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俺のことを「お兄様」と浸ってくれているマイプリティーシスターは、裏では兄の悪口を言いまくっている

作者: 墨江夢

 俺・北山大和(きたやまやまと)はどんな人間か? 友人たちに尋ねると、即座にこう返ってくる。

 北山大和は、シスコンだ。

 その認識は何というか、うん、ぶっちゃけ正しい。

 俺は妹の授業参観に出る為に自分の授業をサボるような兄貴だし、妹に貢ぐ為に専用の銀行口座を持っているような兄貴でもある。そんな俺は、間違いなくシスコンといえるだろう。


 俺の妹・北山花奏(かなで)は、贔屓目を抜きにしても可愛らしい女の子だ(贔屓目をありで言ったら、この銀河系で最も可愛い生物だといえる)。


 年齢は俺の一つ下で、現在高校一年生。美術部に所属しており、整った容姿をしている故に時々モデルを任せられることがあるらしい。

 勉強は可もなく不可となくといったところで、定期試験ではいつも真ん中より少し上の順位を確保している。

 運動神経は良く、友人関係も良好。スリーサイズは……把握しているが、俺だけの秘密にしておこう。


 そんな花奏だから、同級生だけでなく先輩後輩、更には他校の男子から告白を受けることもしばしばあるらしい。

 しかしながら、俺の把握する限り花奏に彼氏はいない。ていうかもしいたとしたら、俺がその彼氏を三枚おろしにしている筈だ。


 第一、花奏に彼氏だなんて考えられない。なぜなら――


「お兄様! 花奏と一緒に帰りましょう!」


 大きく手を振りながら、俺に駆け寄ってくる花奏。

 そう、花奏は俺に引けず劣らずの、超絶ブラコン少女なのだ。


 全国の兄諸君、小さい頃に妹から「大きくなったら、お兄ちゃんと結婚するー」と言われた記憶はないか? 花奏の場合、今もなおその発言をしている。


 俺だってもう高校生だ。血の繋がった兄妹が結婚出来ないことくらい知っている。

 そりゃあ「法律が俺たちの結婚を認めないのなら、独裁者にでもなって法律を変えてやる!」なんて若気の至りで考えたこともあるけれど、流石にもうそんなの現実的に無理だと悟ったさ。

 

 でもさ、それがなんだっていうんだ?

 法的に認められていないとか、結婚出来ないとか、そんなのは些細な問題でしかなくて。

 俺は花奏のことが好きで、花奏も俺のことが好きで。だから二人は幸せで。

 それ以上に、一体何を望むというのだろうか?





 ある日の昼休み。俺はとんでもないものを自宅に忘れたことに気が付いた。


「お弁当が……ない!」


 花奏が早起きして作ってくれた愛妹弁当が、鞄の中に入っていないのだ。

 これは由々しき事態だ。万死に値する愚行だ。

 

 もう腹を切るしかない。でも実際にそんなことしたら花奏も俺の後を追いかねないから、切腹なんてしないけど。


 教科書や体操着やその他諸々を忘れたとしても、妹の手作り弁当だけは忘れちゃいけない。毎朝自分に言い聞かせていた筈なのに……しくじった。今朝だけは、珍しく寝坊してしまったせいで、お弁当を持ってくるのを失念してしまった。


 放課後になり、帰宅すれば花奏も俺が弁当を忘れたことに気付くだろう。

 その時傷付くよりも、事前に伝えて誠心誠意謝った方がショックも少なく筈だ。


 善は急げ。いや、善行ではないのだから、一層急がなくてはならない。


 俺は足早に花奏の在籍する教室へ向かった。


 昼休みで食堂や中庭に行っている可能性もあったが、運良く花奏は教室で友人たちとお弁当を食べていた。


「おーい」と、俺が花奏のことを呼ぼうとすると……


「ていうか、うちのクソ兄貴って、未だに妹が好きだとかほざいてやがるんだよね。そりゃあ小さい頃は嬉しかったし、私も同じ気持ちだったけど……高校生になってまでシスコンっていうのは、ちょっとねぇ」


 いつもの猫撫で声とは正反対の低い声で、花奏は俺に対する不満を口にする。

 友人たちも、「わかるー。キモいよねー」と同調していた。


「ブラコンを演じていれば彼氏を作らなくても済むから、私も乗ってやってるけど……最近他の男共より、兄貴の方がストレスになってきているんだよね。これって、本末転倒じゃない?」


 本人がいないのを良いことに、花奏の口から次々と罵倒の言葉が出てくる。

 ……そうか、妹よ。お前は兄に対して、そんなことを思っていたのか。

 

