7 怪しすぎる薬師
「えっと…まあ、あれだね。
芙蓉姫はどうか分からないけど、私は守ってもらうのは普通じゃないしありがたいことだと思うから、これからもお礼を言わせてほしいな」
「…ほんと、ヘンな女だ」
趙雲はそう口では言ったが、笑ってくれた。
劉備たちが気を回して趙雲を護衛につけてくれたおかげで、何となく距離が縮まったような気がする。
「で、やっぱり気配消して立たれるとゾワッとするからね、
気配を消さずに隣にいてほしいんだけど。
あと話し方もさ、今の砕けた感じの方がいいよ。
敬語とかいいから、素のままで接してね」
「…わかった」
そう答えた趙雲の耳はほんのり赤く染まっていたが、髪で隠れていて桜は気が付かなかった。
趙雲も買い出しなどいくつか目的地があるらしく、
一緒にその店を目指しながら、道中にある装飾品店に入って首飾りを探すことにした。
「たしか、この店でもう最後だな」
賑わう町とはいえ、当然だが装飾品店の数は限りがある。
趙雲が教えてくれた襄陽最後の装飾品店でも、
やはりそれらしい首飾りを見つけることができなかった。
そして情報を求めても、
「勿論直接店で偶然見つかる事もあるかもしれないけどね…。
取り扱いの品数や店数が多いもっと大きな町に行くか、
海を越えて交易しているような“港町”に行った方がいいんじゃないかな」
と、やはりこの店でも同じような回答しか得られなかった。
「趙雲、店主が言ってた町って遠い?」
趙雲の目的地である小物屋に向かいながら尋ねる。
「ん…、遠くはないが、どっちも行くのに馬で数日はかかる。
一番大きな町は、まあ…許昌だろうな。漢帝国の中心地だ」
(首都みたいなものかな…?
たしかにそれなら、一番栄えててもおかしくない)
「港町って言ったら…やっぱり揚州だろうな。
建業、章安あたりになるんじゃないか?」
趙雲は許都は北西で、建業は西で…とザックリした位置も教えてくれた。
しかし、首都である許昌は思いっきり敵対勢力である“曹操”の支配下だろうから、行くとなると、劉備達と別行動をする必要があるという事だろう。
そう予測しながらも一応聞いてみたが、やはり趙雲達が一緒に行くのは難しいらしい。
ちなみに港町の方も、時々戦ったりする微妙な関係の支配下なので難しいそうだ。
(──すでに詰んでないか、首飾り探し。)
絶対見つけるぞっ!
と昨日意気込んだばかりだが、わりとサックリと心が折れそうだ。
コマンドとかヒントとか出てきてほしい。
そもそも、芙蓉が既に持っている可能性は本当にないのだろうか?
鵬燕はそれらしいものは見たことないと言っていたが、鵬燕が芙蓉の傍にいない時期もあったはず。
例えば慕っていた義父、衛茲からもらって家で保管されているとか、そんな可能性もあるのでは?
あるいは、袁紹に保護されている時に持っていたとか?
