第三章 始まりの森
「りこさんと言うのですね。素敵なお名前です」
りこの腕の中で、ラビは仰向けになって全身を小さく丸めながら、行儀良く胸の前で手を合わせた格好をしている。
「重くないですか?大丈夫ですか?」抱っこして初めのほうは何度も聞かれたが、自己紹介をしているうちに少し打ち解けてくれたようだった。りこ自身も、予想以上のラビのふわふわで柔らかな毛並みに癒されながら、森の中を歩き続けていた。
「ラビって本当に柔らかいね。いつまでも抱っこしていられそう」
「ぼくなんか普通ですよ!もっと毛並みがいいうさぎが村にはたくさんいますし!」
ラビは赤い目を丸くして慌てて言った。
「そうなの?村に着くの楽しみだなぁ〜」
たくさんのうさぎに囲まれながら、両手に抱きかかえたうさぎの柔らかな毛並みを堪能して…りこは思わず想像して目を細めた。
「りこさん、こちらとしては抱っこしてもらうのは一応恥ずかしく思っておりますので、村のうさぎを抱っこしようなんて思わないで下さいね…念のため言っておきますが…」
ラビは苦笑いして言った。
「え?そうなの?こんなに柔らかい毛並みなのにもったいない。いくらでも抱っこしちゃうのになぁ〜」
りこは残念そうに言った。
「りこさんの性格が少し分かってきた気がします」
ラビは口元に手を当ててふふっと笑った。しかしすぐに周りを見てひゃっと声をあげた。
「どうしたの?」
ラビの様子が気になり、りこは立ち止まって言った。
「あの木の幹の根の辺りにまふまふが何匹かいるみたいで、こっちをじっと見てるんです…たぶん、ぼくのことを見てるんだと思います。りこさんと一緒にいなかったら一体どうなっていたのか…」
ラビは身体をふるふると身震いした。りこはラビが指差した方を見た。確かに目を凝らすと白い幹の根に隠れるように、うさぎの毛よりは長めの毛に覆われた生き物がいた。白いビー玉のような目が5、6匹程度こちらを見ていた。じっとラビを見つめつつ、りこの姿を見て、少し警戒しているようだった。
「この世界はこういう不思議な生き物がたくさんいるのかな?」
「りこさんのいう不思議な生き物というのがどの範囲を言うのかよく分からないのですが、他の動物に害をなすかもしれない生き物はまふまふ以外にあまり聞いたことがないです。と言っても、ぼくは村からあまり出た事ないので聞いた話だけなのですが…きっといろいろな動物がこの世界で暮らしているんでしょうね」
ラビは遠くを見るようにキラキラとした目をした。
「そっか、みんな仲良く暮らしている素敵な場所なんだね」
「はいっ。ぼくの村はみんな仲良く暮らしていますよ。にんじんとキャベツ栽培が盛んなのです!兄弟みんなで大事に育てています」
「ラビには兄弟がいるの?」
「5人いますよ。兄が1人、姉が2人、弟が2人です。」
「6人兄弟!?多いねぇ!」
「ぼくの村はみんなそれくらいいますよ」
大家族かと思いきやそれが村の中でも普通なのに驚いてしまった。さぞかし賑やかな村なのだろうとりこは想像した。
大樹と大樹の間を抜けるようにして30分ほど歩き続けるが、一向に風景は変わらない。それどころか、今見えている大樹が一体どこまで続いているのかもわからない。りこはラビに尋ねた。
「ねぇラビ、そろそろ村には着くのかなぁ?あと、この幹ってラビに出会った頃からずっと続いてる気がするんだけど、どのくらい太いんだろう」
「村まではもう少しだと思います。木は何千年も前から生えてるらしいです。お兄ちゃ…兄が言うには、木のてっぺんまで行くには何時間も登らないと着かないらしいので、太さも相当太いと思います。ぼくは村から数えて5本目の木までしか歩いたことがないですね。森の奥には行きすぎてはいけないと言われてますし…」
出会った頃、ラビはここを森と呼んでいたので沢山の木が生えているのかと思っていたが、想像を遥かに超えた大樹に囲まれた場所であることが分かった。りこは上を見上げると、綿毛がふわふわ落ちてくる。白く空気が霞んでいるので葉らしいものは見えない。でも確かに木から落ちているのだろう。
ラビも上を見上げて言った。
「この綿毛、触れるとしゅわっと消えちゃうからお布団の中身にも出来ないんですよね。葉っぱの代わりに落ちてきてるかのように地面には少しずつ積もってますけれど…この森はみんなから"始まりの森"と呼ばれていて、植物についても動物についてもよく分からないことが多い、不思議な場所なんですよね」
「始まりの森?それってどうしてーー」
「あ!見えて来ましたよ!」
ラビは嬉しそうに前を指差して言った。
「あれがぼくの村です!」
木で作られた扉つきの門が見えて来た。その先に束ねた干し草で作られている屋根のある家がいくつか見える。そういえばこの夢っていつまで続くのかな、とぼんやり思いながらも、いよいよ到着するうさぎの村に思いを馳せるのだった。
大樹は外周を一回りするのに1時間以上かかる程大きい想定です!
言葉で伝えきれない気が…
挿絵が欲しい…