かごめ
かごめ
最近、いつも同じ夢を見る。私の小さい頃の夢。霧が掛かっていてはっきりとは分からないけど、どうも神社の境内らしい。かーごめ、かごめ・・・。よくやった遊び。いつも私が鬼だった。もちろん夢の中でも。後ろの正面だーれ。私は名前を言いながら振り返る。そこにはいつも同じ少年が立っていた。でも、顔が分からない。それと、一つ不思議なことがある。振り返る時言う名前。「ひろ」って・・・私の名前。後ろにいる子の名前を当てなければいけないのに。それに、私とその少年の二人しかいないのも少し変。ゲームが成立しない。だって後ろに立つ人間は一人しかいないのだから。夢から覚めても私は考える。あの少年は誰なのだろう。何故私は自分の名前を呼ぶのだろうと。
その日もあの夢を見た。久し振りにとれた連休の初日。ふと夢の中に出てくる神社に行ってみようと思った。と言ってもそこが本当に夢に出てくる神社かは分からなかった。ただ、幼い頃遊んだことがあるとすればあそこしか考えられなかった。静岡の実家の近くの・・・。私は小学校に上がるまでそこに住んでいた。でも、その頃の記憶はほとんど無い。誰かと遊んだ記憶も神社に行った記憶も。覚えていることといえば小学校に上がる直前、なぜか東京の親戚に預けられたことぐらい。遊びに行くような気持ちで親戚の車に乗ったのを覚えている。後から聞いたのだけど、私はその頃何かの病気だったらしい。東京の大きな病院でないと治らないような。しかし、本当に病気だったのだろうか。確かに東京に来て何度か叔母に連れられて病院に行ったけど、そんなに嫌なことはされなかったと思う。逆に私は病院が好きだったのではないだろうか。私が病院に行くといつも先生が遊んでくれた。絵を描いたりお話しをしたり。果たして東京の大きな病院ではないと治らないような重病人が病院を好きになるだろうか。現に病院にはすぐに行かなくなったし。もしかしたら私が東京に来たのは病気以外の理由があったのではないだろうか。私はこれを確かめるためにも実家に戻らなくてはいけないと思った。
久しぶりに戻ってきた。というよりまるで初めて来たような感じ。町が変わってしまった訳ではない。覚えていないのだ。この景色を全く。もちろん実家の場所も分からない。両親とはあれから手紙のやり取りしかしていないから。手紙の中では離れていても仲の良い親子だった。でも私が静岡に戻る話は一度も出なかった。私から戻りたいとも言わなかったし、実際戻りたいなんて全然思っていなかった。心のどこかで子供を捨てた親だと思っていたのだろうか。きっとそれだけではない。私は実家の住所を知らされていなかった。私からの手紙は局留めで出していたし、両親からの手紙にも住所は書かれていなかった。私が来ることを両親は拒んでいると思っていた。でも今まではそれを確かめようとは思わなかった。
私は近くの交番に行き実家の場所を尋ねた。小さな町なのですぐに分かった。しかし、私をすぐには行かせてくれなかった。いろいろと聞かれた。その家に何の用があるのか、どんな関係なのかを。私は自分の名前を言い、離れて暮らしていた親子であることを告げた。
「奥沢ひろ・・・」
お巡りさんは私の顔を驚いた様子でじっと見た。
「君が奥沢さんとこの・・・」
呟くように言った。
「戻ってきたんだね。身体の方はもういいのかい。良かった。もうこっちには戻ってこないって聞いていたから。早く行きなさい、きっと待ちわびているよ。」
そう言って私の背中をぽんっと叩いた。
「あっすみません。もう一つ聞きたいんですけど。私の家の近くに神社はありますか。」
私がこう聞くとお巡りさんの顔が急に曇った。
「やっぱり気になるかい。通り道だけど私は行かない方がいいと思うよ。」
そう言ってお巡りさんは部屋の中に入ってしまった。私はあの神社で何かあったことを実感した。お巡りさんにもっと詳しい話を聞こうと何度も呼んだのだけどもう出てきてはくれなかった。
「悪いけど奥沢さんに口止めされているんでね、あの時の話はできないんだよ。君も知らない方がいい。」
と、中から声だけが聞こえた。私は神社に向かって歩き出した。
