3 違和感のない身体
劉備達を見送った後、くるりと今までいた部屋を振り返った。
(…鏡、ないかな…?)
とにかく自分の姿を確認したい。
不思議だが、あまり“芙蓉姫”と言われているこの身体に違和感がなかった。
ふと、扉の方をまた振り返る。
「……」
一番最初に出会った、黒髪の青年がまだそこにいた。
劉備達とは一緒に行かなかったようだ。
芙蓉であると判断したのも彼。
(もしかすると芙蓉姫の護衛兵とかなのかしら)
じぃっと青年を見る。
青年もじっと桜を見ていたようで目が合う。
そして、目が合った瞬間にサッと床に跪いた。
(たぶん当たりだな)
今の行動は、仕える相手の視線を受け、不躾に見ていた事を詫びると共に、座して指示なりお声なりを待つ将兵のそれに近いものを感じる。
(わーお…
武士って感じでドキドキする)
歴女の心がくすぐられる。
しかも相手は大陸系ハーフイケメンさんですからね。
(小姓…いや、この人はどっちかっていうと忍び…?)
「………」
「………、…えっと…たしか…ホウエンさん、よね」
寡黙男子にそう呼ばれていたのを思い出して呼びかけてみる。
「……、はい」
明らかに不審がられているが、もう名乗っている以上、今更芙蓉のフリもできない。
「あなたは、芙蓉姫の護衛?」
「…そのような、ものです。」
鵬燕は硬い声でそう答えた。
「…分かったわ。
…、あの、鏡を持ってきてくれないかな?」
小さく頷いて鵬燕は立ち上がり、机の上に置かれた鏡を差し出してくれた。
それはいわゆる“銅鏡”で、桜がよく知る鏡と違ったが、自分の現在の姿を確認するためには十分だった。
「…私の顔だわ」
鏡に映っていたのは、自分の顔だった。
安心するような、違和感があるような不思議な気持ちだ。
「…芙蓉姫はずっと寝たきりだったって誰かが言っていたけど…」
「事実です。」
「何かの病気だったの?」
「元々身体の弱い方で、もう二年近く立ち歩かれることはありませんでした」
「そんなに?」
二年も立っていなければ、足の筋力が落ちて歩くのも難しいはず。でも、桜には歩きにくいなどとは感じなかった。
(これは、私の身体のままこっちに来たのかな。それとも芙蓉姫の身体に魂だけ来ちゃった感じなのかな…
…戻れるよね…?私……)
「首の後ろ見てたよね。芙蓉姫だって分かる特徴があるの?」
「はい。知らなければ気付かない程度ですが、傷跡があります。」
「それで、芙蓉姫の近くにいたあなたは、私が芙蓉姫だと思うのね?」
「…お身体は、間違いなく。」
鵬燕はほぼ表情を変えない。
それでも、今の返答の間で何となく受け入れがたい感情は伝わった。
「そう…」
その頃、別の場所で。
「ね、龍ちゃんはどう感じた?」
「ん~そっすねぇ…」
なんだか楽しそうに話し始めた二人に、美少年子龍が嫌悪を隠さない表情で訴える。
「間者では?怪しすぎますよ、あの女。
芙蓉姫はいつも同じ場所にいるし抵抗できる体力もない。簡単に殺して成り変われます」
「だとしてもさ、瓜二つすぎない?鵬燕も本人だって言ってたし」
「それは…」
「鵬燕が手引きした可能性は?あれは元々曹操の所のだろう」
唸るような低い声で放たれた言葉を、軍師が首を降って否定する。
「可能性はなくはないが。
それより嘘だったとして、目的が分かんねえよ。嘘だとしたら、あまりにも稚拙すぎる。バレバレだろあんなんじゃ。」
「…………」
尤もすぎる言葉に、子龍達も口を閉ざす。
「まあでも、万が一ってこともある。
子龍、念のため新野に使いを出してくれねえか」
「はっ」
「あと、劉表様方を探れ。…念のためな。」
「…はい。」
そうして子龍は瞬く間に去っていく。
そんな軍師と子龍たちのやりとりを、劉備はただ黙って見守っていた。
「…なんすか、大将」
「ふふ。いやね、なんか俺はね。ホントな気がするんだよね~」
楽しそうに笑う劉備に、軍師は寡黙男子と目を合わせる。
そして、軍師はケラケラと笑い、もう一人は呆れたように首を振った。