(うーん、…ここは“心残り”から探ったほうがいいのかなぁ…。
というか、色々な装飾品を見すぎて、芙蓉の首飾りが既にぼんやりしてきてる…。)
一旦諦めるなら、なおさらどこかにメモっておかないと。
危機感を覚えた桜は、文房具を調達できる所にも連れて行ってもらった。
「もう行きたいとこはないか?」
「うん、大丈夫!ありがとう!」
「ああ」
ここまでの時間で、趙雲もだいぶ桜からのお礼に慣れたようだ。
さり気なく少し重さのある文房具…木簡を持ってくれるあたり、本当に趙雲は気遣いの良くできる人だと思う。
劉備に重用されるのも頷ける。
(この時代には“紙”はなく、“木簡”と呼ばれる竹など木を加工した板に文字を書くのだが、木の板複数枚なのでそれなりに重さがあるのだ。
複数個買ったとはいえ全然持てるレベルなのだが、持ってくれるというのでありがたくお願いした。)
桜はチラリと趙雲を盗み見る。
(…綺麗な顔。)
猫っ毛で柔らかそうな髪の彼は、睫まで繊細で長く柔らかそうだった。
美少年という表現がまずはじめに浮かぶ。
大きな目、細めで筋の通った鼻、ふっくらした唇。
(モテるんだろうなあ)
武将のモテ事情は知らないが、少なくとも現代日本にいたら“愛でる会”という名のファンクラブがあるんじゃないかと思う。
最初はどうなることかと思ったが、普通に会話もできるし、思ったより充実した時間を過ごせた。
まるでちょっとしたデートみたいだった。
(…いや待てよ。
私が休憩しようと食べ物の屋台を物欲しげに見ても“浅ましいツラしてんな”とピシャリとしてくるあたり、デートではないな。部活の厳しい先輩との買い出しみたいなもんだわ。)
任務に忠実な趙雲は寄り道などしない。
それは良いけど、浅ましい顔はさすがにひどくないか。
思い出して睨んでみるが、隣を一歩前を歩く趙雲は勿論気がつかなかった。
(友達みたいに気安くて、ありがたいけど)
しばらく睨んだ後で、桜はクスッと笑った。
「俺の買い物も次で最後だ。
ただ、その場で煎じてもらうから少し時間がかかるかもしれない」
そう言って趙雲が指し示したのは、どうやら今でいうところの薬局のようだ。
そこで、ちょうど桜も気になることがあったのを思い出した。
もちろん、劉琦や砒霜のことだ。
(趙雲ってどこまで聞いてるんだろう)
チラッと趙雲の方を見るが、決まった薬草を慣れたように籠に入れており砒霜について情報収集するような様子ではなかった。
知っているのかいないのか判断できず、桜も何ともなしに薬局を見て回ることにした。
別に薬草を買いたいわけではないかったが、歴女の桜には興味を引く部分も多い。
(日本史の薬屋の前身みたいなものだもんね)
趙雲が利用するだけあって、しっかり管理された良店のようで棚ごとに薬草の名前を記した木札が差してあり分かりやすくされていた。
その中に見覚えのある薬草があった。
(“葛根”…これって、葛根湯の“カッコン”よね?へえ…こんな昔から薬として活躍してたんだ)
思わず手に取ってみる。
いわゆる風邪薬として粉上になったものは家にもあったが、根の姿で見ることはそうそうない。
(父さんが嬉々として連れてってくれたフィールドワークで、葉っぱや根っこの見分け方教えてもらったっけ…)
桜は社会科教師で日本史狂いの父親と一緒に行った、
『君もこれで忍者になれる!忍者の薬草学』
という、こんなん誰が行くねんレベルにコアすぎるフィールドワークの事を思い出す。
父に誘われ、「車で行くから、ついでに周辺の歴史スポットへも連れてくよ」と言われたから気楽な気持ちで参加したのだが、
ガチな層の参加者が他にも複数名おり、
ガチの忍者の末裔の方と
ガチの甲賀の山の中で薬草探しを行い、
ガチのすりこぎを使って調薬までおこなう…
という大変にガチなもので、完全に舐めていた桜は終わる頃にはヘロヘロで歴史観光どころではなかった。
(父は大変に満足気で、自分で調合した風邪薬をお土産にもらい、帰宅してからも母に嬉し気に自慢していた)
今も思い出すだけで若干ぐったりするが、そんな印象の強いフィールドワークだったからだろうか、その時教えてもらった薬草や生薬の名前や効能は今でも何となく覚えている。
「おお、薏苡仁だ。これも買っちゃおうかな。」
サッパリ何か分からない名前の生薬だが、実は“ハトムギ”のことだ。
有名な化粧水もあるように、なんと肌荒れやニキビに効果があるのだ!
桜はいっそこの粉末を水に溶いたら化粧水になるんじゃないのか?
