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【短編】鳳凰を描くがために刀を手にし、ついには成し遂げた侍の奇譚

作者: そろまうれ




目を閉じて思い出すのは鳳凰の形だ。

羽を広げ、空を行く様子。

青空を切り裂くような炎の精髄。


まだ、ほんの子供の頃だったというのに今でも鮮明に思い出せる。

その羽の一本一本ですらも。


火口より飛び立ち、悠々と渡る。

尾羽根の形ですらも美しい。


「見よ」


抱きかかえた父親が、目を細めた。


「美しい、我が国の象徴だ、當羅とうらも、あれに恥じぬように生きなければならない」


當羅は頷いた。

ただその「美しい」という言葉に。



 + + +



神冬至かみとうじの国では、祈力と呼ばれるものの扱いに熟達していた。

もとは海を渡った場所における魔力と呼ばれたものを取り入れ、国の者たちにとって使いやすいようにしたものだと言われている。


ただの人では及ばぬ力を振るう。

多くが使うことができれば万夫不当の国力を得ただろうが、残念なことに使えるものは限られた。


それを使えるものを侍と呼び、民草とは異なる階級に置いた。

祈力を扱うものは、国を守る防人であるとされた。


戸毛とうげ家の當羅もまた、祈力を扱う家系だ。

中でも當羅の才は抜きん出ていた。

ほんの赤ん坊の頃から祈力に溢れ、その身体を損なうほどに。


内部より発生する力は刻々と増すが、排出方法がなかった。

身体を鍛え、術を学び、ようやく出せる類の力だ。


魔力は、祈力は、ただ内部に蓄積された。

強すぎる力が身体を蝕んだ。


子供の頃は、布団より這い出た日の方が珍しかったほどだ。


その苦境を変えた契機は、二つある。

一つは鳳凰を見たことだ。

その美しさに、その人ではない在り様に心を撃ち抜かれた。


気づけば鳳凰の絵ばかりを書いた。

一心不乱に、写経でもするかのように書き続けたその絵には、薄く祈力が染みついた。

當羅の執念が筆に乗り、紙へと焼き付けられたのだ。


余計なものが排出され、ようやく身体を自在に動かすことが叶った。


もう一つは、友人の存在だ。

それは戸毛家と代々に渡り盟友関係にあった得静えしず家の、その嫡男である恵光えこうだった。


「なんだ、辛気臭いやつだな」


しかし、第一印象は最悪だった。

いつものように鳳凰を書いていると、突然にふすまを開いて開口一番にそう述べたのだから。


「こんなところにいつまでもいては湿気ちまう、行くぞ」


聞けば得静恵光もまた部屋に籠りがちであり、あまり外には出ない者ではあった。

しかしながら自身よりもさらに軟弱であり、部屋へ籠もる者に対して、つい調子に乗った。


「えー」と嫌がる當羅を引き連れ、野原へ向かった。

恵光は自信満々に笑い、木刀を手にした。


當羅が鳳凰に魅せられていたように、恵光にも魅せられているものがあった。


それは刀術だ。

祈力という常とは異なる力こそが重視され、刀術は二の次にされがちだが、恵光はこれに夢中になった。


それは「カッコいい」ものだった。

野盗に襲われたとき、お付きの護衛が使った刀、それが心に焼き付いた。

乱雑な動きではなく、理に沿った動きによる流麗、無駄を削ぎ落とした速度に憧れた。


「神冬至の侍なら、戦えなきゃいけないんだぞ」


言って習ったばかりの、基礎的なかたを行った。

修めれば見事なものとなるが、いかんせん未熟なものでは下手な踊りにしかならない。


それは、素人目にも明らかだった。


「――」


自然、當羅の視線も冷たいものとなる。

無理に連れ出されて自信満々に見せられるものがこれなのか?


その後、何度か繰り返したが変わらない。

むしろ疲れるほどに雑になる。


「……また来る」


自覚があったのか、恵光は口をへの字にして帰った。


當羅としては肩の荷が下りた。

やっと一人で静かにまた描けると思ったが、父親には説教をされた。


――たしかに絵画が、鳳凰を描くことが助けになったことは確かだが、いつまでもそれに囚われてはいけない、お前は侍であり、この国を守るものなのだから――

そのような趣旨だった。


當羅は頷きながらも、心の内で首を傾げた。

果たして、己が鍛えたところで戦うことなどできるだろうか?

