、取って付けたような申し訳程度の魔法の打ち合いが続いている。
だが、今回は、ブーイングは起こらない。
観客も分かっている……
……どこかで均衡が崩れ、流れを一方に引き寄せるそのタイミングがあり、双方がそれを狙っているのだと。
だからこそ、会場は静寂に包まれた。
泡の弾ける音とそれが凍る音だけが響く……
心臓の鼓動のように一定のリズムで……
当事者たちの心拍数が、観客にまで伝播しているようだ。
残り2分30秒……
そして、固唾をのんで見守っていた誰もが待ち望んだ時がやって来た。
「『大覆露雲渦孔』!」
これまでの限定的な細い泡の線ではない。
周囲と標的であるハリー=ウェルズを飲み込まんとする勢いの大量の熱泡が、渦を作りながら、上方に向かって、末広がりに沸き上がる。
「くっ、『氷玉』!」
ヒュンッ……パァーーーン!!
応戦するも、タイミングが少し遅れた……
そして、相手の泡の数と勢いが、ハリーの頭の中で描いていた予測とはかなり違う、想像以上の多さであった。
「おりゃりゃりゃりゃりゃーーーー!」
ペニーは、そんなハリーの表情を一瞬の内に読み取ると、一気呵成とばかりに、さらなる熱泡を放出する。
相手は1発だが、こちらは多少は持続できる。今度こそ、先手を取ったので、確実に相手が連弾を放つように仕向けられたはず……!
この大技ですらただの餌だ。
真の狙いはその先にある。
「ぐっ、『れんぞくま』、『氷玉』!」
ペニーの顔から自然と笑みがこぼれた。
さすがに3連弾はできないはず。
これまでのデータにはない。
「今だっ、ニッケル!」
「了解っ!『上昇嵐』!」
ニッケルが嵐によって泡に包まれたペニーの身体を一気に浮かせる。
自身の身体はその反動によって地上に向かいながら……
シャボン玉のように空に浮かび上がるペニーは、泡を腕先に多く纏わせながら、残り2分強で相手を確実に仕留める算段を頭に描きつつ、土の塔の上で待つハリー=ウェールズを睨みつけた。
まずは、1対1。
称号の性質でいえば、ニッケルが上方、ペニーが下方に向かう方が適切かもしれないが、戦術的にはこちらが正解。
ここからの攻撃でハリー=ウェルズをペニー単独で仕留めきれればいいが、手こずる場合には途中からニッケルがこちらに「待たせたな」とばかりに加勢に飛んできてくれれば優位になる。
そのときは、「遅かったな」と言ってやろう。
逆に、こちらが早めに倒せれば、残るリバー=ノセックを狙いに行ける。
咄嗟に思いついた、2つの戦術の折衷案だ。
残り2分15秒……
「はっはっーー!これまでの鬱憤を晴らさせてもらうぜっ!俺の泡でピッカピカに煮沸してやるよっ!生意気な新入生ようっ!『撥水渦孔』」
「なるほどね。1対1から2対1に切り替える作戦か……」
「えっ?」
「気が合うな」
ピョンッ……
元々近づいていたものに加え、さらに放たれたペニーの泡によって今にもその身が埋もれそうになっていたハリーは、寸前で、1歩後ろに下がり、土の塔の後部から勢いよく飛び降りた。
「なっ!?」
魔法が使えないタイミングを狙ったはず……
まさか、本気で飛び降りたのか?
パシッ……
ペニーがそう思って焦るのを尻目に、ハリーは何事もなかったかのようにすました顔でその場をあとにする。
それも、ご丁寧にも用意された突起に掴まって、塔の周囲を回転しながら、優雅に地上へと向かって……
◇
仲間のペニーを上方に送ったあと、自身は降下してくる敵のニッケルに対し、リバーは片手を前、片手を後ろに置き、上を向いて、執事のとるポーズのように礼儀正しく、その到着を出迎えた。
「ど、どういうつもりだよっ!」
直線的に降りればすぐであったのに、リバーの攻撃を警戒したためか、塔から離れた距離に方向を変えながら、ニッケルは塔の高さの半分ほどの位置で一旦停止した。
「おや?せっかく、こちらで準備して、お待ち申し上げておりましたのに……」
「はっ、何か魂胆があることは分かっているからな。俺の仕事は、お前をここに釘付けにしつつ、加勢に向かわせないことだ」
「なるほど……そうでしたか。ありがとうございます」
「???」
これで、だいたいの作戦は把握できた。
きっと、これまでの決闘での勝利や自身の称号に対する絶対的な自信から来るものなのだろうが、この2年生コンビはあまりにも饒舌過ぎるとリバーは苦笑する。
「つまり、私が、塔を操作して、ハリーの加勢に行くことを警戒されているんですね?」
「そうだ……だから」
「それは時間の無駄ですよ?私は最初に『時は金なり』だって忠告申し上げたでしょう?」
「え?」
「『斜塔零是』」
ブーーーーン……
「うおおっ!?」
それまで直立していた土の塔がリバーの操作によって、一気に傾き、ニッケルに向かって倒れ込む……
「ぐっ!『涼気嵐嵐』!!」
バァーーーーーン!