なんて無謀な事を考えながら、サッと多めに籠に入れた。
無駄にしてしまったら薬師さんと(出資者の)芙蓉には申し訳ないが、何事も経験である。
「あっ甘草だ。
解毒には甘草だったはずだけど…ヒ素にも効くのかなあ…」
解毒効果のある生薬を見つけて、ヒ素の事を思い出す。
どうやらこの店にあるのは薬草類なので、おそらくないだろうとは思いながらも店をぐるりと見回してみる。
店の奥の方で、趙雲が調薬してくれるのを待ちながら薬師と話をしているのが見えた。
「…やっぱりヒ素なんてないか。」
(いや、そもそもあっても分からないから皆困ってるんだし…)
桜ははあっとため息を漏らしながら、独り言ちる。
しかしせっかく来たのだし、もしかしたら使えるかもしれないから甘草を調薬してもらおう…と薬草棚へ視線を戻した。
「─―誰か殺したい奴でもいるの?おじょーさん」
そんな時、すぐ近くでそんな声が囁かれた。
「!!!!」
隣に立つ人物は、まるで独り言のようにひどく抑えた声で言ったが、
どう考えても自分に話しかけているとしか思えない内容だった。
いつの間に隣に?
というか、聞かれていた?
いや、そういえば全く周りを意識せずに“ヒ素”なんて不穏な独り言を言ってしまっていた。
頭ではそんな思考が瞬く間に繰り広げられるが、
驚きすぎると声が出ないもので、隣に立つ人物へ視線を向けることくらいしかできなかった。
すぐ隣に立って囁くように話しかけてきた人物は、桜と目が合うとニッコリと目を弧の字に歪ませた。
桜のように、顔を隠すようにフードのようなものが付いた上掛けを羽織っており、怪しさの塊でしかない。
「…」
思わず身を引こうとしたが、思ったより強い力で腕をつかんで引き留められる。
「何に使うのか知らないけど…
僕なら…手配してあげられるけど?」
ローブの隙間から、獲物を狙う猫のような目が見えた。
早速不穏すぎる。
“ヤクの売人”という言葉が脳裏をよぎった。
ヤバい人に絡まれてしまったかもしれない。
背中に汗がじんわり浮かぶのを感じながら、桜は自身を鼓舞して何でもない表情を作る。
「ご丁寧にどうも。ですが結構です。
単なる興味本位で、実物を見てみたかっただけなので」
アンダーグラウンドの人に目をつけられてしまった冷や汗というのだろうか、これは。
さっきから背中の汗がすごいが、とにかくヒ素と自分は無関係であることをアピールして客認定を解除してもらうしかない。
「ふうん?興味本位ねえ…
解毒薬まで握りしめておきながら?」
「…、」
「ま。ヒ素にはそんなの効かないから苦しむことになると思うけど」
「…!」
まるで毒殺犯と言わんばかりの言いようにゾワッとする。
誤解されたらどうしたら…と、つい趙雲の方を見てしまう。
幸いにも趙雲が自分たちに気づいた様子はなかったが、視線を戻して更に愉しそうな顔になっていた男に気づいた時、今の行動は犯人そのものの動きだったのではと早速後悔がよぎる。
男は誘うように桜の服の袖をサラリと撫でながら笑う。
「心配しなくていいよ。
連れに秘密ってことなら、後日あんた一人だけで来ればいい。
こんな善良な薬屋では手に入らないけど…僕はツテがあってね。
あんたには特別に手配してやってもいいよ?」
ヤバイヤバイヤバイ
完全に“盛るつもり”だと認定されてる気がする。
こんな怪しい人と二人きりとか、やばい以外の何物でもないだろう。
「…本当に必要ないから。
ヒ素なのかどうかを調べたいだけで、手に入れたいわけじゃないの」
不愉快だとばかりに睨んではみたが、籠を持つ手に力が入ってしまう。
「…へえ…?なんだかそれはそれで不穏だねぇ」
男はにやりと口元をゆがめ、探るような目で見る。
「──僕が視てあげようか?」




