ピーマン
「神崎くん、大変なことが起きたわ……」
「大変なこと? 午前中の授業がようやく終わってみんながお弁当を食べようとしてるこのタイミングで?」
「解説ありがとう神崎くん。そう、このタイミングだからこそ私は困っているのよ」
「もしかして弁当忘れた?」
「ふふ、神崎くん。私がそんな下らないヘマをするような女に見えるの? だとしたら心外ね。そこまで私も馬鹿じゃないわ」
「え、それじゃあ今日弁当を家に忘れて来た俺は馬鹿ってこと?」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
白森の心の声(私の馬鹿ー!! 何で神崎くんが馬鹿みたいなこと言っちゃてるのよ!! これじゃあ神崎くんに嫌われちゃうー!!)
白森は肩を落として落ち込んでしまう。その表情は今にも泣き出してしまいそうだ。
別に他の男子なら問題はないのだが、白森にとって神崎に嫌われるということは人生の終わりを意味すると言っても過言ではないのだ。
「冗談!! 冗談だから!! そんなに落ち込まないで!! ある、弁当あるから!!」
「本当に?」
「本当だって、ほら」
神崎はカバンの中から弁当を取り出してみせた。
「良かった。お弁当が無いなんて言ったらこれから神崎くんのことを『お弁当すら学校に持ってくることが出来ない無能な神崎くん』略してOMKと呼びことになるところだったわ」
さっきまでの落ち込んだ表情はどこに行ったのかスイッチを切り替えた白森の罵声が神崎に襲い掛かる。
「略す前の名前が異常に長えよ!!」
「別にいいじゃない。あくまで弁当を忘れてたらこの名前で呼ばれてだけなんだから」
「弁当を忘れて来たからってそんな意味不明な名前で呼ばれてたら嫌だわ!!」
「そんなことより大変なのよ」
「出たー!! 白森、お得意の相手の話を無視して自分の話を進める会話術ー!!」
白森は神崎のツッコミすら気にすることなくそのまま自分の話を続けていく。
「私のお弁当に……」
「お弁当に? なんだ虫でも入ってたのか?」
「ピーマンが入ってたんだよおおおお!!」
「はっ?」
「ピーマンがああああ、うわぁ!! もう駄目だああああ!! このお弁当は汚染されてしまったのよおおおお!! ピーマンによって一粒の米すら残さず全てええええ!!」
「いや、たかだかピーマンじゃん」
「たかだか? 今、たかだかって言った? ふざけてるの神崎くん? ピーマンと言えばエイリアンの血のような緑色に地獄のような苦味を持った最悪の食べ物……いいえ、あれは最早毒物!! そうピーマンは人類を潰すために作られた毒物なのよ!!」
「いや、ピーマンは野菜。美味しい野菜。肉と一緒に炒めたりすると美味しい野菜だから。そんな有害な物とかじゃ無いから」
「嘘よ!! ピーマンは毒なのよ!! ピーマンを食べた時の苦しみがあなたに想像できるの神崎くん!!」
「出来ねぇよ!! 高校生にもなってピーマン食べられないとかガキか!!」
「ガキじゃないわよ!! ピーマンなんか食べる方の頭がどうかしてるのよ!!」
「頭がどうかしてるのはお前だろうが!! ピーマンくらい大人しく食べやがれ!! 農家の人たちに失礼だろうが!!」
「嫌よ!! そこまで言うなら神崎くんが食べてよ!!」
「ああ、いいよ食ってやるよ!! 食えばいいんだろ!!」
「ええ、食べなさい!! そして味わうがいいわ!! ピーマンの恐ろしさを!!」
白森はピーマンを箸で取ると神崎の口に突っ込んだ!! 神崎は口に入れられたピーマンを笑顔で味わった上で飲み込んでみせる。
「そんな……何でピーマンを食べられるの……」
「そりゃあ、ピーマンくらい普通に食べれるに決まって……」
バン!! 机を叩きながら立ち上がる音が教室に響き渡る。全員の視線が向けられる中、神崎は何も言わずにすぐに教室を立ち去った。
「え? 神崎くんどこ行ったの?」
一人残された白森は弁当にまだ少し残っているピーマンをただ呆然と見つめるのだった。
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神崎の心の声(ええ!! ちょっと待って!! 今もしかして、俺、白森に『あーん』されたのか!?」
さっきまでは口論していたせいで変なテンションになっていて気付かなかったが冷静に考えると急に恥ずかしくなってくる。
「ちっくしょー!! どんな顔して教室に戻ればいいんだよー!!」
その日、神崎はお昼ご飯を食べることが出来なかったのだった……。
話の中でピーマン嫌いな人のことをガキみたいなこと言っていますが、本心ではないのでピーマン嫌いな方々はあまり気にしないで下さい。
ちなみに個人的にはピーマンの天ぷらとか結構好きです。