ゴシュルッ……シュルッ、シュルッ……
勢い良く落ちてきた塔の先端に向かって冷気の嵐を一気に放出するニッケル。
眼前まで迫ってきてはいたが、なんとか、その身体にぶつかる前に、塔の上部を土塊へと爆散させた。
ギリギリだった……
「まだまだ……下が残ってますよ?『土拳矢』」
リバーの背後の塔の残りが左右から拳を伸ばした土の腕となり、弓を引き絞るように一旦収縮してから放たれる。
残り2分……
「ぐぅーーー!『嵐散気』」
ビュンッ、ビュンッ、ビュンッ、ビュンッ……ダダダダダダ……!
土の拳の連撃を咄嗟に発動させた嵐の鎧で受け止める。
これさえ、防げば、こちらに主導権が移る……
そう踏んで、ニッケルは必死に、気合を入れた。
ボッ、ボッ、ボッ……
土の塔は完全に倒壊し、さあ、こちらの番だと思ったが束の間……
「お前、ギリギリだったぞ!?」
「おやおや、ですが、無事着地できたようで良かった」
決闘中にもかかわらず、軽口を言い合う新入生2人を見て歯軋りをするニッケル。
まったくもって、想定外の状況。
リバーを足止めし、隙を突いて加勢に行くはずが、自身が劣勢で狙われている。
劣勢?
……馬鹿言え!
単なる1対2だ。
「はっ、分かったよ!格の違いってやつを見せてやる」
残り1分40秒……
ニッケルの周囲が騒がしくなる……
ゆっくり、まずは慎重に……木の葉を舞わせる程度。
空の気配が変わり、空気が湿る不穏な予兆……
この魔法は、別の『領域支配』である『嵐散気』と違い、無差別に自身の周囲を攻撃してしまう……支配と言いつつ、コントロールし切れない技だ。
幸い、味方のペニーはまだ遠くにいる。
で、あれば仲間を巻き込まずに思いっきりできる。
さあ、来い。
こちらの領域に踏み込んで来い……
「ハリー、気をつけてください」
「おう」
走って距離を詰める新入生コンビ。
後ろにいたリバーがハリーを追い越す。
何かとんでもないことをやる気だ……2人は、ニッケルのその表情と雰囲気で察した。
かと言って、もう止まれない。
相手の魔法が届く前に発動するしかない……
「はあっ!『嵐気瘤』」
ボンッ!シューゴォーーー……
「ハリー、しゃがんでください。『釜蔵漠布』」
「おう」
リバーとハリーがニッケルの立つ場所まであと7、8メートルといった地点に踏み入れたそのとき、そこまでなんでもなかったような空気が急に牙を剥き、2人を巻き込むような奇妙な強風に変わり、爆発的な勢いで周囲に吹き荒れ始めた。
ブーーーーン、ビューーーー、ズガガガガガ……
すんでのところで、リバーが2人がしゃがんでやっと入れるほどの土の防護膜を地面からドーム型に造る。
ズガンッ、ズガンッ、ズガガガガガガ……
水か氷か……嵐の中に無数に舞う固形の粒が強風に乗せられて、急造で造られた暴風避けの土の小さなドームの壁をゴリゴリに削っていく。
20秒くらい経ったか?
嵐はまだ過ぎ去らない……
「はあっ!」
リバーが額に汗をかきながら、正面の土壁を固め続けている。
「……ハリー、用意は良いですか?そろそろギリギリ……あと10秒ほどで限界です」
「分かった。任せろ」
10、9、8……
ハリーは、唇を噛み、膝を曲げて準備の姿勢を取る。
「しかし、すごい力ですね……」
7、6、5……
珍しく余裕のない表情。
それを見て、ハリーも覚悟が決まる。
ガガガガガガ……ビューーービューーー……
「うおぉぉぉーーーー」
4、3、2……
土のドームの上部や側面が削られて粉々になり始め、
敵のニッケルの咆哮のような声が大きくなる。
1、0……ダダダッ……!
