第七章 異変
ラビは温かい紅茶を淹れてくれた。にんじんの香りがふんわりと部屋全体を温め直している。二人は改めてテーブルの前に座り直した。
ラビはふぅっとため息を一つついてから話し始めた。
「ラタとレタは昔からとても仲の良い兄弟でした。双子である分息が合うようで、遊ぶ時も畑を手伝う時もいたずらする時まで……一緒に過ごしていました。ただ、一週間ほど前にあることをきっかけに、ラタがレタを怒るようになったのです。今までけんかなんてほとんどしたことがないほど仲の良い二人でしたので、家族どころか村中で心配しているところなのです……。初めはただの兄弟喧嘩ですぐに元どおりに仲良くなると思ったのですが、不仲になった原因であるレタが……いくら日にちが経ってもおかしなままなのです」
「おかしいって何かあったの?」
「以前まで、レタは頭の回転が早い子でラタにいたずらを提案したり、ラタの気持ちを汲んであげたり気遣ったりする姿がよく見られました。それがある日を境に、りこさんがお会いしたような、のんびりとした性格になってしまったのです。のんびりぐらいで済めば良いのですが、すぐに話したことを忘れてしまったり、話の内容を理解するのに時間がかかったりと、コミュニケーションをとるにも日に日に苦労するようになっているのです。
何か思い当たることがないか二人に話を聞いてみると、村とはじまりの森を区切る柵の下に白いきのこが一本生えていて、レタはそれを食べたと言いました。その白いきのこは村では“ましろいダケ“と呼ばれてるもので、〝食べると記憶にもやをかけるから絶対に食べてはいけない“と言われていました。森の中でしか生えないきのこなので、森に入れる歳になったら教わる知識だったのですが、なせか村の中に生えていたそれを、レタは知らずに珍しいきのこだと思い食べてしまったのです。その日からです。レタはぼーっとすることが増え、言われたこともすぐに忘れ、過去の記憶があやふやになっているようでした。ラタはそんなレタの様子に不安になり、悲しんだり怒ったりするようになりました……」
ラビは悲しそうにうつむいた。
「ましろいダケが村の中に生えるなんて今まで一度もなかったと大人たちから聞いています。ぼくの憶測なのですが、りこさんがこの世界に来たことも踏まえると、始まりの森の中で何か異変が起きているのかもしれません。ぼくが森に行った時は見つけられず、挙句に黒電灯も切れて動けずりこさんに助けてもらったのですが……」
ラビはさらにうつむいてしまった。りこは元気づけたく慌てて言った。
「でも、また森に行ったら何か見つかるかもしれないよ!ラタくんを治す手がかりは森の中にあるんでしょう?」
「はい…言い伝えでは“ましろいダケを食べたものにはまくろいダケを食べさせるべし“とあるので、ぼくはまくろいダケを探してもいたのです。何度か4〜5本目の木まで行ったのですが見当たらず…大人も滅多に森には入らないので、きのこを見たという情報は無くて…まくろいダケというくらいですし、黒色でしょうから目立つと思うので、もっと奥を探さなければならないと思うんです」
「そっか、じゃあきのこを探しつつ、ましろいダケが生えてしまった原因も探せば良いんだよね。ましろいダケがまた村の中に生えてしまって、誰かが食べたら大変そうだし…それに、レタくんの記憶があやふやになってるのも気になる。元通りになるようにわたしも手伝うね!」
ラビはりこを見て、また赤い瞳をうるうると潤ませた。
「お会いして間もないのに、ぼくたち家族のことに加えて村のことまで考えて下さって…本当に、本当にありがとうございます」
「やだ、ラビってば泣かないで。まだわたし何もしてないんだから、そんなにお礼言わなくてもいいよ〜」
りこは慰めつつも、ラビがここまでお礼を言うのも分かる気がした。ラタとレタが部屋の中で話している時も、ラビは困った表情をしつつも優しい眼差しで二人を見つめていた。家族みんなで畑の作物を育てて生活をしていることを聞き、村の中にはラビの一家のようなたくさんの家族が仲良く暮らしてることが想像できる。今回はレタ一人に異変が起きてしまったが、他の家族の誰かにも異変が起きていた可能性もある。まくろいダケが言い伝え通りあるかどうかも今のところはっきりしていない。
もしも大切な家族に何かあったら、元に戻らないことが起きてしまうかもしれないと思ったら、心が張り裂けそうになる。
ーーわたしに出来ることをしよう。ここで出来ることは小さなことだろうけど、精いっぱいやるんだ。
りこは改めて決意をした。
動物園でうさぎを触りたいのですが、コロナのせいでふれあい禁止のところが多くて寂しいです。