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翡翠ノ姫  作者: 矢本MAX
7/9

第七章 長者ヶ原遺跡にて

何かに導かれるようにして、糸魚川市に向かった薔薇人。

果たしてそこで、何が彼を待っているのだろう?

 東京駅発一〇時三二分の「はくたか559号」に乗り込んだ薔薇人は、糸魚川市へと向かった。

 九月の第二日曜日のことだった。

 切符は吉行くんの助言に従って地元の小見川駅で購入した。

 ちょっと心配だったのは、両親の説得だったが、古本さんや翡翠の脳のことは伏せて、『縄文展』から古代史に興味を持ち、翡翠のの流通ルートとフォッサマグナにロマンを感じたことなどを説明すると、根がこういうことが大好きな父親はすぐに賛同してくれた。

「オレも一緒に行きたい」

 と言い出したのだが、生憎と出発予定日は勤務先の会社のイヴェントがあり、とっても残念そうな顔をした。

 母親は、一人旅を心配したが、電車の乗り降りなど、移動のポイントごとにメールを送ると約束して、何とか承認してくれた。

 そうして今、北陸新幹線に乗っているのである。

 胸にはお守りのように、古本さんから貰った勾玉を下げていた。

 新幹線の乗り心地はすこぶる良かった。振動は少なく、椅子も心地良い。

 東京を過ぎると、次第に遠景に高い山が目立つようになった。

 関東平野の中でもでも特に平らな土地が広がる地域で生まれ育った薔薇人にとって、街の背景に高い山がそびえ立っているだけで、遠いところへ来たという旅気分を味わうことが出来た。

 列車に乗るまでの、ちょっと不安な気分は、完全に吹き飛んでいた。

 いくつかのトンネルを脱けて、列車が新潟に近づくにつれて、周囲の風景は、うっすらと霧に霞んで見えて来た。

 街も道も濡れて、傘をさして歩く人の姿も見えた。

 どうやら小雨が降り出したらしい。

 出発する時は晴れていたので、太平洋側と日本海側の気候の違いを実感することが出来た。

 東京駅で買った「五目わっぱめし弁当」を食べて、少しうとうとしたかと思うと、もう糸魚川に着いていた。

 ホームから見える山々には、東山魁夷の絵のように幽玄な山霧がかかり、まるで街全体が雲の上に浮かんでいるかの如くに感じられた。

 薔薇人はお守りのように胸に下げた、古本さんからもらった勾玉を右手で包み込むようにして握り、列車を降りた。

 雨は、激しくはないけれど、本降りだった。

 改札を出たところにコンビニがあったので、透明なビニール傘を買った。

 アルプス口方面の階段を降りたところに、バスの発着所があり、美山公園・博物館線の路線バスに乗って約一〇分でフォッサマグナミュージアムに着く。

 帰りのバスまで三時間余りの時間があるので、ミュージアムと長者ヶ原考古館を見学するには充分な時間だと思われた。

 それほど待たずにバスが来た。

 市庁舎の前を通り、歩くにはちょっと長くてきつめの坂道を登った丘陵地帯一帯が美山公園となっていて、その頂上付近にフォッサマグナミュージアムはあった。

 ピラミッドのような三角錐の屋根を持つ建物が並ぶ佇まいは、どこかあの翡翠都市のようでもあり、薔薇人の胸は期待に高鳴った。

 受付でチケットを買い、通路を通って展示室に入ると、人の背丈ほどもある巨大な翡翠の原石が薔薇人を迎え入れた。

 床には、水の波紋が投影され、音と映像で原石の産地である翡翠峡が再現されている。

 川の流れに導かれるように第一展示室に入ると、そこには糸魚川で発見された様々な翡翠の原石が展示されていた。

 翡翠というと、やはり翠色という印象が強いが、中国で珍重されたという白色をはじめとして、赤みがかったものから、黄色や青、そして紫と、多彩な色のヴァリエーションがあり、それらがまた繊細なグラデーションを描いているのだ。

 宝石好きな人が見たら何時間見ても飽きないだろうが、薔薇人の関心はそこにはなかった。

 時間も限られていたので、次の展示室へ向かった。

 第二展示室の風景は壮観だった。

 中央に小型自動車くらいの巨大な翡翠の原石が置かれ、天井からは、それと同じくらいのサイズの原石の模型が吊り下げられている。それはあたかも、翡翠の原石が隕石のように天空から舞い降りて来るように感じさせるものだった。