「うおぉぉぉーーーー!」
右に、左に、前に、後ろに……
強烈な雨風がハリーを襲う。
「『風玉』(攪拌)!」
「うぉ?」
ビュンッ……ギュルギュルギュルン……
ハリーから放たれた「風の玉」は旋風のように遠心力を伴ったミニ竜巻となってニッケルの張ろうとしていた嵐をかき乱す。
ほんのわずかだが、「大きな嵐」がちょっとした「強風」程度に変わる。
完全ではないが、ニッケルの『領域支配』は弱まった。
まだ上手く決まらないか……
悔し気な表情のハリーの隣に、勢いよく走り込んでいたリバーが追いつく。
「十分です。ギリギリのところで解除できたようですね?お見事です。『土拳与甲羅』」
「ギリギリ言うなって!お前、ノーウェの嫌味が移っているぞ?『れんぞくま』、『氷玉』」
「う、うわぁーーーー『嵐散気』」
ドォーーーン!!ボカッ!!
ヒュンッ……ピッキーーーーン……ピキピキピキ……!
慌ててさらなる『支配領域』を作ろうとしたニッケルであったが、一歩、間に合わず。
亀の甲羅のように堅く固められた「土の拳」と、丁寧にその密度を高めた均一で丸い「氷の玉」の同時攻撃を受け、『嵐の領域支配』を失った将来の副棟梁候補は、たまらずノックアウトとなった。
残り50秒……
「まだだぁーーー」
暴風域に近づけていなかったペニーが、ニッケルが倒れたことで、慌てて近づいてくる。
その間、およそ30メートルほど……
まだ数秒、距離はある。
「リバー、いけるか?」
「もう少し時間が……」
「わかった」
聞くか聞かないかのタイミングでハリーは両手を前に差し出す。
「うおぉーーーーー」
一番速いものは……
「『風玉』!」
ビュンッ……ゴオッ!
「ぐっ、この……オラァーーー『大覆露雲渦孔』」
発動の出鼻を挫くような1発。
それによって、大技を発動させるまでに、1拍分の間が生まれる。
「『土塔』」
ドドドドドド……ドンッ!ジュワーーーーー……!
積み上がった塔に熱泡が襲いかかる。
残り40秒……
1回目に造ったものよりも半分ほどの高さしかない、5メートル弱の塔を弾ける泡がどんどん浸食していく。
「まだいけますか?」
「髪の毛1本ほど……だな。たぶん」
「そうですか……」
泡が塔の上まで登り始め、床がグラつき始める。
「オラオラオラァ!こんなことなら初めからこうしていりゃ良かったぜ!」
「そうでしょうね。では、なぜ、そうされなかったのですか?」
「え?」
「自分の新しい技を試したかったのですか?それとも、こちらの出方を伺っていたのですか?まさか、私たちとの決闘とは関係ないところで余計な時間を使っていたというわけではないでしょうね?」
「そ、そんなことあるわけが……」
残り20秒……
……どの口が言うんだとハリーは思った。
それでも、このやり取りに口は挟まない。
言葉そのものではなく、その言動に意味があるのだから。
「『ハイウインド』」
2人のやり取りを尻目に離脱するハリー。
敢えてペニーを挑発するように、彼の真上を通り過ぎる。
「て、てめえっ、逃がすかっ!!『撥水渦孔』」
「『斜塔零是』」
ハリーを狙って放たれた熱泡を、ボロボロに削れながらもわずかに形を残す塔が行く手を阻むように倒れ込んだ。
土の塔が崩れ去り、その先の視界が開けたとき、もうその場にハリー=ウェルズの姿はなかった。
10、9、8……
首をキョロキョロと振るペニー。
確認出来る存在は、すでに自分から20メートル以上離れた場所に飛び去ってしまい、もはや間に合う距離にいなかった。
7、6、5……
目を見開き、口をあんぐりと開けるペニー=ソセキ。
圧倒的有利な勝負なはずだった。
普通にやっていれば、すぐに『領域支配』による攻勢によって、相手を追い詰めることができたはずだった。
「ぐぉぉーーーー『撥水渦孔』!!」
せめて、引き分けだけでも……
4、3、2、1……
「それまでーーーーいぃ!!この勝負、『星取り』のルールに則りぃーー勝者っ、【紫雲】ぅーーーー!!」
間一髪……
その泡は、ハリー=ウェルズの帽子から伸びた、滴る髪先まで近づいていた。
データはしっかり取れた。
それだけでも、収穫は大きい。
勝負にも勝った。
描いた全体の絵図通りに進み、要所要所で相手の想定外の行動にも対応できた。
でも、それ以上に、ハリー=ウェルズとリバー=ノセックは、今後に大きな課題を突きつけられた……
そんなほろ苦い勝利であった……
第2戦
ハリー&リバーの勝利!(『星取り』ルールにより2対1の規定勝利)
【紫雲】VS【堅切鋼】
1勝1敗!
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
道程はまだ半ば……
次回、いよいよ始まります!
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!