6 城下町へ
「わああ…!」
思っていた以上に活気にあふれた町に桜は歓喜の声をもらした。
目をキラキラさせてメインストリートを見る桜に、隣に立つ劉備はにこにこと笑った。
その後ろには若干(劉備の前なので控えめな)不満げな表情の子龍が桜を見ていた。
本日のお出掛けは、“芙蓉姫のお忍び”ということもあって、ごくごく少人数、劉備と子龍、桜の3人だった。
伏龍も一緒かと思いきや、出発前の待ち合わせにすら居なかった。
そういえば特に一緒に行くとは言われていなかったな、と説明を受けたときに思う。
(こっちが聞く前に察して色々教えてもらえるから、一緒に来てくれたら嬉しかったんだけど…。
でも先生、軍師だし立場のある人だからたぶん本当は忙しいんだろうな)
劉備や伏龍はいつでも気さくに話しかけてくれて、相談や質問に丁寧に応えてくれるからそう見えないが、肩書だけみれば多忙で当然だし、不審人物である桜にかまってくれるのは幸運といっていい。
改めて、自分ひとりでも何とかできるようにならないとな…と考えた。
が、そんなことは町に来たワクワクで吹っ飛んだ。
「わああ…
いい匂い。なんだろう、肉の串…?あ、あっちはお饅頭みたいなの売ってる。
あれ?あそこ何か混んでるな…、あ、装飾屋さん…?」
おのぼりさんよろしく、あっちこっち見るのに忙しい。
(芙蓉姫の)私財を少しばかり持ってきているので、何か買ってみてもいいかもしれない…と、早速食べ物のいい匂いに誘惑される。
「人にぶつかるよ」
ふわっ、と劉備が肩を抱き寄せてくれる。
もうすっかり覚えてしまった、劉備のまとう甘い花の匂いが鼻腔を蕩かす。
「あ…」
近づかないと分からない控えめな匂いだが、一旦気づいてしまうと他の食べ物の匂いを忘れてしまうような、囚われた感覚に陥る。
「す、すみません、つい興奮してしまって…」
即座に赤くなった頬をごまかすように明るい声を出すと、それすらも分かっているように劉備は笑った。
「いいよ~。楽しそうで嬉しいし、可愛いから見てて俺も楽しいし。
でも迷子になるのはまずいから、ほとほどにね?」
「あ…、は、…はい」
最後の方は蚊の鳴くような声になってしまった。
その後も、嬉々として店を紹介してくれる劉備と、護衛として劉備の後ろに張り付きながらもいつの間にかササッと買い物をしている子龍と一緒に町を見て歩いた。
目に入った装飾品店には都度入らせてもらったが、案の定というか、“芙蓉の首飾り”らしきものはなかった。
(まあそんなに簡単に手に入るとは思ってなかったけど…)
「う~ん…分からないなあ…。ここも勿論栄えてはいるが、もっと大きな町や、交易が盛んな町にいった方がいいかもしれない」
話を聞いてみても、店主からの回答はだいたいこのような感じだった。
(「それとは違うけど」と別の装飾品をオススメされたり、「これ似合うよ、あげようか?」と劉備に甘やかれたりして困ったが、全力で断り続けた。)
そんな風に町を歩いてしばらくすると、露天商達のゴザが並ぶフリーマーケットのような区画にたどり着いた。
どうやらここが劉備の目的地だったようで、劉備はいそいそとゴザを敷き始める。
子龍も慣れたように抱えていた荷物をゴザの上に並べ始めた。
先日劉備が刺繡を入れていた上掛や、組紐のようなものが並んでいるので、どうやら露店販売を始めるようだと分かった。
「じゃあ俺、ちょっとここで一稼ぎするから桜ちゃんは好きに見回ってきていいよ~」
露店準備や売り子を手伝うと言うべきなのか迷っているうちに、サッと準備を終えていた劉備が笑う。
どうやら売り子を雇っているわけでも、子龍や桜に任せるわけでもなく、自身で行うつもりのようだ。
いいのかな…と迷ったが、劉備も子龍もそれが当然のような様子だ。
「子龍、桜ちゃんのことよろしくね」
「はい」
子龍も(目は舌打ちしそうなレベルで不満げだが劉備の前では)にっこり承っていた。
もはや清々しい。
「劉備さんが自ら…って、いいの?」
邪魔になるだろうから…と一旦離れた先で子龍に確認する。
ここまで無言でついてきてくれた子龍も、劉備が離れたからだろう、もはや不満げな表情を隠そうともしていなかった。
