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三国争乱姫 ~歴女が姫の代わりに三国志攻略?!~  作者: 水季瑠璃
二章 襄陽の陰り
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8 交渉と情報提供


「──僕が視てあげようか?」


しれっと提案された言葉に、桜は本意を探るように男の目を見つめた。




「…なんであなたが?」


「こう見えて、薬師なんだ」


男は嘘とも本当とも分からない軽い調子で肩をすくめる。


本人曰く、ここに薬草の材料を手に入れに来たらしい。



「…はっきりいって、怪しすぎるわ。

そんな風に深く上掛を被った人を信用できるとでも?」


桜が睨むと、男はケラケラと笑った。


「怪しさで言ったらあんたもたいがいだけどね?

そんな上等な生地の服を顔を隠すように着て、薬屋で砒霜を探してるんだ。

主でも殺そうとしてるのかと…疑ってくれって言ってるようなもんでしょ?」


わりと“仰る通り”すぎてすぐに反論できなかった。


桜が頭から上掛をかぶっているのは「顔を知ってる人がいるかもしれないし、美人さんだから隠したほうがいいと思う」と劉備がアドバイスをくれたからなのだが、それにしたってボソボソ独り言いいながら劇薬を探している女なんて、普通にヤバいし絶対に近づきたくない。



「と…とにかく、必要ないから」


指摘に反論しない桜を男はまた愉しそうに眺め、肩をすくめた。


「ふうん?まあ、それなら別にいいよ。

僕は良かれと思って提案してあげただけだし」


純粋な好意なのに心外だよ、と男は愉し気な様子のままで言いながら、桜に背を向けて薬草棚に視線を向けた。



「………」


劉備たちが漢方薬の正体を知りたがっていたのは事実だし、割と量があったからそこからいくばくか抜いて調べてもらうのも可能だろう。


それに、実はさっき男が言った“ヒ素にはそんなの効かない”という言葉も気になっていた。


本当に薬師ならば、せめてヒ素に効く薬だけでも教えてもらえないだろうか、とも考える。



しかし、信頼できるのだろうか?

それに、提案してくる意図は?


