第一〇章 絶望の戦士
翡翠の星の青年と同化したバラードを待ち受けていたのは、過酷な使命だった。
それは……。
「バラード!」
呼ばれて僕は顔を上げ、眼の前の王座に坐った翡翠王を見上げた。その傍らには、王妃と、二人の愛娘・トワ姫が、じっとこちらを見つめていた。
「そなたを見込んでひとつ、わしの願いを聞いてはもらえぬか?」
静かな、それだけにある種の覚悟を感じさせる口調で、王は話し始めた。そこには、普段の王にはない、ただならぬ気配が感じられた。
「虚無がわが星を呑み込もうとしている。そのことはそのたも重々承知のことであろう。その脅威は、確実にこの王宮へも迫りつつある。それに対して、わしたちも手をこまねいて傍観していたわけではない。勇敢な兵士たちを派遣して、虚無の使い魔を撃退すべく様々な策を試みて来た。だが、あやつらには既存の武器は何一つ効かなかった。逆に兵士たちは、心を汚され、互いを殺し合うという最悪の事態を招くばかりだ。そこでわしは、最後の決断をすることにした」
そこで翡翠王は、一旦言葉を切り、僕の眼を覗き込んだ。
「虚無に汚されたこの星を離れて、新たな天地を捜す長い旅に出ようと思うのだ」
「捨てて」という言葉を使わなかったことに、王の深い悲しみが感じられた。
僕はただ「御意」としか答えられない。状況はそれほど逼迫しているのだ。
「そこで今、移住用の大型宇宙船を急ピッチで建造している。もちろんすべての民を乗せることは出来ないが、最善の努力はしておる。だが、圧倒的に時間が足りんのだ。このままでは、宇宙船が完成する前に、この星全体が虚無に呑み込まれてしまうだろう。そこでそなたにひとつ依頼したいことがある」
そこでもう一度、王は意味ありげに言葉を切った。
僕はいよいよ来るべきものが来たことを覚悟して、顔を上げると、王の眼を直視した。その翠色の瞳には、絶望と悲哀と憐憫と、かすかな希望が複雑に絡み合い、深い光をたたえていた。
「それは……、そなたが近衛兵随一の勇者であることを見込んで依頼するのだが、そなたに近衛兵全員を率いてこの城を出て、虚無との決戦に挑んで欲しいのだ。もちろん勝算のある戦いとは思わん。命を失う覚悟で臨む戦いであることは確かだ。だが、そなたたちが戦っている間の、貴重な時間が今は必要なのだ」
「つまり、われわれが戦っている間に、宇宙船を完成させるというわけでありますね」
「その通りだ」
両者ともあえて「時間稼ぎ」という言葉を避けていた。
もはや思案の余地はないと、僕は覚悟した。
「承知しました。この身体、この力、この生命の限りを尽くして、この星の未来を守ってご覧に入れます」
「うむ、よくぞ言ってくれた。そなたならきっと引き受けてくれると思っておったぞ」
王の傍らで、トワ姫が慈しみ深いまなざしで僕を見ていた。そうだ、この人を守るために自分は戦うのだと、あらためて肝に銘じた。
「それではそなたに、この鎧を授けよう」
王の言葉が終わらぬうちに、侍従長が別室から一体の鎧を運んで来た。
それは、全身を翡翠で覆い尽くした、美しい鎧だった。武具というよりは、美術工芸品と言った方がふさわしくさえ感じられる。
なめらかな曲線を描くフォルムは、まるで内側から光っているかのような神々しい輝きを放っている。どこか昆虫を思わせる頭部の両側からは、大きな耳のような突起が生えていて、これがある種のアンテナのように作用して、周囲の状況をいち早く、正確に把握する手助けをしてくれるらしい。
「この鎧は、かつてこの翡翠の国を建国した勇者タケルが身につけていたものじゃ。これを纏って、存分に戦ってくれ」
「はは、光栄に存じます」
「さっそく身につけてみよ」
言われるままに、僕は着ているものを脱ぎ捨て、下履き一枚の裸体を晒した。不思議と、恥ずかしさは感じなかった。
見ると、僕の身体は、よく引き締まった筋肉質の肉体になっていた。まるで映画のアクション・スターのようだ。
侍従たちが数名で、僕にその鎧を着せてくれた。
鎧は、オーダーメイドされたスーツのように、僕の身体に一ミリの誤差もなくフィットした。
「おお!」
その姿を見て、王が感歎の声を上げた。
王妃も、姫も、涙をたたえた熱いまなざしをこちらに注いでいる。
「おのれの姿をよく見るがよい」
王が命じて、等身大の姿見を侍従が運んで来た。
その鏡に映る自分の姿に、僕は思わず見とれてしまった。こんな表現は不謹慎かも知れないが、まるで自分が特撮ヒーローになったように思えた。
鎧が放つクリアな波動が全身を覆い尽くし、周囲三六〇度全体を、手に取るように感じることが出来た。
しかし何故か、鏡に映ったその戦士から伝わって来るのは、希望でも戦意でもなく、深い絶望感だった。
絶望の戦士!
そんな言葉が脳裡に浮かんだ。
これから僕が臨むのは、想像を絶する過酷な戦場なのだ。
緊張と興奮で、一瞬、身体が震えた。
「それでは、出撃します」
緊張を悟られぬように、ひと呼吸おいてから僕は言って、一礼すると、きびすを返して王宮を後にした。
「頼んだぞ」
王が言った。
「ご武運を」
王妃が言った。
「どうかご無事で……」
姫の声が震えていた。
それらの声を背に受けて、僕は兵舎へと戻ると、すでに武装を整えた、十数名の生き残りの部下たちとともに城門を出て、漆黒の闇に覆われた外界へと歩を進めたのだった。
戦地へ趣く兵士たちは、誰もが「絶望の戦士」なのかも知れません。
彼等を待ち受ける戦場とは?




