始まりの日
世の中は、不思議なことであふれている。
歴史には、ロマンがある。
私たちがこうやって歩いているのだって、先人たちが、生きていたから。
長い長い時間を、紡いでくれたから。
でも、今明らかになっている“歴史”は、事実じゃないかもしれない。
本当は、違うことがあったのかも。
(だから、歴史って面白い)
「桜?聞いてる?」
「あ…、なんだっけ?」
博物館の車内広告を見かけて、一人感慨深く思いはせていた桜は、じと目の友達の声を受けて意識を現実に戻した。
…といっても、その友達も現実を見ているかは定かではないが。
「今日行く博物館の特設展示について語ってたの!」
「あー…。フヨウの首飾り、が気になるんだっけ?」
「発音違う。芙蓉姫よ。
でもね!芙蓉姫ってのは、横山光照様の創作の人物なわけ!だからさ、一体これは誰の首飾りなのか!気になるわよね!!!…って言ったの!」
鼻息荒く歴女を炸裂させているのが、艶やかな黒髪の美少女の友達、麗子。
いわゆる“オルチャン系”ってやつだ。
(オルチャンってもう古いんだっけ)
そんな事を考えながら、ハハッと桜はごまかすように笑う。
「えーと…、中国の人だっけ?日本で言うところの何時代?」
「もういい、アンタに同意を求めたのが悪かった。ホント、日本史以外には興味無いんだから…。」
麗子は黙っていればモテる容姿のはずなのだが、“こう”なので彼氏がいない。
そのため博物館デートの相手はいつも桜だ。
(まあ、デートっていうか現地解散カフェ集合だけどね)
「ごめんごめん。でもホラ、歴女友達としてさ、付き合ってるじゃん?博物館」
私たちは、歴女。
でも、私は日本史、麗子は中国や韓国といったアジア史。専攻は違う。
専攻は違うが“わりとガチ”同士話が合うのだ。
だから、こうやってよく一緒に博物館や歴史館などに繰り出している。
「へへ、いつもありがと桜!桜の目当ては常設のレプリカだっけ?」
「いや、レプリカとかショボい言い方しないで。
大典田は天下五剣の1つ!業物なのよ。そりゃ…本物の美しさには劣るけど!」
「あ~~わかったわかった。
あーそういや、どうした?来年の選択授業」
「あー…」
無理やり現実に引き戻され、桜は眉を寄せた。
「まあ…教免系になるわね、どうしても」
「歴史オタクは社会の先生になるか文芸員かって感じだもんねぇ…。
でもホラ、桜はお父さん日本史の先生でしょ?色々相談乗ってもらえるんじゃん?」
「いや、あの人口開いたら歴史考察しだすから、そういう点では全く参考になんない…。
いいよねぇ、麗子は中国語も韓国語も得意だから選択肢多いでしょ?」
「まぁね~聖地巡りのためなら語学習得くらい余裕だわ!
まあ実際行くと“聖地”にはガッカリすることも多いんだけどね…」
「分かる。我々にとっての聖地は、ショボい石碑とか立て看板がチマッとあるだけの場所だったりするからね…特に京都とか割と街と歴史が混雑してる系の所とか…」
「いや、田舎でも“聖地ガッカリ”はあるよ。赤壁のガッカリさは圧倒的一位だからね。別に炎の壁を再現しろとは言わないわよ?でもアレはないだろっていう…。オタクとしては行かざるをえなくて行ったけど…、結構辺鄙な所にあって苦労したわりにほんとガッカリで…」
一度現実に戻りかけたものの、またも会話は歴史語りに戻っている。
2人は同時に深い溜め息をついた。
「じゃあ、いつも通りでいいよね」
「うん。大体三時間後くらいにお土産屋さんから一番近いこのカフェで集合ね」
博物館の館内マップを見ながら慣れたように話す。
一緒には来るが、お互い興味のあるものが違うので、博物館前で写真を撮り、一旦解散してカフェで落ち合うというのが2人の通常の流れだった。
颯爽と特別展示のエリアに向かっていく麗子を見送りながら、特別展示のパンフレットを見る。
(とはいえ…まあ、私も見るか…。)
特別展示は入り口から一番近い所にあるし、無視していくのも勿体ない。
(三国志…って、魏呉蜀とかいうあれよね?
んで、魏といえば魏志倭人伝の魏よね…?
邪馬台国…つまり1700年以上前かぁ。
そんな時代の装飾品って、どんなんだったんだろ?)
そんな事を考えながら、目玉展示の「芙蓉の首飾り」に向かっていく。
目玉だから、一番人が多い所に行けば大体間違いないだろう。
《 ……て… 》
「うん?」
何か声が聞こえた気がして、パンフレットから顔を上げる。
《 ……ない… 》
「……?」
また聞こえた気がする。
でも、わりとニッチな博物館で人もそう多くなく、皆静かに展示物を眺めていた。
(…気のせいかな)
そうして桜は彷徨わせた視線を、展示物に向けた。
「これは…」
なぜかドキリと目が引き寄せられる。
色褪せた、首飾り。
(これが麗子が騒いでたやつ…?
たしか、芙蓉の…)
そこまで考えたあたりだった。
カッと首飾りが発光し、視界が一瞬にして白に覆われる。
「えっ?!」
太陽を目視するような物とも違う。光に包まれるような、いや、飲み込まれるような。
「なっ…なに?!」
生まれて一度も遭遇したことのない、何とも言えない眩しさ。
《 わたくしのねがいを かわりに 》
眩しさに目を閉じた時、
そんな声が聞こえた気がした。
ぐわり
何かに引っ張っられているみたいに、頭が平衡感覚を失う。
船酔いしたような感覚に襲われて、桜は意識を手放した──