絵筆よりも重いものを自在に扱えるとはとても思えない。


次の日、恵光は朝早くから来た。

衣服の汚れ具合は、まさか一晩中鍛錬したわけでもあるまい。


しかし、爛々とした眼光は、ひょっとしたらと思わせるものがあった。


「昨日は失礼した、ちょっとはマシになった」


言って再び野原へと来た。

木刀を構える。


中段から、真上から、真下へと振る。

単純かつ基礎的な動きだ。


昨日と比べれば笑ってしまうほどに初歩的だ。


しかし、當羅は目を見開いた。


決して上手いものではない、それは確かだ。

しかし、稚拙な動きの底にあるものを、たしかに認めた。


その理は、その機能美は、あの鳳凰に近いものがあった。

力と美しさの融合だ。


「……まだ、この程度しかできん、だが――ん?」


気づくと當羅はふらりと立ち上がり、木刀を手にした。


そして、恵光の隣で振る。

当然のことながらひどいものだった。

剣先は安定せずにふらふらと行き、木刀の重さに耐えかねて身体はスッ転んだ。


「お、おい!?」

「大丈夫」


助けの手を拒否して立ち上がり、ふたたび構える。

その姿に、恵光は目を見開いた。


二度目だというのに、すでに様になっていた。

姿勢が、手足の位置が、構えとして整っている。

ありがちな力みはどこにもなく、木刀の重さなど無いようにそこにある。


ひゅるり、と刀が持ち上がる。

弱い力の、弱々しい動き、だが、頂点から振り下ろされた一撃は目にも止まらなかった。


恵光の背筋がぞくりと震える。

それは、かつて見た刀の動きとは似て非なるものだった。


純粋な技術による一撃ではなく、祈力と刀術との融合だ。

宙には赤い剣閃が刻まれる、炎を纏う一撃が空を裂いた。


「ふ――」


地面付近で停止した木刀は、ボロボロに崩れた。

祈力に燃やされ、形を保つことができなくなった。


「描けた――ッ」


だが、恵光の驚愕と悔しさの視線も、己の掌を焼く熱も気にせず、當羅はただ笑った。


「コレのほうが、鳳凰に近い」


新たな描写方法を得たことに。



 + + +



二人は切磋琢磨するが、その方向性は決定的にズレていた。


得静恵光は己を鍛え、祈力により後押しをする刀術だ。

刀を扱う術が主であり、祈力は補佐にすぎない。


一方、戸毛當羅はそもそも剣術ですらなかった。

その剣は、あくまでも「描くためのもの」だった。


「當羅、ちゃんと戦えよ」

「これが最善だ」

「真面目にやれば、俺など敵わぬだろうに、まったくなんてもったいない」

「最強の侍とやらの称号に興味はない、恵光にあげるよ」

「気軽にやるなよ!?」


だが、案外、仲は良かった。

互いに見ているものが違いすぎて、むしろ争わずに済んだ。


振っているのは刀だが、共通点はそこだけだ。

しかし、それでも同年代では敵うものがいなかった。


互いに互いを高め合う内に、常人の域を抜け出していた。


「ふっ――」


當羅は剣を振る。

その軌跡は常よりも長くその場に残る。

強い祈力が残存し、網膜に残る光線となる。


す、す、と気軽に剣を振ったように見えて、気づけば濃密な描写が現れる。

いつもの野原にいるというのに、知らぬ間に森となっていた。

木々はすべて當羅の描いた偽物であり、よくよく見れば薄く光をまとっている。


恵光は、巨大な刀を肩に担ぎ、ぐっと力を漲らせた。

睨む先にあるのは一際巨大な樹木だ。

幻の、祈力の軌跡でしかないはずのそれは、圧倒的な存在感に満ちている。


恵光は祈力を肉体強化に回し、巨大な刀を一閃させた。

風すらも斬ったのか、恐ろしいほどそれは静かに振られた。

巨木は真横に両断され――


「おい」

「なに?」

「強度はそれなりだが、現実味が足らん、斬ったなら倒れるところまで再現してみせろ」


偽の樹木は溶け消えた。

構成が解かれて在ることができなくなった。


「己の絵をどう思っているのやら、絵は絵であり、決して神でも仏でもありはしないと気づけ」

「祈力によって描かれたものだ、祈りならば届くだろう、お前はまだそれが足りんだけだ」

「海向こうでは魔力と呼ばれている力だ、むしろ魔と成り果てるのが道なのでは?」

「どちらでも構わん、俺をもっと楽しませろ」

「お前のための絵ではない」

「そうだな、俺に斬られるためにある」

「いい加減にしないと切るぞ」

「俺をか?」

「友達の縁を」

「それは困る」

「己は困らん」

「嘘をつけ」

「嘘ではないさ」

「ようし、また描け、ことごとく斬ってやる」


當羅が描いては、恵光が斬る、そのような関係性だった。

それは十年ほども飽きることなく続けられた。



 + + +



「鳳凰について、どう思う」


ある時、いつものように鍛錬を続ける最中、恵光が聞いた。


「美しいものだ」

「いや、そうではなくてな」


困ったように笑う顔には渋さが加わった。

体躯は国の中でも上から数えたほうが早く、縦横に頑強だ。


実際、相撲の大会では勝ちすぎて出場辞退を命じられたほどだ。

恵光と当たった時点で確実に負けてしまうのだから、次に強いものがわからなくなる。


「あれは一体、どういうものだ?」


その頑強が真正面から、真剣に問いかけた。

滅多にないほど顔が硬い、目の奥には焦燥がある。


だから、當羅もまた真剣に考えた。

沈思黙考するその姿は細く、実に頼りがなかった。

衣服も風に拭かれて景気よく靡く。

中身がそれだけ薄いのだ。


しかしながら、恵光の横に並んでも見劣りしない何かがあった。

たいていの場合は巨体の圧に押されるものだが、そうした怯えが微塵もない。

気負いなく、自然と並び立っている。


「鳳凰は、神冬至における象徴だ。しかし、その実はわかっていないことが多い。海向こうのフェニックスと同一のものか、別の土地で鳳凰と呼ばれるものと同じものか、それすら不明のままでしかない。それでも――」