 翡翠は地球の地殻変動によって形成されたのではなく、隕石の衝突によって生まれたのではないかと想像すると、何だか愉快な気がした。

 遮光器土偶は宇宙人をかたどったものではないかという説もあるくらいだから、そんな想像も、あながち間違いではないかも知れない。

 次の第三展示室では、壁面と床を使った巨大ディスプレイに、フォッサマグナが形成される壮大な地殻変動が動画で映し出されている。

 気が遠くなるような長い時間をかけて、三つのプレートが衝突して、世界に一つしかない特殊な地質構造を生みだしたのだ。

 傍らには、フォッサマグナの発見者であるナウマン博士のコーナーも設けられていた。ナウマン象の名前の由来となった、あのナウマン博士である。

 物事は、意外なところで接点を持ち、繋がっているのだなと薔薇人は思った。自分が今ここにいることも、きっと何かの縁に繋がっているに違いないと。

 第四展示室の中央には、太い柱が建ち、その周囲を、螺旋を描いて類人猿から現代人に至る人類の進化の姿が等身大の人形で描かれていた。

 第五展示室には多様な化石類が、そして第六展示室には世界中から集められた美しい鉱物や宝石が展示されていた。

 見学者の中には、若い女性の姿もあり、もしかしたらあの翠の髪の少女と会えるのではないかと、周囲に目配りしながら見学したが、淡い期待は裏切られた。

 あの翡翠の脳が見せてくれた翡翠都市のヒントが、どこかにあるのではないかと、注意深く展示物を見て廻ったが、それらしきものも発見出来なかった。

 ひととおり展示を見た後、もう一度第二展示室の巨大な翡翠の原石のところへ行き、その表面に手で触れ、そっと眼を閉じてみたけれど、何も伝わっては来なかった。

 ミュージアムショップで、両親へのお土産として糸魚川翡翠のストラップを買い、やや落胆した気分のままミュージアムを出た。

 外はまだ雨が降っている。激しい雨ではないが、残念な気持ちに追い討ちをかけるような雨だった。

 だけど、がっかりしている時間はない。

 次の目的地へ向かおう。

 薔薇人はビニール傘を広げると、長者ヶ原考古館へと向かった。

 先ほど降りたバス停の前を通り過ぎると、糸魚川市出身の詩人・相馬御風(そうまぎよふう)の歌碑があった。この詩人の名前は知らなかったけれど、碑に記された「春よ来い」という童謡は聴いたことがあった。

 歌碑の前を通って、右手にある細い坂道を降りたところに考古館はあった。

 こちらは木々に囲まれ、赤煉瓦のような色をした山小屋のような建物で、まほろばの里田園空間博物館を大規模にしたような風情があった。

 中へ入ると、受付の女の人に、

「初めてですか?」と訊かれたので、

「はい」と答えると、

「ではまずこちらをご覧ください」と言われて、ロビーの傍らにある小部屋に案内された。

 そこには大型モニターが据えられていて、長者ヶ原遺跡発掘のドキュメンタリー映像を観せてくれた。

 それは、小見川の貝塚遺跡や城山古墳よりも大規模な発掘作業だった。

 帰りの電車の時間もあるので、長い時間がかかると困るなと思ったが、映像は一〇分ほどて終わり、「それではごゆっくりご覧ください」と受付の人に言われて、薔薇人は展示室に歩を進めた。

 ここには、遺跡から出土された縄文土器や土偶、そして勾玉などが展示されていた。

 中でも興味深かったのは、竪穴式住居の断面が再現され、当時の暮らしぶりや、勾玉をつくる工房などがフィギュアを使ったジオラマで立体的に解るようになっていたところだった。

 しかし、ここにもやはり、翡翠都市や翠の髪の少女の手がかかりらしいものはなかった。

 考古館を出た薔薇人は、まだ時間の余裕があったので、長者ヶ原遺跡まで行ってみることにした。

 案内板には「集落跡まで三〇〇m」と書かれていたので、軽い気持ちで歩きはじめたのだが、その道は起伏が激しく、舗装はされていたものの、雨で滑りやすくなっていたので、けっこうな難路だった。

 しかも周囲に人家はなく、完全に森の中の一本道だ。

 外灯らしきものもないので、暗くなったら歩くのがかなり怖い道だろう。

 さらに、日曜日だというのに、人の姿はまったくなかった。

 何だか自分が、世界から取り残されたような、奇妙な淋しさをおぼえた。

 案内板の表示よりもずっと長く感じる距離を歩いて、やっと視界が開けたところに、木造の休憩所のようなところがあり、傍らの石に「史跡 長者ヶ原遺跡」と刻まれていた。

 その先に、小学校の校庭くらいの草原があり、竪穴式住居が復元され、点在している。

 ひとつひとつの建物は、高校の体育館前の「自習室」よりは大きなものだったが、基本的な建築構造によく似ていた。

 ここにもやはり、誰もいない。

 薔薇人は、竪穴式住居のひとつに入ってみた。

 内部は高校のものよりずっと広く、中央に家族が火を囲んだだろう囲炉裏のような跡があり、その縁に丸い大きめの石があったので、そこへ腰掛けてみた。

 土の匂いと、草の匂いがした。

 雨はまだ降っているけれど、家を取り囲む葦に吸収されて、音はしない。

 これからどうしよう?

 何をしていいのか、完全に解らなくなっていた。

 すがるような気持ちで、胸に吊した勾玉を握りしめた。

 最初はひんやりと感じられた勾玉は、体温を吸収してほんのりと暖かくなり、それはさらに、体温よりも高い温度に達した。

 びっくりして掌を開いてみると、それは内側から光を発していた。

 薄暗い竪穴式住居の中で、螢の光のように、柔らかく明滅をはじめたのだ。

 その光を見つめていると、あたりが急に暗くなったように感じた。

 びっくりして見回すと、住居の内部は完全に闇に沈み、三角の出入り口のところから、かろうじて蒼白い光が射し込んでいるのが見えた。

 急激な状況の変化に、怖くなった薔薇人は這いずるようにしてその三角の出入り口から外へ出た。

 そこには、さっきまでの長者ヶ原遺跡とはまったく違う風景が広がっていた。

勾玉には不思議な力が宿っていると言われています。

竪穴式住居を出た薔薇人が見た風景とは?

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