本音を隠して取り繕われて、嘘をつかれるよりはよほどいい。
「本当は良くはないですが、劉備様のお考えなので。
あれは劉備様の情報収集も兼ねていて、
物の値段を通して町の流通や、町が栄えているかどうかがわかるし、世間話を通じて世情が分かるんだとか何とか…。
護衛が控えていたら客が警戒するとか、そもそも寄ってこないとか何とか…。」
やっぱり心配で本当は側に付いていたいのだろう子龍が不満げに漏らした後、桜の視線を思い出してコホンと咳をする。
「…とにかく、あなたが心配されることではありませんので」
理由を聞くとなるほど確かにと思う。
子龍も同じように劉備の考えが理解できたからこそ、不安ながらも劉備に任せているのだろう。
最後の、突き放すようなツンとした態度はあまりにも“それらし”すぎて、桜はこっそり笑ってしまう。
「散々気を遣ってもらって、お世話になってるんだから心配くらいさせてよ。
あと…ありがとう。不本意だろうに、護衛してくれて」
子龍の背中に向かってそう告げると、子龍はびっくりしたようにすごい勢いで桜の方を見た。
「えっ?」
「い…いや、あなたのためじゃないです。
劉備様が仰ったからなので。誤解しないでいただきたい」
(こ…これはまさか、ツンデレ属性…!?)
桜の脳内でピシャーンという効果音が鳴った気がする。
そんな目では全く見ていなかったが、“ツンデレわんちゃんを愛でる会”に目覚めそうだ。
「も、もちろんそれは分かってる。」
桜は思わぬ方向に逸れそうな自身を叱咤して気持ちを現実に向ける。
「でも、護衛してくれてることにはかわらないし。だから、ありがとう。」
「…産まれも育ちも高貴なのに、格下の俺にこんな態度とられて嫌うどころかお礼言うとか、やっぱ死にかけておかしくなったのか?」
信じられないものを見るような表情そのままに、思わず、といったように子龍はそう呟いた。
勿論しっかりとその呟きが聞こえていた桜は、
(お礼を言っただけなのに、なんで変人扱いされたり頭を心配されなきゃなんないのよ)
と突っ込みを入れたくなる。
「あ~の~ね~…
別に格下とか格上とかないし。
そもそも、言ったでしょ?
芙蓉姫じゃなくて、私は桜っていう別人だって。私はごくごく平凡な、一般市民なの。」
「いや、聞いてるぞ。あんた学士なんだろ?
女の身、その若さで学士やってるってことは、幼い頃から手と金をかけられてる証拠だ。
そこらの武官の次男坊とは育ちが違うことに間違いはないだろ」
芙蓉姫扱いされての発言かと思いきや、どうやら子龍なりにちゃんと桜の事を別人だと認識してくれていたようだ。
なんだかやけに嬉しい。
「私の国は、貴賤・貧富の差なく国民全員が一定の教育を受けるから、本当に普通の一般市民なんだけど…。
そこらの武官の次男坊…て子龍くんのこと?」
「し、子龍く…!気安く字で呼ぶな。
そ、そうだ、そもそも、劉備様や軍師様のことも気安く呼んだり、砕けた口調で話すのはどういうつもりだ。無礼だろ!」
桜的には聞き馴染んだ名前を呼んだだけだったが、子龍は耳まで赤くして、ごまかす様に指摘をした。
「えっと…、ごめん。“あざな”って何?」
「な…!…お前、学士のくせにそんなことも知らないのか!」
「うん、だって私の国にはそういうのないから…」
子龍は呆れたように大げさにため息をつく。
当初は形だけでも敬語で話していたが、今ではすっかり取り繕うことも忘れたようだ。
「“字”は、家族や夫婦など、ごく親しい間柄の者しか呼ばない名前だ。
例えば…俺は趙雲子龍という名だが、趙が一族の名、雲が俺の一般的な名、子龍が俺の字だ。
だから、お前が俺を子龍と呼ぶのはおかしい。い、許嫁でもあるまいし」
根がまじめで優しいのだろう、子龍…改め趙雲は丁寧に説明してくれる。
しかも最後に照れ付きで。
(なんだろ…わしゃわしゃ撫でまわしたくなる…)
ツンデレ萌えに目覚めそうになりながら、桜はまた自身を脳内ビンタした。
「そっか…劉備さんや先生が“子龍”ってそう呼んでたから、“趙雲”の名前の方があんまり馴染んでなかった。
ごめん、気を付けるね」
「まあ…これから気を付けてくれればいい。