「それでも?」

「実在する、嘘や幻などではない」


一息つき。


「いつか、描いてみたいと思っている」


顔を背けながら言った。


「知ってるよ」

「知られていたか」

「お前、決して刀ではそれを描かないものなあ」


當羅は顔を背けたままだった。

心に秘めた望みは、たとえ友であっても開示することが照れくさかった。


「なあ」

「なんだ」

「ひとつ頼みがある」

「わかった、引き受けよう」

「おい、まだ頼みを言っていないぞ」

「船に関連したことだろう」


顔を向き直して、鼻息をついた。


「聞くさ、どのようなものでも変わりはしない」


恵光はがっしりとした体躯を縮めるように頭を下げた。


「感謝する」



 + + +



魔船が、来た。

それは海向こうから来たものだった。


祈力ではなく魔力を扱う者たちの集団であり、神冬至は今それに揺れていた。

彼らは要求をしたのだ。


開国ではなく、通商条約でもなく――

植民地となることを。


当然のことながら神冬至上層部は突っぱねたが、彼らはすぐさま魔船へと引き返し、砲を放った。

魔力を集結させて、いかなる祈力を持ってしても届かない遠方から到達させた。

黒い三角帽子に黒いローブを着た者たちが、黒い魔力塊を着弾させたのだ。


市街地、沿岸部、そして商業区域の、計三発だった。


それは凝縮された呪詛の塊であり、それらの地域を地獄へ変えた。

死者が死なずに起き上がり、さらなる死を連鎖させた。


祈力を持つ侍たちの手により程なく祓われたが、彼らは重大な決断を迫られることになる。


海洋にいる彼らに攻め入ることはできない。

ノコノコと近づけば砲に殲滅させられる。


夜闇にまぎれて近づこうとしても無駄だった。

彼らが使役するフクロウがその姿を捉え、昼間と変わらず藻屑にさせた。


空から忍び込もうとしても銃弾で蜂の巣となる。


――十日待つ。


そのような言葉だけが投げかけられた。

それは、十日後に本格的に攻め入るという宣戦布告だ。


十隻ばかりの船で、本気で神冬至国に戦争を仕掛けて勝つ気でいた。

いや、むしろ――


「奴らは抵抗して欲しいのだと見ている」

「どういうことだ?」

「奴らは、是が非でもこの国を滅ぼしたいのだ、交渉など意味がない」

「理由は?」

「奴らの使うものを見ればわかるだろう。あれは呪詛を応用したものだ。本来であれば、祓える俺たちこそが有利だ」

「ふむ――」


祈力と呼ぶのは神冬至国特有だ。

名がそう導いたのか、それとも実態を指して名付けられたのかは不明だが、それは「祈る力」であり、魔を打ち払うのに適したものだ。


「奴らにとっては、俺たちこそが邪魔者だ。十日という期間は、奴らが十全に戦うための準備期間でしかない」

「ああ、なるほど、本来であれば、あの三発で決着がつくはずだったのか」

「それが案外簡単に対処をされた、連鎖する死をあっという間に食い止めた。実のところ泡を食ってるのは向こうかもしれん。だが、それでも――」

「次こそは、万全に攻めようとする?」

「そう見ている」


祈力を操るものは、魔力を操るものにとっては邪魔者だ。

より遠洋に、より遠くまで支配を届かせようとする制覇を阻む。


神冬至は彼らにとって、迂闊に上陸もできない天敵の住まう地域だった。


「船で攻め入ったところで性能差で話にならない、夜にまぎれても発見される、空から行くのは有望だが足りない。俺には思いつく策が一つしかない」

「おい、まさか」

「當羅、鳳凰に助力を頼みに行ってくれ、それくらいしか、助かる道筋がない」


どんな頼みでも聞くとは言った、コイツのために死んでやると覚悟はしていた、その當羅であっても、すぐには頷けぬ言葉だった。



 + + +



鳳凰とはなにか?

