2 劉備との出会い
「芙蓉ちゃん…元気そうだね」
「アッハイおかげさまで…」
「「「……………」」」
ポカンとした顔で言われたその言葉に混乱したままの頭で言葉を返すと、その返答でより一層その場に沈黙が漂った。
「………」
沈黙の後、華やかな顔の青年はヘラッと笑顔を向けてくれる。
空気を和らげようとしてくれたのかもしれない。
美しい顔立ちは、笑うと後光が差しているかのようにより一層華やいだ。
ドキン、
と鼓動が跳ねる。
こんなに美しい青年は周りにいなかった。
(モデルさんみたいなご尊顔ね…)
桜は眩しい気持ちで青年に愛想笑いを返した。
「あの、軍師様。我々は参列するためにここに来たはずですよね」
「そだな」
「あの、ずっと意識がないと伺ってましたよね」
「そだな」
「あの、意識ありますよね」
「そだな。むしろピンピンしてるな」
「…………」
「…………」
桜と青年が愛想笑いを交わしあっていた背後で、ヒソヒソとそんなやりとりがなされる。
一人は背が低めで、まだ年若そうな少年だった。
猫っ毛の薄灰色の髪色にくっきりした二重の目で、美少年といった容姿だ。
もう一人の“軍師様”と呼ばれた青年は、赤みのかかった茶色の髪を無造作にまとめ、着崩した格好。
いわゆるイケイケ系という風貌だ。
その場にはもう一人おり、その青年は現在沈黙を貫いている。
一番の印象はとにかく大きい所だろう。
華やか青年もすらりと背が高いが、それを超える身体の大きさ。キリリと太い眉をもつ、寡黙な体育会系男子といった印象だ。
(ビジュアル平均値が異常だ。やはりドッキリか…?)
青年たちのビジュアルに意識をもっていかれながら、ぼんやりと考えた。
全員芸能人だと考えれば、不思議ではないかもしれない。
(ハッ、もしや麗子がこの前騒いでいた『ビバ水滸伝』の舞台の2.5次元俳優のファンサイベントとか…?!)
現実逃避のように一人で悶々と思考する。
桜がそんな様子なので、さらに青年たちは桜そっちのけでヒソヒソと話を続けた。
「もしかして、姫さんって仮病だったとか?」
「いや、それはないだろう」
何が面白いのやらにやりとイケイケ系が笑うと、体育会系が短く否定。
腰に来るような深みのある低温ボイスだ。
「そうですよ。仮病を騙る理由がないじゃないですか。」
「理由?ホラ、大将と結婚したくないから、とか」
「ちょっと~、傷つくこと言わないでくれよ」
それまで首をかしげながら桜を笑顔で見守っていた華やか男子も首を傾けて会話に加わる。
「そうですよ、失礼でしょう!軍師様!」
「まあ、兄者と結婚したくない気持ちも分かるがな」
「ええ!!なんでだよ~、雲長!」
「ちゃらんぽらんだからなぁ、大将は。」
「え、褒めんなよ~」
「褒められてないですよ…」
親し気なやりとりを自分そっちのけで繰り広げてくれたおかげで、桜もゆっくりと彼らを観察することができ、少しずつ頭も冷えてくる。
(………)
身体の向きを変えて、ずっと黙っていた最初に声をかけてきた男性に視線を送る。
「……」
最初に見た驚いたような表情にはどこか心配げに気遣う色もあった気がしたが、今見てみると不審なものを見る目つきだった。警戒しているようにも思える。
(まあ警戒したいのはこっちもなんですけどね…)
心の中でため息をつく。
もう何が何やらさっぱりなので、逆に落ち着いてきた。
さっきから皆、自分の事を「芙蓉」や「姫」と呼んでいる。
「芙蓉」には心当たりがある。
つい最近麗子から聞かされたばかりだ。
(三国志の時代の…実在しないはずのお姫様。)
私は、その“芙蓉姫”の首飾りとされるものを博物館で見ていたはず。
(…寝落ちにしては納得いかないんだよなあ…
戦国時代ならともかく、夢でここまで居室や衣服を鮮明に思い浮かべられるほど三国志に詳しくないし…)
あとは…
(…軍師。大将…)
つまりあの華やか系が大将…リーダーで、
あのイケイケ系が参謀役ってこと?
(え?あのチャラそうなイケイケ系が?)
勝手にチャラいと決めつけているのは申し訳ないが、有名な軍師様方に謝れと言いたくなる風貌だ。
(いかんいかん。現実逃避はやめよう…とりあえず自分の姿や、置かれている状況が知りたい…)
「あの。」
ピッと手を挙げて、華やか男子を見る。
今までの流れから、この青年が一番好意的に対応してくれる気がしたから、そして“大将”だからだ。
「ん?」
青年が桜の方を見たことで、繰り広げられていた会話が止む。
「すみません。少々混乱しています。
私、鴻之野 桜といいます。お名前伺ってもよろしいでしょうか」
「え?」
自分なりに丁寧に話したつもりだが、キョトンとした顔をした華やか青年の背後の者たちは不審げな顔になる。
「失礼な…!」
(仕方ないでしょ。知らないわよ、あんたらの事なんて)
美少年が憤慨するので、思わず桜の心の中の声も口が悪くなる。
「…えっと…、さくら…ちゃん?」
「はい」
「変わった名前の響きだな…」
桜の発言をいち早く受け止めてくれたのは、華やか系とイケイケ系だった。
(話聞いてもらえるのって本当に嬉しい…)
「まずね、俺の名前は劉備っていうんだ」
「リュウビさん…」
(聞いたことがあるような…)
「うん。あのね…
俺達はさ、君が芙蓉っていう名前だと思ってるんだけど…違うのかな?」
「えぇっと…」
(なんて答えるべき?)
一瞬のうちに色々なことが頭に浮かぶ。
もしこれが流行りの“異世界転生”みたいなやつなら、自分は別の人間だって名乗ったのはまずかっただろうか。少なくとも“芙蓉”のふりをしていれば、“姫”の身分は確保できる。別の人間だと名乗ったが最後、不審者と見なされてここから追い出されるかもしれない。
(そうなったらもっとヤバい)
路頭に迷う未来図に恐れて言葉を失ったのを見て、静かに寡黙男子が桜の後ろに立つ青年に視線を送った。
「鵬燕。」
「は。」
失礼します、と青年が瞬く間に距離を詰め、「え」と思った瞬間には髪をあげて首筋を確認した。
「な、なにすんの!」
バシッ
慌てて手を払った私を気にすることなく、鵬燕と呼ばれた青年は寡黙男子を見て頷いた。
「…芙蓉様に間違いありません。」
「…そうか。」
(首筋にあざとかでもあって、本人確認したのかな…)
桜も黙るので、またその場に沈黙が訪れた。
「う~ん…。とりあえず、立ち話もなんだしさ、どっかで座って話そっか」
空気を変えるように劉備が明るい声を出す。
そして目が合った桜に、にっこりと微笑みかけてくれた。
(この人の笑顔…安心する……)
なんだか、涙が出そうになった。
「そっすね。子龍、侍女に伝えてきてくんね?
じゃあ姫さん、後で広間でな」
「はっ」
青年たちはサッと切り替えてすぐに動く様子を、桜はぼうっと見送った。
(劉備さんなら、芙蓉じゃないって言っても受け入れてくれるかもしれない…)
そう思ったらものすごく安心して、やっと混乱した心が落ち着いてゆく気がした。