6 自分を取り巻く環境と、これからの方針
芙蓉姫は、鴻家の三人目の姫として生まれ、幼い頃から曹操の許嫁だった。
曹操には袁紹という学友がいたんだが、芙蓉姫も曹操を通して出会い、顔馴染みだったらしい。
この国は幾度か大きな戦があった。
ある時、曹操がひどい怪我をおったり、芙蓉姫が親しくしていた人が亡くなったりしたらしくてな。
そんな混乱のさなか、芙蓉姫は一時、袁紹の所で保護されていた。だが袁紹は身分もあるし、誤解を招くからあまり長く保護できる訳じゃなかったんだろうな。
袁紹の部下である劉表のところに移されたんだ。
「まあ、簡単に言うとそんな感じだな」
伏龍なりに、なるべく端的にまとめてくれたんだろう。
つまり…
曹操や袁紹といった幼なじみのお兄さんが複数いて、
災害時に袁紹の家で保護してもらってたけど、
ずっとその家にもいられなくて、
袁紹が紹介してくれた人の家で現在お世話になっている…
という感じだろうか。
実家は?とか、
曹操の所に行かなかったのはなんで?とか、
色々疑問は浮かぶが…
「とにかく芙蓉姫も色々あったのね…」
とりあえず今はおいておこう。と思った。
すでに頭がパンク状態だったからだ。
「それで、芙蓉…桜ちゃんはどうするつもりなのかな?
体調がよくなったことを劉表様に隠し続けるのも難しいと思うけど…」
劉備はお酒をくいっと呑みながら聞いた。
いつの間やら、肴の木の実のようなものも置かれている。おそらく子龍が走ったのだろう。
劉備も半信半疑なのだろう。
芙蓉は複雑な過去があるようだし『別人になりたい』と思うあまり、別人格を自分の中に作っていたとしてもおかしくはない。
…それはこの時代でいわゆる“物の怪憑き”といわれるものと相違ないだろうが。
そして劉備の言うことも尤もだ。
桜としては少し頭を整理する時間がほしいが、城で働く人々に気付かれるのも時間の問題だろう。
「ここは芙蓉姫用の離れだからね、今日くらいは何とかなると思うけど…
回復したんなら、劉表様に会いに行くほうがいいかな~」
「…それか、死んだことにして葬儀をあげ、城から出ていくかだな。」
伏龍がさらりと言い放つ。
つまりは、
芙蓉姫として振る舞って生きていくか、
桜として身分を捨て自由に生きていくか、
ということだろうと思う。
劉備は伏龍の言葉に「う~ん…」と唸ったので、あまり後者を推奨していないのだろう。
「……、…少し、考えたいです」
やはりすぐに考えられない。
今の状況は依然としてよく分からないままなのだ。
芙蓉姫の置かれている状況は何となく分かったが、だからこそ落ち着いて考えてみたかった。
「そうだね、ご飯にしよっか。
桜ちゃんは部屋で休んできなよ。お腹がへったなら、部屋に運んでもらえばいいし」
ひとりにしてもらえることも、食事の準備をしてくれる女官に見咎められないようにと気を配ってくれるところも、じんわりと気遣いを感じて嬉しくなる。
(まあ…自分が早くご飯食べたいだけなのかもしれないけど…)
桜に笑ったあと、楽しそうに食事の話をしている劉備を見て苦笑する。
(優しさからわざと適当に振る舞ってるのか、それとも適当な人なだけのか分かんないな…)
それでも劉備の対応がありがたかったことは事実だ。
桜は小さく頭を下げて広間を離れた。
部屋までは鵬燕が道案内してくれた。
鵬燕は相変わらず、何を考えているのか分からない。
鵬燕に「もう側にいていなくていい」と夕食に行くことを薦めたあと、桜はベッドに横になっていた。
「どうしよう…」
リアルな感触、自分には考えつかないような設定。
夢みたいな話だが、自分がここにいるのは現実だ。
(流行りの異世界転生モノみたいに、芙蓉の未来とかがわかったり、システムウインドウが出てくれればいいのに…)
ここが異世界にせよ過去にせよ、“芙蓉”はこの世界では実在していて、過去がある。
(芙蓉は私に何をしてほしいっていうの?
何か私にしてほしい事があるんなら、せめて幽霊として側にいてくれるとか、目覚める前に何か言っておくとかくらいはしてくれないかな!)
ちょっとイラッとしてくる。
無責任に呼んでおいて無責任に放置しないでほしい。
心残りを晴らしてほしいのだとして、
ザッと聞いただけでも心残りになりそうな要素が多すぎないか?
例えば、
曹操と結婚したかったのに、とか。
いやそうじゃなくて、劉備と結婚したかったのに、とか。
しばらく実家に帰ってないし、せめて死ぬなら故郷で、とか。
死んじゃった大切な人?の墓参りしたい、とか。
結婚とかマジでウンザリだから独女生活を満喫してみたかった、とか。
(せめてなんかヒントくれよーーー!!!)
布団をバシバシ叩きつけてみる。
しかし現代日本のスプリングベッドと違って硬い寝台だったので、手にダメージを食らっただけだった。
「はあ…」
(寝たら夢に出てきてくれたりしないかな…)
ため息をつきながら布団に顔をうずめた。
(…うん、寝よう。)
そして桜は、不貞寝することにした。