それに答えられるものはいない。


ただ神冬至を代表するものであり、実在する超常であることは確かだ。


神冬至国初代は鳳凰と縁を結び、かの者の望みを叶えたとも言われるが、その詳細は明らかにされていない。


ただ、ときおり武芸者が挑戦に赴いては帰らぬことはあった。

国の象徴とされるものだが、咎めるものは誰もいない。


侍がどれほど鍛えたところで一蹴されるからだ。

傷をつけることですら稀だ。


そう、鳳凰にはいくつかの傷がついている。

本当に微かなものだが、武芸者たちの魂魄を込めた一撃は、未だに残存している。


だから、その強さはかろうじて手が届くものであり、想像を越えたものではない。

不老不死であり、いかなる死をも超越するとも言われるが、それもなにかの裏があるのだろうと誰もが思っていた。


どちらにせよ、鳳凰とはただの鳥ではなく、人が敵う相手でもなかった。


「暑いな……」


當羅は火口付近に到着していた。

下にはグラグラと煮えたぎる溶岩がある。


いくつも泡が吹き出ては弾け、毒性のある空気を放出していた。

口を布で多い、祈力にて空気を操作してはいるが、どれほど持つかはわからない。


ここに来るまでに、すでに二日を消費していた。

鳳凰が住まう山は、それだけの高度があった。


「……」


しかしながら、すでに手詰まりの感がある。

覗き込んだ先、溶岩が弾けて毒素の充溢する場所には、たしかに鳳凰がいた。


大きさとしては當羅とさして変わらないだろう。

目を閉じ、岩肌にうずくまっている。


「困った……」


そこに行く手段がない。

ノコノコと降りれば毒にやられる。

これだけの熱さに抗する手段もない。


取るものもとりあえず、最速で向かったことが仇となった。


ときおり外へと飛び行くのだから到着すればいいと思ったが、どうやら休眠期にあるようだ。

目を開けることすらしていない。


しかし――


「本当に、困った……」


実のところ、當羅はさして気にもしていない。

その頭の中にあるのは、鳳凰の造形しかなかった。


友の頼みである、国の危機である、己の手際によってはすべてがご破産となる。

そうした道理がすべて吹き飛んでいた。


鳳凰だ、鳳凰なのだ。

幼き日に目に焼き付けた感動は、間違ってはいなかった。


細い体躯がぶるりと震える、覗き込む身体はふと油断をするとそのまま転び入ってしまいそうだった。

両腕で力の限りに踏ん張ってはいるが、それでも顔は可能な限り鳳凰へ近づこうとしていた。


「己の記憶よりも、更に美しい……」


陽が落ちるまで、飽きること無くその体勢を取り続けた。



 + + + 



夜が訪れても怪しく明るい。

火口より漏れる熱と光が照らしていた。


下からのそれはまるで巨大な焚き火だ。

人が暗闇に怯えずに済むものが、天然自然の形である。


「さすがに、目を悪くするな……」


いつまでも見ていたかったが、そういうわけにもいかない。


當羅は呆然と夜空を見上げた。

そこに散りばめられた星々に、目に焼き付けた姿を重ねる。


「己は、鍛えたつもりだった……」


絵筆によるものよりも、剣にて描いたもののほうが近い、そう感じたからこそ鍛錬を続けた。


「だが、まるで届いてはいなかった」


あの赤を、どうして己はもっと探求しなかったのか。

あれほどの深さの赤を、何物とも言い表すことのできぬ紅を、もっともっと追求すべきだったのだ。


刀を取り出し、抜いた。

より祈力が伝達するよう誂えた特注のものだった。


どのような色彩であろうと微細に伝える。

宙に刻み、長く残す。


細身のその刀は、當羅にとっては手に馴染んだ筆だった。


ゆるり、と振ってみる。

目に焼き付けた赤をなぞるように、その形を写すかのように。


夜の底、火口の傍にてたわむれのように始めたが、いつの間にか夢中になった。

胸を覆うような鱗、優美に伸ばされた首、すらりと細い足――


どれほど技巧をこらそうと、どれほど心血を注ぎ込もうとまだ足りない、まるで届かない。

汗まみれで剣を振る、最初の剣跡はすでに溶け、だが、重ねるようにさらに描き足す。

夜が明ける頃には一つの作品となった。


長く長く繰り返し、宙へと剣閃を奔らせて作り上げた一つの軌跡。

満足には程遠いが、それでも一つの形だった。


ほどなく消えてしまうものだが、これはこれで……


「お」


気づけば、絵が増えていた。