 恋は盲目というが、全くその通りだ。

 俺は花奏の気持ちを都合の良いように捉えていて、彼女の本心を見ようとしていなかった。

 その結果花奏に要らぬストレスを抱かせていたなんて……兄としても、花奏を好きな男としても失格じゃないか。


 お弁当を忘れたことなんかより、反省すべきことが出来たみたいだな。

 この瞬間から俺は、花奏に必要以上に接しないようにしようと心に誓ったのだった。





 花奏の本心を知ってから、およそ一週間が経過した。その間俺は宣言通り、必要最低限しか彼女と会話していない。


 朝一緒に登校するのも控えるようになったし、休み時間の度に愛のメッセージを送るのもやめた。

 夜は寝る直前まで花奏の部屋で遊ぶのが通例になっていたが、先週からは彼女の部屋を訪れていない。

 その結果、現在の俺は……花奏成分が、非常に不足していた。


 今までは毎日のように花奏に触れていたから、いわゆる花奏欠乏症に陥ることはなかった。


 物心ついた頃からなどという話ではない。花奏が生まれたその瞬間から、俺は彼女と一緒に過ごしてきたんだ。

 わざと花奏と接触を断つなんて初めての試みだし、それこそ未知の領域なのだ。


「うわあああ! 花奏と喋りたい! 花奏に触れたい!」


 なんならキスとかそれ以上のことをしたいとか、気持ち悪いことを考えてしまっている。そのくらい、俺は追い詰められていた。


 枕に顔を押し付けて、俺は胸の中に巣食う不満を叫び出す。

 こうでもしないと、自分が壊れてしまいそうだった。


 だけど俺が苦しめば、その分花奏のストレスは軽減される。愛する妹が救われるのならば、兄貴はいくらでも傷付くものなのさ。


 俺が内なる欲望と戦っていると、トントントンと部屋のドアがノックされる。


「ねぇ、お兄様。ちょっと相談があるんだけど……」


 俺が花奏の部屋を訪ねることは毎晩のことだったが、その逆というのは滅多にない。

 しかも相談事とは、一体何だろうか?


 必要以上に花奏と関わらないと決めたけど、妹の悩みを聞くことは必要最低限に含まれるよな?

 俺は花奏を部屋の中に入れた。


「で、相談って? 学校で何かあったのか?」


 花奏は首を横に振る。


「学校じゃないよ。家で、だよ」


 どうやら花奏の悩みの種は、我が家にあるらしい。

 そうなると、その原因は父さんが母さんか、それとも……もしかして、俺?

 嫌な予感は、見事に的中した。


「ねぇ、お兄様。お兄様は……私のことが嫌いになったの?」


 花奏の口から飛び出したのは、予想外を通り越して心外な質問。花奏を嫌いになったのかって? そんなわけあるか。俺は変わらず花奏が大好きだ!


 今すぐ「そんなことない!」と言って、彼女を抱き締めたい。

 両手をバッと広げたところで……自制心が働く。

 そして己に問いかける。過剰な愛情を注ぐことを、果たして花奏は望んでいるのだろうか?


 ……いいや、きっとそれは望んでいないな。

 だけど折角の機会なので、俺も気になっていたことを聞いてみることにした。


「嫌いになったのは、花奏の方だろ? お前、友達に言っていたじゃないか。俺の存在がストレスになっているって」

「……聞いてたの?」

「偶然な」

「……そっか」


 花奏は顔を伏せる。心なしか、その表情は悲しげに見えた。


「まさかあの時近くにお兄様がいたなんて、思わなかったよ。でも、なんていうかショックだな」

「俺に悪口が聞かれたことがか?」

「ううん。私のお兄様への愛を、疑われたことがだよ」


 疑うも何も、花奏は俺に好感なんて抱いていないじゃないか。だからあの時、その場にはいない俺をボロクソ罵れたんじゃないか。


「ねぇ、お兄様。お兄様は私の愛が偽りで、本当はお兄様を疎ましく思っている。そう考えているみたいだけど……逆とは考えられないかな?」

「逆?」

「そう。あの悪口こそが偽りで、お兄様を愛しているという気持ちこそが本当なんだよ」


 悪口の方が嘘だって? そんなの、信じられるわけがない。


「どうしてそんな嘘をつく必要があるんだよ?」

「そんなの、お兄様の良いところをみんなに話して、その結果みんながお兄様に惚れちゃったら嫌じゃん。お兄様は、私のものなのに」


 ……なんだよ、そういうことかよ。

 

 悪口を流して、俺に対する周囲の評価を下げれば、間違っても俺のことを好きになる女の子はいなくなる。そうすれば、俺を独り占めにすることが出来る。花奏はそう考えたのだ。


 まったく。そういうことなら、早く言ってくれれば良かったのに。

 下手な心配なんてする必要がない。誰に好かれようが、誰に嫌われようが(たとえ花奏本人に嫌われたとしても)、俺の花奏に対する愛は変わらないのだ。


 北山大和はシスコンである。でも……花奏のブラコン度合いには、負けるのかもしれないな。

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