三十分位歩いただろうか。小さな山の中腹に立っている神社を見付けた。あそこに行けば何かが分かる。そう思うと走らずにはいられなかった。神社の境内に続く長い階段、ここを上れば真実のかけらを見ることができる。私は息を整えゆっくりと階段を上った。上に近付くにつれ、なんとも言えない恐怖感が襲ってきた。すごく嫌な感じ。それでも私は足を止めなかった。
境内につくと、そこには夢で見たのと同じ景色が広がっていた。
「かごめ、かごめ・・・か。」
私は呟いた。
「かごめ、かごめ・・・お姉ちゃん遊ぼ。」
私は驚いて振り返った。あの夢と同じ少年が立っていた。夢の続き、一瞬そう思った。
「ねえ、遊ぼうよ。」
と、少年は急かすように言った。
「お姉ちゃんが鬼だよ。早く目をつぶって。」
私はしょうがなく少年の言うことに従った。
「かーごめ、かごめ・・・」
少年は歌い始めた。私も少年の歌に合わせながら夢と全く同じだと思っていた。
「後ろの正面だぁれ。」
歌が終わった。夢と同じように私は自分と同じ名前「ひろ」と答えた。
「当たりー。」
少年は笑いながら走り出した。その後ろ姿を見た瞬間、全身から血の気が引くような気がした。
「危ないっ。」
私は懸命に少年を追い掛け力ずくで押さえ付けた。目の前にはついさっき上った長い階段があった。思い出した・・・夢に出てくる少年のこと、この場所のこと、私自身のこと。あの夢は私の間違った記憶だったんだ。あの少年、そう、ひろは私の名前を呼んでいたんだ「かごめ」って。あの時もひろと私はここで遊んでいた。ひろは「かごめ」って私の名前を呼びながら、追い掛ける私から逃げていた。私より足の早いひろを捕まえることなんてできる訳がなかった。それでもむきになって追い掛けた。そんな私を可哀想に思ったのか、ひろは突然走るのを止めた。一生懸命に走っていた私は止まれずにひろにぶつかった。ひろはバランスを崩して長い階段から、落ちた。ひろが走るのを止めたのは私が可哀想だったのではなく、階段を危ないと判断したからだったんだ。私はひろを階段から突き落とした。私がひろを殺した。幼いながらもこれは許されないことだと思った。その罪悪感が私をかごめからひろにした。ひろの存在を無くさないことで罪を償おうとした。かごめと言う女の子はその時から消えた。私の両親は一体どんな気持ちだったのだろう。そしてひろの両親は・・・
「ひろ、帰るわよ。」
階段の下の方からこの少年の母親らしき人の声が聞こえた。少年は階段を駆け降りて行った。それを私はただ目で追っていた。少年は母親の所に辿り着くと、私の方を指差して何かを話し、そして手を振った。母親も私の方を見上げ深くお辞儀をした。私は泣いていた。その人は私の本当の母親だった。幼い頃の記憶だが、間違いなかった。しかしその人は少年の手を引いて行ってしまった。母は私に気付かなかった。十数年の時間と階段の上と下の距離は、私を私だと分からない程長くて遠いいものにしたようだ。私は東京に帰ることにした。死んだひろの両親の元へ。かごめではなくひろとして。
私の幼い頃の疑問は殆ど解けた。夢の中の少年、ひろは私の従兄だったということ。そして、私は親戚の家に預けられたのではなく自分からひろとして東京に行ったということ。東京での病院通いは私をかごめに戻すための精神科通いだったということ。私がかごめに戻らなかったからひろとして養女にしたということ。後から分かったのだがあの神社で遊んだ少年は広志君といって静岡の両親に私以来やっとできた子供らしい。これで本当にかごめの帰る場所は無くなってしまった。でも私はそれでいいと思う。私はこれからもひろとして生きていかなければならない。ひろの存在を消さないために。ひろとひろの両親のために。
ひろ、あなたのことずっと忘れててごめんなさい。もう決してあなたのこと忘れたりしない。ずっとあなたとして生きていきます。それから、「かごめ」のこと思い出させてくれてありがとう。
「かごめ」、やっとあなたのこと思い出したのに、戻れなくてごめんね。私はあの時、ひろだけじゃなく「かごめ」も殺してしまったの。もう何処にも「かごめ」の行く所無くなっちゃったね。さよなら、「かごめ」。