ゆるく羽を広げて飛び立とうとする鳳凰を、まじまじと見やる鳳凰がいる。


否、本物だった。


大きさとしては相似形ではあるが、根本的に異なる。

威が違う、佇まいが違う、躍動感が違う。

なによりも、溢れんばかりの生命力と、「熱」が異なっていた。


鳳凰は、當羅の描いたそれを一瞥すると軽蔑したようにくちばしを鳴らし、羽を軽く広げた。

それだけで描かれた鳳凰は霧散した。

軽い動きに見えて、その熱風は當羅のところにまで強烈に届いた。

まるで叱責されたようだと感じた。


鳳凰は、羽を広げた動きそのままに明け方の空を飛んで行く。

當羅はゴロゴロと吹き飛ばされて、斜面で逆立ちのように寝転びながら、飛行する姿を呆然と見た。


「本物だ……」


言えたのは、ずいぶんと時間が経ってからだった。

きっと百回はまばたきをした。


その本物は、當羅の描いた「絵」に反応を示した。

たしかにそれを認め、その上で破壊をした。


あの絵は不出来な偽物ではある。

それでも、鳳凰自身に「気に入らないもの」として扱われた。

訳のわからない、関係のないものだとは、扱われなかった――


ぶるり、と骨の底が震えた。

剣を杖に立ち上がる。

目は爛々と燃え上がる。


そう、己の絵は、鳳凰にすら通じたのだ。



 + + +



魔船に乗る者たちは約束を守らなかった。

八日目には砲撃を開始した。


それは、船長が末端のものたちの制御を誤ったためだとも、あるいは、回り込むように陣取る船団の数に危機感をつのらせたためだとも言われている。


数に任せて船団の突進をされれば、何隻かはすり抜ける。

そうなれば、被害が出る。


知らぬ土地の知らぬ者たちがどれほど死のうが知ったことではないが、長く苦楽をともにした船団員が減ることなどあってはならない。

大事な仲間を守るためであれば、約束事の価値など紙くず同然だ――


そのように考えたのかどうかはわからない。

どちらにせよ、いまだに避難が終わらぬ市街地へ、容赦なく黒い魔力塊は投げ込まれた。


放物線を描いて着弾するそれを。


「破ッ!」


得静恵光が叩き斬った。

力任せに跳躍し、全身全霊で斬った。


唖然とした目が、敵味方より等しく注がれる。

人は砲弾に抗することなどできない、その常識が恵光の前では退けられた。


真っ二つに裂かれた呪力塊が、空で悲鳴を上げて解けた。


「避難を続けろ、終わるまで、必ず俺がお前達を守る!」


十隻の魔船の、狂乱したような砲弾の連続を前にしてもなお、恵光はそう叫んだ。



 + + +



絵を夜通し描き、朝には絵が潰されることが日課となった。

どれほど丹精を込めようと、どれほどの技を注ぎ込もうと、鳳凰は等しく「気に入らないもの」として吹き飛ばした。


しかしながら、日が経つごとに吹き飛ばすまでの時間が長くなった。

最初は一瞥ですぐさま壊していたものが、今では二度三度とまばたきしてから破壊している。


なにより――


「そうか、そうなのか」


この世で並ぶもののない手本が眼前にいる。

當羅のやる気は燃え上がることはあっても下がることはなかった。


「もっと、違うな、羽だけではなくその内部にも気づかなければならない、その並びにすら意味がある」


やがて、當羅の描いた鳳凰は、わずかに動くようになった。

それは空間に刻まれ続けた祈力の蓄積によるものかもしれず、當羅の腕が入神の域へと至った証であるのかもしれない。


どちらにせよ、二体の鳳凰が仲良く小首を傾げる風景が見られた。

もっとも、やはり同じく吹き飛ばされて破壊されたが。


「……」


山の上からでは外界の風景がよく見える。

人々の営みの細かいところまでは目に映らないが、大きなものであれば捉えられる。


呪詛が、呪いの塊が神冬至へと打ち込まれた様子も、見た。


「鳳凰よ」


その日も、當羅が描いた絵の前に鳳凰はいた。

じっと見つめる時間はずいぶん長い。

話しかけることができるほどに。


「どうか、神冬至の人々を守ってはくれないだろうか?」


一瞬、當羅を見たように思えた。

ほんの一刹那の動きで、見過ごしてしまうほどだったが、それでもわかった。

確信が持てた。


この鳳凰は、人に興味などありはしない。


その意識の行く先は自身の美しさであり、その在り方についてだった。

他の事柄など、この鳥にとっては知らぬことだった。


「そうか、馬鹿なことを聞いて申し訳ない」


一瞬、落胆した。

