第二章 白い空間
目を開けるとそこには何もなく真っ白だった。
ーここはどこだろう?いつからここに立っていたんだだっけ?今何時だろう?
疑問ばかり浮かぶ。自分を改めて見直すと、昨日学校に行くときに着ていた白いセーター、水色のスカートに靴下と、青いスニーカーを履いている。そして祖母からもらった虹色のマフラーを首に巻き、ショルダーバッグを身につけていた。
ーそっか、学校に向かってた時の夢を見ているのかな。
少し安心し、一息ついて考える。マフラーとバッグは帰ってきてからもらったので、格好に相違があるけれど枕の横に置いて寝たので仕方ない。小学校2年生の時、描いた絵を枕の下に入れて眠るとその夢を見れるということを聞いて何度か実践したことがある。海の中を人魚や魚と泳ぐ夢、空を飛ぶ夢、大きな木の上に登る夢、動物と話す夢。いろいろな絵を描いて枕の下に入れて何度か寝たが、一度だけ希望の夢を見られたことがある。それと同じようなものだと思った。
こんなにも見渡す限り真っ白な世界は初めてだった。上を向くと雪のように白いふんわりしたものがゆっくり落ちてくる。手のひらで受け止めるとしゅわっと消えた。触ったかも分からないくらいに感触のない綿毛のようだった。音もなく降り続ける綿毛のような雪のようなものは、下に落ちて積もっているようで、一歩踏み出すとふんわりとした感触が靴底を通してあった。
道もないので進む方向に迷っていると、先の方に黒い影が見えた。目を凝らしてもそれが人なのか物なのかよく見えない。
「進んでみよう」
りこはわざと声を出して言った。何も音もしない、真っ白な世界に取り残されたような気がしたので自分の気持ちを奮い立たせたかった。いつこの夢は覚めるのかなぁと思いながら数分歩き続けていくうちに、その影の数メートル手前で立ち止まった。
黒い影は一本の黒い街灯だった。杖を逆さまにしたような形の街灯で、光は真下だけ照らしていた。しかし不思議なことに、その街頭の光は真っ黒だった。暗い夜道を照らすための街灯のはずが、白い空間の中にぽっと丸い黒の光空間を作っていた。そしてその黒い丸の中に、白いうさぎが涙を流しながら泣いていた。
「うっ…うぅ…。あれ…?」
うさぎはこちらに気づくと涙で潤んだ大きな赤い目をさらにまんまるくしてじっと見た。
りこは驚いて一歩後ろに後ずさりした。
ーうさぎが、しゃべった?今しゃべらなかったかな?
「わ!誰か来てくれた!助けてもらえないでしょ………
あ…あ、あれ?もしかして、あなたは人…?女の子? わ、すごい、初めて人にお会いしました!そっか、もうそんな時期だったんだ!」
混乱しているりこを横目にうさぎは涙を両手で拭いながらこちらに向かって歩いてきた。しかし、黒い光の円の縁まで来て立ち止まった。
「す、すごく驚いたお顔をしてますね…。あ、あの、もしかしてなんですけれど、この世界に来たばかりだったりしますか?」
何か聞かれているが内容が頭に入ってこないので、りこはとりあえず3回ほど頷いた。
「そ、そうでしたか。あの、ぼくで良かったらお話ししたいんですが、あいにくそちらに行けないのでこちらに来てもらえませんか…?」
白いうさぎはおずおずと手招きした。りこは手招きされたことにはっとし、慌ててうさぎの側に駆け寄った。側に行くとうさぎと目線が合わないので、しゃがみこんだ。うさぎは真っ白なふわふわの毛並みをしていて、よく見ると葉っぱのような素材で出来た黄緑色のリュックサックを背負っている。学校の飼育小屋のうさぎは何度も撫でに行ったことがあるが、目の前のうさぎは今まで見たうさぎの中で1番ふわふわな毛並みのように感じるほど綺麗だった。
うさぎは口に手を当てて少し悩むような仕草をしてみせた。
「あの、ですね、きっとよく分からないことばかりで混乱されてることと思います。いろいろお伝えした良いことがあるのですが、まずはここから出るお手伝いをお願いしたいのです。ここにいると落ち着かなくて落ち着けなくて…。
えっと…こ、言葉通じてます?しゃべれますか?」
「あ、はい!しゃべれます!」
慌てて返した。動物と話す夢が数年経って叶うとは、あの枕の下のおまじないの効力が遅すぎなのでは?とりこは疑問に思った。花ちゃんにも教えてあげようと考えていると、目の前のうさぎはりこに向かって頭を下げた。
「お会いして間もないのに、不躾なお願いで大変申し訳ないのですが…ぼくを抱えて頂いてこの森を抜けるのを手伝ってほしいのです。手持ちの懐中電灯の黒電球が切れてしまいまして、夜までここから出られないとなると家族が心配してしまうと思うんです」
うさぎはリュックを下ろして中から黒い電球がついた木製の懐中電灯を出して見せた。突起の部分をカチッと押してみるが何も起こらなかった。
「黒電球の予備を持ってきてなかったのがうっかりしてました…。この森のあちこちに白い"まふまふ"と呼ばれる生物が住んでいるのです。まふまふは、真っ白い動物は仲間だと思う習性がありまして、ぼくのような全身が白い体の動物は住処に連れて行かれると一生戻って来れなくなると言われているのです…。まふまふは黒色が嫌いなので夜は出てこないのですが、今のように朝になってしまうと、この森は全てが白く覆われます。ぼくは夜明け前にこの森に来ました。朝方帰ろうと思って懐中電灯をつけようとしたのですが、黒電球が切れていたことに気づき急いでこの黒電球の街灯の下に避難したのです…。ずっと帰れなくて途方に暮れていたのですが、あなたが来てくれたので本当に良かったです。しかも人に会えるなんて、初めてなので本当に感動してしまいます」
うさぎは会った時と同じように目を潤ませた。
この世界には人がいないのだろうかと疑問に思いつつ、りこははにかんで笑った。
「お手伝いできることがあったみたいで良かったです。えっと、わたしはあなたを抱っこして、あなたのおうちに行けば良いんですよね?」
「はい!森を抜けさえすれば……。ぼくの家でお礼もさせて頂きます」
再びぺこっとうさぎはおじぎをした。
「申し遅れましたが、ぼくはラビっていいます。しばらくの間どうかよろしくお願いします」