あ…あと、雲長様も字だからな。“関羽”様と呼ぶんだぞ。」
「おお、そっか。分かった。助かるよ」
「あとは…、益徳様は“張飛”様だ。それから…」
趙雲はまた丁寧に、劉備がいつも字で呼んでいる仲間の名前を教えてくれた。
が、今いますぐ必要がありそうな雲長…改め関羽以外は正直すでに怪しい。
また折に触れて教えてほしいと全力でお願いしておいた。
「丁寧に説明してくれてありがとう」
「いや、まあ…必要なことだからな」
「……」
なんとなく今までの会話の中でも何度か気になったことだが、趙雲は桜が謝ったりお礼を言ったりした時に、何となく困惑するようなそぶりを見せる。
そういえば鵬燕と話していた時にもその違和感を感じた気がする。居心地が悪そうな、聞き慣れないものを聞いたような。
「私がお礼を言ったり謝ったりするの、変なことなの?」
「…そうだな。高貴な姫が護衛にいちいち礼を言うことはないな」
桜が当たりをつけて聞いてみると、趙雲はすぐに頷いた。
そして、桜が不満げに眉を寄せたのを見て、なんてことないという表情で言葉を続ける。
「別に感謝するとかしないとか、そういう次元の話じゃない。
幼い事から常に傍に護衛や女官がいるから、それは当たり前のことなんだ。
そもそも、護衛されてることをいちいち意識しない。護衛の顔も名前も認識していないことだって多いだろうし、護衛も邪魔にならないように極力気配を消して控えてるのが正しい。
だから正直、居なくても姫は気付かないんじゃないか。
…さすがにそれはないか、いや、どうかな」
趙雲は最後ひとりごちた。
それは、普通なのだろうか。
有事の際は、身を挺して自分を守ってくれる存在なのに?
もちろん意識してしまったら色々と気が散ってしまうのかもしれないが…、顔も名前も認識されていないのが普通というのは、桜には悲しく思えた。
「…だから鵬燕も、気配消すのはやめてって頼んだ時に変な顔してたんだね…」
「なっお前!!」
桜が悲しい気持ちのまま一人つぶやいたら、すごい勢いで噛みつかれた。
「え、何?」
「お前、鵬燕様にそんな失礼な事を言ったのか!」
「え、」
「傍にいる時にあれだけ完璧に気配を消せるのは、護衛としての技術の一つなんだ。きっと鵬燕様はそれを並々ならぬ努力で得られたに違いない。それをお前は“辞めろ”なんて、なんて失礼なことを…。
いいか、あの方以上に完璧な護衛を俺は見たことがない。主に必要とされている時はすぐに助け、それ以外は決して我を出さず、むしろどこにいるのかも悟らせずに傍に控えておられる。護衛の任についている時は連日連夜だとしても全く寝ないという話だし、何よりあの方は表立って披露されることはないが、間違いなくかなりの強者…!そもそもそんな方に護衛されているというだけでも不満なのにお前ときたら…(略)」
(お、おおう…)
桜は圧倒されて言葉を失った。
どうやら、あれだ。
鵬燕のことを尊敬しているようだ。
(むしろ崇拝…?)
推しを語る麗子の姿と少し重なって、なんだか懐かしいような、遠い目になるような。
「聞いているのか?!」
「あ、はい。もちろんでございます。
私、鵬燕のことを軽んじてたよ、尊い方だったんだね」
「そうだ!」
話をうっかり聞きそびれてしまい、麗子に指摘された時の反応を返すと、趙雲は少し満足したように頷いた。
(国時代を問わず、推す姿勢というのは変わらないんだね麗子…)
桜は遠い目をしながら、“劉備の忠犬(鵬燕推し)”という文字を脳内の趙雲キャラ紹介シートに大きく書き加えた。
だがまあ、劉備や鵬燕だけに留まらず、伏龍や関羽などのことも尊敬しているようなので、きっと趙雲は他者のいい所を素直に認めて尊敬できる真っすぐな性格なのだろうと思う。
劉備が以前「子龍に頼んだら大体実現してくれる」というパワハラ上司極まりないような事を言っていたが、器用である以上に趙雲は頼みを実現するために工夫や努力をすることができる人なんだろう。
桜は頭をなでなでしたい衝動を必死に抑えなければならなかった。
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