ここに来たのは助力を求めるためだった。

その望みが断たれた。


今も放物線を描いて砲撃がされている。

人々が被害にあっている。

許せぬ蛮行が行われている。


友である恵光が必死に、命がけの抵抗をしている。

どれほど持つか知れたものではない頑張りだ。


だが――


「はは……ッ」


當羅は両拳を握り、地面を睨みつけた。

口からは断続的に笑いがこぼれる。


ふつふつと、ふつふつと、沸き立つものがあった。


「なるほど、己は、思ったよりもろくでなしだ」


この鳳凰がそうであることを、嬉しく感じた。

これは、この鳳凰は、美しいものにしか興味がない。


命よりも国よりも、美こそが心を占めている。

その心のあり様は、當羅のそれによく似ていた。


下では決死の防衛を繰り返しているというのに、己は眼の前の鳳凰しか目に入らない。



 + + +



夜になり、静けさが満ちた。

昼間の戦闘はなりを潜め、風の音ばかりがしていた。


外界においては人々が避難を終えている。

あらゆる生き物が逃げている。

犬、鹿、猿などの動物ばかりではなく、昆虫の類ですらもこの一帯から逃走していた。


魔船が放った呪詛塊のためだ。

残らず恵光が切り捨てたが、それらは細かく残存しこの地に積もった。

誰もが本能的にこの地から離れた。


広がる自然な風景が、不自然な静寂に満たされていた。


「……」


當羅は刀を手に立っていた。

その前には、ここしばらく描き込み続けた空間がある。

幾重にも幾重にも刻まれた、祈力の染み込んだ場所だ。


「夜、夜か……」


月を見上げる。

師匠とも呼べないが、筆にて描く際に教えを乞うた人の言葉を思い出す。


曰く、人には夜があるのだという。

生涯に一度か二度、本当の夜が訪れる。


運命と呼べば軽く、必然と呼べば胡散臭い。

ただ「夜」であるとしか呼べない。


気づけばそれまであった困難を軽々と越えて、自在に心の内を表すことのできる境地。

思うことがすべて蒸発し、呼吸するかのように自然に描ける一時。


かつて一度だけ、そのような「夜」に師匠は至ったことがあるのだそうだ。


――忘れられぬよ。


寂しそうに師匠は言った。


――あれほどまでに絵に求められた時はない。


「……」


これか?

と思う。


師匠の言っていたのは、これだったのか?

この静かな、それでいて全ての機能が連結し、描けるという確信ばかりがあるこの境地が、そうなのか?


心の内に、鳳凰がいた。

本物のそれではなかった。

別の形の、別の鳳凰だ。


当たり前に、いつの間にか居座っていた。

手を伸ばせば触れることができると思えるほど、たしかに居る。


「――」


刀を手に、くるりと背を向ける。

幾度も描いた空間ではなく、その反対へと向けて刀を構えた。


「ふ――」


振り下ろしたそれは、思う通りの曲線を描いた。



 + + +



巨大な刀を抱えて休む得静恵光はそれを見た。

波打ち際の沿岸から見れば遥か遠くの火口付近に、別の赤が生じたのを。


それは本当に微かな、ごくわずかなものではあったが、消えること無く赤色を増した。


「當羅か」


なにをしているんだ、と思う。

なにかを描こうとしているんだな、と思う。


「お前は、また絵か」


口調には苦さが混じった。


恵光にとって戸毛當羅とは、まったく理解ができない相手だった。

あるいは、心の何処かで気に食わないとすら思っている。


出会い方が違えば、蛇蝎の如く嫌った予感がある。

全身全霊で、家の権力を使ってでも殺そうとしたはずだ。


なにせ、恵光が求めてやまないものを刀ではなく筆として使っているのだから。


そう、當羅の剣才ばかりは、どうあっても認めるしかない。

當羅本人からすれば刀術ではなく絵画だとでも言うのだろうが、恵光からすれば間違いなくそれは刀の技術だ。


どれほど追い求めたとしても、影すら踏めぬほど遠い、まったく追いつけない。


速さを、速度を、無駄を削ぎ落とした最速こそを欲していたというのに、こうして巨大な刀を手にするようになったのは、違う道を行かなければ争うことすらできぬと気づいたからだ。


當羅にとっての鳳凰にあたるものが、恵光にとっては當羅の剣だった。


見れば求めずにはいられない。

届かないと知った上でなお、焦れる。

欲し求める。


「俺は――」


――どうして當羅に対して、鳳凰のもとへ行くことを頼んだのか?