失礼だとは思いながらも、桜は舐めるように男を観察した。


桜よりは背が高いが、身体のラインは細く、武術をたしなんでいそうな雰囲気ではない。


が、そのくらいしか分かりそうなことがなかった。




「…あの。

もし知ってるなら、ヒ素に効く薬とか…対処法を教えてもらえないかしら」


意を決して桜が男の背中に声をかけると、男は声を掛けられるのが分かっていたように振り向いた。


「いくらで?」


そして、清々しいまでの笑顔で、そう言った。



「え…、お金とるの?」


桜が予想していなかった反応に、つい思ったまま素直に言ってしまう。


すると男は一変、面白くなさそうな、白けた顔を桜に向ける。


「は?治療薬や対処法みたいな金になる情報をほいほい言うわけないでしょ?常識だよね。あんたどこのお嬢様なの?」


「………」


一体何が目的なんだろうと思っていたが、分かりやすく見返りにお金を求めていただけなのだろうか。


それなら逆に安心できるのだが。


桜は若干毒気が抜かれたように感じた。




「これだけあれば足りる?」



芙蓉はお金を入れた袋から、価値が高め目の硬化を数枚出して見せるが、男はその硬化を指で確認しながらつまらなさそうに言った。


「これっぽっちだったら、薬代くらいにしかならないね」


つまり、薬の名前や対処法を教えるには全く足りないということだろう。



「…でも、これだけしか持ってないのよ」


本当は芙蓉の部屋に帰ればまだあるのだが、向こうに交渉の余地を残したくない。



そう思いながら桜が睨むと、男は桜を少し観察してから指を差す。


「それ。…今あんたが手に持ってるその袋。中に入ってる手鏡ごと。

…それならいいよ?」


「え…」


指示されたのは、小物入れとして使っていた袋だった。


硬化を包んだ布を取り出した時すでに目を付けていたのかもしれない。


しかも、硬貨と一緒に入れていた手鏡まで目ざとく見つけられている。


袋は丁寧に刺繍が刺されていて、手鏡は螺鈿のような細工の細かい上品なものだった。


確かに硬貨よりよっぽど価値がありそうだと思う。



男はにやりと口をゆがめ、じっと桜の手元を凝視する。


完全にカモられている気分だ。



でも、何となくここでこの人物を逃がしたくないと感じた。


芙蓉には許可なく私物を手放すようで悪いが、この提案に乗ることにした。


緊張感を切り替えるために、大きくため息をつく。



「高すぎるわ。これを渡すならせめて、

具体的な対処法、薬の名前、薬そのもの、あなたの名前、

…それから…そうね。

次あなたに会えるのかくらいはせめて教えてもらわないと」


「…ああ、いいよ」


手鏡を掲げてそう言うと、男は交渉成立だというようににんまりと笑った。


色々と求める情報を付け足したが、おそらく手鏡や袋は情報料にしてはそれでも過分だったのかもしれない。


だが、まあ、いい。




「まず…、治療薬だっけ?結論から言うと、ないね」


「はあ?!」


そもそもそれが聞きたかったのに、それで終了だなんて。


ぼったくりじゃないのかコレ。


桜が舌打ちしそうな勢いで睨むと、ハハッと楽しそうに男は笑う。


ただそれは、今までの愉悦と蔑視が混じった肌を刺すような不快な笑い方とは違っていた。



「仕方ないでしょ。それほどの劇薬なんだよ。

劇薬っていうのはね、即死するような薬ってことだ。

正直、すぐに医官に見せないと手遅れ。速攻で毒を消すような奇跡の薬なんてありはしない。

医官に見せても無理な事も多いけどね」


「…でもせめて、何か応急処置とか一次対応とか、できることはないの?」



じぃっと男が桜を見る。


「応急処置だとか一次対応だとか、そんなよくスラッと出てくるね?」


「別にいいでしょ」


「そうだね、べつに、かまわない」


何かを探るような男の視線を受けながらも、桜がため息をついてかわすと、男は何か含めるように一つ一つ区切りながらそう言ってにやりと笑った。



「それで?」


「あんた、医官じゃないだろう?」


「ええ」


「医官じゃないあんたにできることといったら、水を飲ませて濃度を下げるくらいかな。

その前に吐かせることができるならもっと良いけど」


「吐かせる?」


「そう、でも口に手を入れたりと知識がいるから無理かもね」


「…単純に吐かせるだけでいいの?」


「ああ、…?」


(うまくいくかは分からないけど、何度か漫画やドラマなんかでも見たことがある。

…方法なら分かる。)


今後、もしかしたらもしかすることだってある。


その時にただ傍で慌てているだけじゃなくて、何か少しでも緩和できるならしたい。



「じゃあ、もし繰り返し少量与えられてる場合、どうやったら緩和できる?」


「は?それも?」


そのケースの情報は契約外だ、と言いたげな顔で男は言ったが、無言で睨んだら肩をすくめてため息をつきながら受け入れてくれた。


「…はいはい。

全く…どっかの独裁者とそっくりだよ」


最後男が漏らした言葉は小さくて、桜には聞き取れなかったが、どうせ悪態だろう。


(どんな悪態をつかれようが、手鏡とかの代金分は喋ってもらいますからね)



「…少量を日常的に盛られている場合は、まず毒素を排出しなくちゃいけない。

大蒜(タイサン)を毎日飲むといいよ。」


「たいさん…?」


「えーと、ほら、これだ」


男は慣れたように薬草棚から薬草を数束取り出し、ぺいっと桜の持つ籠に投げ入れた。


(大蒜…、ヒル…?いや、ニンニクだったっけ…?

へえ…そうなんだ…)


薬草棚に書かれていた感じを見て、記憶を掘り起こしながら、脳に刻み込んだ。



「あとはなんだっけ?」


「あなたの名前と、

「ああ、逢引場所ね。」


桜が言おうとすると、楽し気に男が言葉をかぶせてくる。


「ちょっと、変な言い方しないでくれる?」


すかさず桜が否定すると、ムキになる様子が楽しいのか、男はくっくっと喉を鳴らしながら笑う。


機嫌のいい猫のようだ。




「僕は、ファオだ」



「ファオ?」


漢字が全く想像できない。



「行商だからそのうち町を離れるけど、数日間は昼頃、“安寧”って宿にいる。

金握りしめながら色っぽい声で“ファオ様”って呼び出すんなら顔出してやってもいいよ?」


殴ってやりたい…


握ったこぶしをプルプルさせながら、反対の手で男の手のひらに手鏡と袋を収める桜が面白いのか、ファオと名乗った男はケラケラ笑った。




「ねえ、ちなみにさ」


手鏡と袋をそれぞれ丁寧に布でくるんで鞄にしまいながらファオが何ともなしに声を飛ばす。


「コレをあんたに下賜してくれて、毎日こっそり盛られてるのって、あそこの城の離れで保護されてる姫さんだったりすんの?」


ファオが指を差す方向には、自分がお世話になっている襄陽の城があった。



「!……、」



どう反応すべきか桜が決めかねているうちに、その反応を確認したかったのだろうファオがくすりと笑う。


「別に答えなくていいよ。

いつから?とか、誰に?とか、色々と金になりそうな気もするあるけど。

あんたはそっち側じゃないみたいだし。そこまで興味もないしね」


ファオは言葉の通り、さほど興味がなさそうな調子で言ってヒラヒラ手を振りながら桜に背を向けた。


これで話は終わり、ということだろう。



ファオは桜の事を芙蓉姫の側仕えか何かと思ったようだが、そう認識されたままで否定せず大丈夫だっただろうか。


ファオはもしかしたらどこかの勢力に属している忍者か何かだったのでは?


日本でも、忍者が行商などと身分を偽って情報収集や潜入を行っていたこともある。


ただの行商の薬師が襄陽で今にも死にそうな姫が保護されている…なんてことを知っているんだろうか。


勿論、芙蓉姫はそれなりに有名みたいなので誰でも知っているのかもしれないが。




そこまで考えて、桜は考えても分かりっこない、と頭を振った。


始終飄々とした様子で、からかうような口調で、探っているつもりが探られているような。


どこまで真実でどこまで嘘か分からないつかみどころのない男。


面白い事が好きでからかうのが楽しいといった調子の、どう考えてもろくでもない部類の強欲男。


でも驚くほど薬師としての知識や回答はスムーズで的確に思えた。


猫を彷彿とさせる目の不思議な男。



(なんか変な人と関わっちゃった気がする…)


砒素の対策や薬の情報をもらえたので目的が達成できたことは間違いないのだが。



桜は心の中で深くため息をつきながら、薬草を調薬してもらうため、趙雲や店主の方に歩いたのだった。



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