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翡翠ノ姫  作者: 矢本MAX
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第四章 竪穴式自習室

あなたがもし学生なら、学校の中で特に好きな場所があることと思います。

薔薇人が好きな場所は、美術準備室と図書室、そして竪穴式自習室でした。

竪穴式自習室?

それはどんな場所なのでしょう?

 翌日から本格的な授業が始まった。

 だけど薔薇人は授業に身が入らない。

 古本さんのことも気がかりだったが、あの翠の髪の少女のことが脳裡から離れないのだ。

 昼休みは、学食でカレーライスを食べた後、体育館前の築山にある竪穴式住居へと向かった。

 薔薇人が通う千葉県立小見川高校は、街を見下ろす城山という高台にあり、古くは前方後円墳があり、江戸時代には小見川藩の陣屋があった場所だった。

 そして体育館前の築山は、城山古墳群三号墳の跡地でもある。

 二〇年ほど前、古墳の発掘調査が行われた時、古墳時代よりもさらに古い地層から、竪穴式住居の痕跡が発見され、それにちなんでこの場所にこの住居が復元されたらしい。

 今までは特に深い関心はなかったのだが、古本さんから様々なレクチャーを受けた今では、妙に親近感を感じた。

 住居の中はひんやりとしていて、土の匂いがした。

 内部はそんなに広くなく、夫婦と、子どもが三人もいたらいっぱいいっぱいな感じだ。

 中央には、誰が置いたのか、教室で使っている机と椅子が一組、出入り口を正面に見据える場所に置かれていた。

 そのために、生徒たちはここを「自習室」と呼んでいた。

「竪穴式自習室」だ!

 薔薇人は椅子に坐り、机に頬杖をついた。

 落ち着く空間だなと思った。

 この住居は弥生時代のものを復元したらしいが、竪穴式の建築様式は、縄文時代から引き継がれたもので、遙かなる古代へと繋がっている気がした。

 薔薇人は、夏休みに体験した一連の出来事を思い出してみた。

 あれは、夢や幻だったとは思えない。

 だとしたらこれには、何かしらの意味があるはずだ。

 そしてそこには、自分へのメッセージが託されているようにも感じられる。

 誰かが僕に、何かをさせようとしている。

 それは確かなように思えた。

 さて、これからどうしよう?

 古本さんが言っていた、フォッサマグナミュージアムのことが脳裡に浮かんだ。

 そこへ行けば何かヒントがあるかも知れない。

 糸魚川市といえば新潟県だ。

 日本海に面している。

 太平洋沿岸の千葉県からだと、ちょうど本州を横断することになる。

 そんな遠くまで1人で行ったことはないが、何だか急にそこへ行ってみたくなって来た。

 他にも翡翠にまつわることも調べてみたい。

 あの翡翠の都市もどこかに実在するかも知れない。

 そう思うと、居ても立ってもいられなくなり、竪穴式自習室を出ると、とりあえず学校の図書室へ向かった。

 図書室は新館の三階の外れにある。

 薔薇人はまず地理コーナーに行き、新潟県の観光案内を見つけ、フォッサマグナミュージアムの紹介ページを開いた。

 それは見開き二ページのわずかな記載しかなかったけれど、巨大な翡翠の原石が展示された館内の写真があり、大いに興味を惹かれた。

 今度は地学のコーナーに向かい、翡翠そのものに関する書籍を探した。

『翡翠入門』という、そのものズバリのタイトルのムックがあった。写真も豊富なので、これも借りることにした。

 他に何か手がかりになる本はないだろうか?

 貸し出しカウンターには同じクラスの図書委員の土生さんという女子がいたので、翡翠のことで何か参考になる本はないかと尋ねてみると、

「そういうことならマヨさんの出番だね」と言って、彼女は背後の机に坐った女性に振り向いた。

 司書の篠塚万葉(まよ)さんだ。

 おかっぱ頭に大きな勉強眼鏡がチャームポイントの、二〇代半ばの女性で、書道部の顧問をしている。

 女生徒からは姉のように慕われていて、親しみをこめて「マヨさん」と呼ばれていた。

「マヨさん、日野くんが翡翠に関する本を探してるんだって」

 図書委員の言葉に、一瞬、万葉さんの眼鏡がキラリと光ったように感じた。

「翡翠ね、それなら……文学コーナーの『ま行』の棚の二段目の右から一五冊に、繭咲友也(まゆさきともや)という人の『濡奈川(ぬながわ)姫物語』という本があるから、読んでみるといいわ」

 万葉さんはこの図書館の蔵書すべての場所が頭の中に入っているらしい。

 あっけにとられて呆然としていると、

「こっちよ」と言って、カウンターの奥から出て来て、棚まで案内してくれた。

 物静かでちょっと怖い感じの女の人という印象だったが、この人にもどこか古本さんに通じるメンタリティーを感じて、薔薇人は万葉さんに急に親近感を感じた。

「これよ」

 と差し出されたのは、翡翠のような模様の紙に、古代の姫のイラストが描かれた美しい本だった。

「濡奈川姫というのは『古事記』にも記されたお姫様で、翡翠の力で今の糸魚川市あたりにあったと言われる高志(こし)の国を治めていたという伝説があるの。

 これは小説だけど、古代日本の翡翠文化をとても想像力豊かに描いていて、わたし、大好きなの。

 翡翠に関心があるなら、君にもこの本を読んでほしいな。

 それと、繭咲友也さんはこの小見川出身の作家さんよ。

 正直、あんまり売れてる人じゃないけど、時々、思い出したようにいい本を書くのよ」と、万葉さんはささやくような小さな声で言った。小さいけれど、熱のこもった力強い言葉だった。

「はい、読んでみます」

 手渡された本を、他の二冊と一緒に両手にしっかりと持って、薔薇人は貸し出しカウンターに向かった。

 貸し出し手続きをしながら、土生さんが「知ってた? マヨさんの万葉は、万葉集にちなんで付けられたんだって、その話をすると長くなるから、気をつけてね」と言った。

 そういうところもなんだか、古本さんみたいだなと思い、可笑しかった。

 放課後になると、薔薇人は久しぶりに美術室に向かった。

 スケッチブックに描いた水彩画をもとに、文化祭に出品するための油絵を描こうと思ったのだ。

 出来るだけ大きい画面がいい。

 美術準備室にストックしてあるキャンバスの木枠から、いちばん大きな五〇号のものを選び、組み立て、布を張った。

 このくらいの大きさだと、自宅では作業が出来ないので、準備室でイーゼルを立てて描きたい。

 それには顧問の先生の許可が必要だった。

 美術部顧問の星野先生は、長身で、ジョン・レノンのような丸眼鏡をかけ、自らもシャガール風の幻想画を描くアーティストで、二八歳独身なので、女生徒にも人気のある教員だった。

 事情を話すと先生は「どんな絵を描くんだい?」と訊いて来たので、持参したスケッチブックを開いて見せた。

「おお、いい子だね。君の恋人?」

「いえ、夢の中で出会った子です」

 と薔薇人は答えた。

 事実、昨夜も夢の中に彼女が現れた。あの翡翠都市の中央にそびえる神殿のようなところで、祈りを捧げているところだった。

「なるほど、君はドリーマーだね。準備室は使っていいよ。完成を楽しみにしているよ」

 言って先生は薔薇人の肩をポンと叩いた。

クラスメイトや恩師のサポートを受けて、薔薇人の次なる行動が開始されます。

それは……。

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