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翡翠ノ姫  作者: 矢本MAX
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第八章 月光を浴びて

竪穴式住居を出た薔薇人の眼の前に広がっていたのは、驚くべき世界だった。

そして……。

 満月の光に照らされて、数十戸の竪穴式住居が建ち並び、集落を形成している。

 そして、その一戸一戸の家からは、暖色の光が洩れていた。

 遠くからそっと覗くと、濃いヒゲをたくわえた、がっしりした体格の家長らしき男性を中心に、女性や子どもたちが火を囲んで談笑しながら食事をしている光景が見えた。

 それはまさに縄文人の家族だった。

 自分はもしかしたら、勾玉の力で縄文時代にタイムスリップしてしまったのだろうか? まさか、こんな手の込んだアトラクションがあるとは思えない。

 不安が増して来る。

 スマホを取り出して確認したが、案の定「圏外」だった。

 どうやったら元の世界へ帰れるのだろう?

 このままここに置き去りにされたら、二度と両親にも友人たちにも会えない。

 それよりも何よりも、自分はここで生きて行けるのだろうか?

 不安は恐怖にエスカレートした。

 再び胸の勾玉を握った。

 だが、反応はない。

 とりあえず、縄文人に見つかっては厄介なことになりそうなので、足音を立てないようにして集落を離れ、地形から察して、フォッサマグナミュージアムがあるあたりへと向かった。

 森の中の道は、来た時よりもさらに細く、まるでけもの道のようだったが、月の光が明るく照らし出してくれている。

 何だか何かに導かれているようにも感じられた。

 お守りのように勾玉を握ったまま下り坂を下りていくと、ふいに視界が開けた。

 そこは窪地になっていて、湖が広がっていた。

 水面に映る満月の中に波紋が広がり、そこに人影が見えた。

 誰かが泳いでいるのだ。

 薔薇人は木陰に隠れて様子を伺った。

 泳ぐ人影は、やがて岸辺に上がって来た。

 まずは肩までが水面に現れ、次いで裸の上半身が、さらに一糸まとわぬ全身が露わになる。

 月の光に照らされて浮かび上がった姿は、薔薇人と同年代くらいの少女の裸身だった。

 その顔を見て、身体が震えた。

 そう、彼女こそ、あの翡翠の脳が見せてくれた翠の髪の少女だった。

 髪の毛は濡れて、黒く見えたけれど、その風貌は間違いなかった。

 美しい肢体だった。

 肌は磨き抜かれた翡翠のように白く、蒼白い月光を浴びて、輝いている。

 いや、反射光だけでなく、彼女の身体は自ら淡い光を発しているように見えた。

 少女は全身を広げ、手足を伸ばして月の光を浴びている。大胆で惜しげもない姿が眩しいほどだった。

 その行為には、どこか厳粛な儀式のような風情があり、薔薇人はのぞき見をしているような自分が、ちょっと恥ずかしくもあった。

 しかし、このタイミングで声をかけることも出来ない。

 息を殺し、身を固くして様子を伺うしかなかった。

 月光浴を終えた少女は、傍らにきちんとたたんで置いてあった衣服を纏った。

 それは、頭からすっぽりと被るポンチョのような衣裳で、白い布には、紫色でアラベスク模様のような装飾がほどこされていた。

 さらに首からペンダントのようなものを身につけた。

 それはちょうと胸の真ん中あたりで、ぼうっと翠色の光を発した。

 するとそれに呼応するように、薔薇人の胸の勾玉も、先ほどのようにゆっくりと明滅しはじめたのである。

 少女がこちらを見た。

 勾玉の光をしっかりととらえている。

 もう、隠れていることに意味はないと覚悟して、薔薇人は木陰から出て、月の光の中に身を晒した。

 敵意がないこと、武器を持っていないことを示すために、無意識のうちに両手を上げていた。

「どうも、こんばんは」

 自分でも間が抜けた挨拶だと思ったが、何も言わないのも不自然かと思い、そう言ってちょっと頭を下げた。

 すると少女は、澄んだ声で

「こんばんは、お待ちしておりました」

 と言って、丁寧に頭を下げた。

 その声は、空気の波動というよりは、直接頭の中に響いて来たように感じられた。

「あの、僕は君のことを……」

 言いかけると、また頭の中で声がした。

「承知しております。わたしもあなたを夢に見ておりました。さあ、どうぞこちらへ」

 少女は先に立って歩き出した。

 もう言い訳がましいことを言うことも無意味だと察した薔薇人は、その後を追った。

 さっきまでの不安や恐怖は、完全に霧消していた。

 たぶんこれは、翡翠の導きなのだ。きっと……。

 心に思ったら、足を止めた少女が振り返り、黙ってうなずいた。

 やはり、今までの会話は、テレパシーのようなものだったらしい。

 だとしたら、これまでのいきさつも、すべて彼女は承知しているに違いない。

 何もやましいことはないけれど、彼女の前では心を裸にしていればいいのだと思った。

 それは不思議と恥ずかしくなく、むしろすべてを相手にゆだねて、全身の力を抜いて水の上に浮かんでいるような開放感があった。

 湖に沿ってゆるやかに湾曲した道は、再び森の中の上り坂となる。

 そこを三分ほど歩くと、視界が開けた。

 視野いっぱいに広がる景色に、薔薇人は立ちつくし、感嘆の声を上げた。

ついに出会えたあの不思議な少女。

そして彼女に導かれて、さらに驚異の世界へと足を踏み入れて行く。

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