そのような疑問がふと浮かんだ。


他に道がないことは確かだった。

細い細い道筋ではあるが、そこにしか助かる術がない。


だが同時に、こうも思う。

當羅に、鳳凰を諦めて欲しかった。


得静恵光が最速の刀術を諦めたように、當羅も鳳凰ではなく別の道を行くべきだった。

もしそうしてくれたのならば、心からそれを認め、當羅を抱きしめてしまうだろう。


――ああ、お前もついに。


そう咽び泣いて無二の友を迎える。

真に欲するものは、決して手に届かない。

だからこそ輝きを保つのだ。


誰もがそのような諦めを心に得るのだ。

何もかも思うように行くなど、子供の空想の中にしかありはしない、そのような納得を手にする。


だが――


「お前は、届かせるのか」


河口付近の赤は更に濃く、深く、まるで新たな太陽を生み出すかのように輝きを増した。

巨大な刀を抱きしめながら、恵光は切なくその赤を見上げた。



 + + +



時を忘れた。

腕を、刀を、あるいは呼吸ですらも忘れた。


描く。

ただ描く。


背後に刻まれた熱、あるいは鳳凰がいた地点の熱、火口奥底の溶岩の熱。

それらが刀を伝い、眼前の空間へと刻まれる。


心の内にある鳳凰は、更に優美で、更に熱い。

そこに無駄はなく、必然のみで構成されている。

余分はすべて削り切る。


鳳凰は、鳳凰であるから美しいのだと、そう信仰する。


応えるかのように、描かれた絵の、細い足が震えた。

赤ん坊のような痙攣だ。


鳴き声を上げるかのように胸部が膨らむ、空気を吸い込んでいる。


まぶたと瞬膜が開き、その蒼い瞳が世界を捉える。


刀で斬るという作業を繰り返し、そこに一個の存在を創り出す。

恵光が嫉妬した刀術は、殺すためではなく誕生のために振るわれた。


「……」


気づけば、當羅の背後に鳳凰がいた。

炯々と燃える瞳で睨んでいた。

その、新たに生まれようとしている鳳凰を。


両翼を広げ、いつものように吹き飛ばそうとし――


「キィ!?」

「まだ、描き途中だ」


當羅の剣に薙ぎ払われた。

吹き飛ばされた鳳凰は、攻撃された事実よりも、當羅のその目にこそ激怒した。


それは、「すでに興味を失った対象」に向けるものだった。

鳳凰という、頂点に向けて良いものではない。


さらに言えば、その不遜な人間の前で、生まれたことに戸惑うようにしていた「新しい鳳凰」が敵意の声を上げた。

己を作り出した、親とも呼べる者を守ろうとする意思表示だった。


それもまた、気に食わない。


鳳凰と、絵画の鳳凰とその描き手という、奇妙な戦いが開始された。



 + + +



鳳凰とは、羽あるものたちの王であると言われている。

飛ぶ、ということに関して右に出るものがいない。


空とは鳳凰の領地であり、侵入者は相応の罰がくだされる。

そのはずだった――


しかし、描かれた鳳凰は、本物よりもさらに速かった。

よりすばやく旋回し、より速く上昇し、有利な位置を奪う。


美麗に彩られた一切がないことが、その速度を可能にしていた。

火の粉を散らすように飛ぶ鳳凰に対し、赤い線を刻むように飛んだ。


幾重にも繰り返される戦いは終わることを知らず、そして、當羅の剣はさらに鳳凰を詳しく描いた。

飛ばした剣閃が合流していた。


幾千もの挑戦者がつけた傷跡を、たったの一夜で追い越し、増やし続ける。

鳳凰の、その輝きが失せて消えようとしていた。


新しい鳳凰とその描き手は、完全に「かつての王」を越えていた。


それを認識し、頷き、鳳凰は落下した。

否、それは突進だった。


地上にある描き手である當羅に向けて、後先を考えない体当たりを仕掛けた。

瞬時の迷いもないその決断に、経験という財を持たぬ絵画は呆気に取られ、機会を逸した。


鳳凰の命を賭した攻撃を。


「ふッ!」


だが、この夜であれば、人が越えた。


刻まれた傷跡を繋げるような一閃が鳳凰を二つに切り裂き、絶命させる。

どうあっても生きてはいけない一撃を受け、鳳凰は笑った。


その笑みを、たしかに當羅は捉えた。

どこか師匠を思わせる、自嘲の笑みだった。


そうして、それは解けた。

空間に刻まれた祈力が、ついには消え失せた。


「え……」


絵画だった。

本物とされたものもまた――

かつての先達が描いたものだった。


だが、たった今、失われた。

二つに分かたれたそれは簡単に消失した。


「――」


新たな鳳凰が、當羅が描いたそれだけが残される。

戸惑うように側へと降り立ったこれが、今この時より鳳凰となる。


「‥…」


だが、だが……


「足りない……」


それも、わかった。

本物を凌駕した、より早く、より強く、より優美にある。


偽の絵画が本物へと至った。


だが、熱が足りない、存在が足りない、永続することがない。

これは所詮、「上手く描けた絵」でしかない。

ほどなく消え失せてしまう。


鳳凰が、いなくなる――


それは世界が終わることよりも許せないことだった。


「ああ、なるほど」


最後の、鳳凰の突進を思い出す。

破れかぶれのように見えたそれは、本当に命がけのものだった。


見れば刀に熱が籠もり、内在している。


フェニックス、という鳥がいる。

海向こうで、幾度も復活を遂げるとされる鳥であり、ときに鳳凰と同一視される。


今もこうして鳳凰は復活した。

死してもなお新たに現れる。


だが、そもそも、最初の鳳凰はどのようにして描かれた?

どのように祈り、どのように実在へと届かせた?


きっとそれは、命を賭して行われたに違いないのだ。


當羅は頷き、思い返す。

父親に言われた言葉を。


鳳凰に恥じぬように生きなければならない――


このまま描いた鳳凰を無に帰すほど、恥知らずなことはない。

そのためなら神にも仏にもなろう、あるいは魔へと堕ちようとも構わない。


だからこそ當羅は熱の籠もった刀を自身の心臓へと突き出し、その生命を刀へと伝えた。

自身を鞘として抜き打つように放った一筆が、新たな鳳凰へと描き足された。


吹き出す血と最期の一撃が、その誕生を確定させた。



 + + +



朝日が昇り、砲撃が再開された。

魔術師たちは叫び、怒鳴り散らす。


――お前たちは魔を祓った、その土地を清浄にしようとした、だが、追い払われた憤りは、その呪詛は、その呪いはどこへと向かった? 


呪詛塊が連続する。

唸りを上げて土地を汚さんと迫る。


――我々だ、我々こそがそれを引き受けた。我々がお前らの尻拭いを続けた! 見よ! 我らはついに舞い戻った、お前たちが滅びるのは当然の理だ!


「うるせえ馬鹿!」


怒りのままに恵光は攻撃を蹴散らす。

嫌な予感が、悍けるような感覚が止まらない。


昨夜に見た有り様が脳裏にこびりついていた。

二体の鳳凰の姿が、舞い踊るように戦う様子が。


「傲岸不遜にもなれない臆病者が被害者ぶるな! 武器を手に攻め込んでおいて当然も糞もあるものか!」


恵光は斬る、斬り続ける。

八面六臂の活躍は、しかし、反撃までは届かない。


切り捨てられた呪詛は大気に溶け込み続ける。


船に乗る魔術師たちの、嫌らしい笑みが見えるかのようだった。

反撃の届かぬ場所で、我らこそが正しいと嘲笑していた。


「糞が……」


そして、その形勢判断そのものは事実だった。

攻撃を防ぐことは、敵を脅かすことには繋がらない。


「俺の剣は、ここでも届かないのか……ッ!」


血を吐くような叫びに応えるかのように、背後で炎が吹き上がった。

一瞬、山が噴火したのかと思えた。


違った。

それは生誕だった。


登る朝日よりも更に眩しく、どのような赤よりも鮮やかに、生まれたばかりのそれは空へと鳴く。


「當羅……?」


恵光には、なぜか友の声のように聞こえた。

歓喜とも悲哀ともつかぬ叫びであると。


鳳凰が、飛んだ。


海と空の青の両方を切り裂くように赤い軌跡を背後に残し、優美に、速く、力強く。

船から慌てたように呪詛塊が打ち出されるが、大半は速度に追いきれず、直撃は届くより先に焼失した。


神冬至が、燃える。

いやそれは、呪詛の燃焼だった。


人がいなくなった土地全てから炎が吹き出したかと思えば、鳳凰へと引き寄せられる。


国へ満ちようとしたそれらが鳳凰により焼き払われて、燃料源として支配下に置かれたのだ。

飛ぶ鳳凰を追うように、赤い空間そのものが追随する。


一匹の鳳凰の背後から、燃え盛る煌めきが合流し、さらに熱く、さらに速く加速させる。


船の者たちにとっては、まさにこの世ならぬ光景だ。

悪魔が来るよりもたちが悪い。


なにせ、散々に撃ち込んだ呪詛が、形を変えて戻っているのだ。


「――」


回避――魔船の船長がそのような言葉を言うより先に鳳凰はその横をすり抜けた、音よりも速く赤色の空間が薙ぎ払い、逃げ場なく熱を伝えた。

十の船団は、すべて海上で炭と化した。

燃えることすら許されず、全てが「燃え尽きた後の姿」にされた。


それはまるで、かつて當羅が最初に振って燃やした木刀のようだった。



 + + +



恵光はそれを見ていた。

見続けていた。


発生し過ぎ去った赤色は、不思議と熱を伝えず敵だけを焼き払った。

あるいはそれは、恨むべき相手を違えずに恨んだ。


呪詛塊として、ただの兵器として扱われた無念、その呪いの返しが正しく行われた。


そのすべてを主導したものが――

神冬至の象徴となる鳥が、恵光の近くに舞い降りた。


興味深そうに鳳凰が見ているのは、「親」に近しい気配を感じたからだった。

どう見ても異なる姿であるのに、とても近い。


「――」


恵光は、歯を食いしばり鳳凰を睨んだ。

かつての姿と異なる、だが、當羅好みのその造形。

特に、その内にある熱の在り方を。


見間違えるはずもなかった。

その熱と魂は、友のそれだ。


「お前は、絵画は、常に俺から當羅を奪っていた……」


いつでもそうだった。

どれほど語ろうと、どれほど側にいようと、常にそれが邪魔をした。


「ついには、あいつ自身すら奪ったんだな」


鳳凰は人の言葉を理解しない。

だが、その意は伝わった。


激怒よりも更に熱く、呪詛と呼ぶには純粋に過ぎた。

なるほど、人とはこのようなものであるのかと鳳凰は納得した。


「許さぬ、決して許さぬ!」


飛び立つそれに向けて、恵光は叫んだ。


「あいつのすべての絵は、必ず俺が斬る!」


永遠を征く鳳凰は、ただ空を飛んだ。






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[良い点] 中盤からの先の予測できない展開 [気になる点] 新たな鳳凰がこれからどうするのか
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