4 なんでもできる人たち
「劉備さん」
何となくドキドキしながら廊下から声をかける。
「あ、入って入って~」
劉備の明るい声に背中を押されるように扉を開ける。
部屋に入った途端に、ふわっといい匂いがした気がした。
涼やかで甘い白檀の香りが漂う二間続きの広い部屋は、劉備がいつも身にまとう暖色系の柔らかな色調の小物がさり気なく飾られていた。
劉備の流麗で華やかな人物像が伝わってくるかのような部屋に桜は、まるで高級ホテルの一室に居るかのような心地にすらなった。
しかしそのお洒落な部屋の一角、どうやら執務机として使われているそこは雑然としており、劉備が布やら小物やらに囲まれていた。
「…早く来すぎました?」
机に座って何やら作業してる様子の劉備にそう尋ね、仕事なら出直そうかと片足を扉のほうへ傾けた。
「大丈夫だよ~。気にしないで座ってて」
劉備はらしくもなく、こちらを見ずにそう答えてくれる。
受け入れるような声の明るさに、椅子ではなく、熱中している様子の劉備に近付いた。
「ごめんね。今ちょうど、目と手が離せない部分にかかってて」
やはり視線を作業中の手元から外さないまま劉備は言う。
書き物をしているのとはまた違う様子の机上を覗き見ると、どうやら劉備は縫い物をしているようだった。
それもかなり本格的な。
(…?!?!)
武将と針仕事というミスマッチな組み合わせに、想像していなかった桜は見開いた目のまま固まる。
趣味というにはかなり本格的で、繊細で美しい刺繍作品だった。
「うん、こんなものかな」
ややこしい縫い目のところが終わったのか、
桜がびっくり凝視してる間に劉備は針を針刺しに留めて顔を上げた。
「待たせてごめんね~。
明日市場に行くついでに売ろうかと思ってね。今、一番目立つ柄のところをやってて、ちょっと目を離すと訳わかんなくなっちゃうもんだから。」
(内職…!?!?!)
「すごく上手…。縫い物されるんですね」
「うん。俺ね、服とか装飾品とか好きなんだ。
でも、なかなか自分好みのが見つからなかったり、ちょっと手が出せない金額だったりする事も多くて。
じゃあ自分で手を加えればいいんじゃ、って買った服に手を加えるようになってね。
そしたら小物やら何やら、作るの楽しくなっちゃってさ~」
劉備はケロリとした顔でそう笑う。
「しかもね~、結構いい値で売れるんだよ~」
ホクホクした顔の劉備は実に楽しそうだ。
(まさかファッションデザイナー系だったとは…。
自分で衣装作れちゃう系モデルとかもう最強なのでは?)
桜は、コスプレ衣装とか小道具とかを自分で作っていた友達を思い出す。
エニクロの既成服が全然違うものに変わったりして感動した時と似たような衝撃を覚える。
ぽかんとした表情の桜に誤解したのか、劉備は少し苦笑する。
「君も男が縫い物とか情けないって思う?」
「いいえまさか!!
というか、劉備さんお洒落だなと思ってたんですけど、もしかして…」
ハッとした勢いで思わず強く否定した桜に劉備はホッとしたように笑う。
「うん、結構自分で刺し入れた物もあるね。
でも買ったものも多いよ?
作業中は無心で出来るから、気分転換にもピッタリで楽しくてさ~。出来上がったものは周りの皆にもあげたりしてるんだよね」
「手に職あるの素晴らしいです。やっぱり、自活力は大事ですよね」
桜は深く頷く。
両親共働きの家なので、料理や掃除洗濯、バイトなどそれなりに生活力はあるつもりだったが、現代日本だったからだ。
この世界で生きていられるのは、芙蓉姫の身分と、別人だと訴えても受け入れてくれた劉備たちのおかげに他ならない。
(城を追い出されたら行き倒れる気しかしない…)
「そ、そう?そんな風に言われるとは思ってなかった」
始めてこういう事を言われたらしい劉備は桜の回答に少し照れるように混乱するように笑った。
「でもそういう事なら、わりとうちの皆は手に職あるんじゃないかな。」
劉備は照れを紛らわせるように、視線を空に移動して話を変えた。
「みんな…ですか?」
「うん。例えば…雲長。
雲長がいたら、絶対食うには困らないと思うよ。」
実際、俺は本当に頼りにしてるんだ、と劉備は雲長をプレゼンし始める。
「雲長はね、木彫りや木細工が得意なんだ。
小刀でちゃちゃーっと食器とか道具とか作れちゃうんだよ。
あと狩りも得意だから、森に入っていって猪とか捕ってきてくれるんだ。
もし野宿する時に雲長がいなかったら、大変だろうなあって思うよ」
確かに“食”は全ての基本だ。
特に古代において、そういう基本的なスキルが何より生きる事に直結する気がする。
「あ、あとね。動物全般好きだから、育てたり面倒みたりっていうのも得意だよ。」
「動物好きなんですか?」
(寡黙で威圧感あるからちょっと意外…)
桜が感じた思いをそのまま表情に出していたのか、劉備はクスリと苦笑する。
「意外?雲長、見た目怖いもんね。愛想ないし。
でも、良い奴だから安心してね。」
そして最後、劉備はふわりと微笑む。
心から雲長を信頼しているのが伝わってくる優しい表情だった。
桜もつられるように微笑んだ。
「はい」
「雲長、ひとりでいる時は大体動物といるんだ。
狩りに行くときも、犬連れてくし。
馬にしろ犬にしろ、雲長がつれてる動物はみんな頭いいんだよね~」
「へえ…」
動物の世話も得意なら、更に頼りになりそうだ。
「でもさすがに熊を飼いたいって言い出した時は全力で阻止したけどね~!」
「え」
劉備が笑いながらも困ったように言った言葉に少し言葉を失った。
(まじか…)
熊を買うのはさすがにレベルが違うのでは…とも思ったが、それを話す劉備は朗らかで楽しそうだ。
(雲長さんはちょっと天然な人なのかもしれないな…)
桜はそんな事を勝手に思いながら、なにやらほっこりした気持ちになった。
これもギャップというものなのかもしれない。
「それからね~、龍ちゃんも道具作りが得意なんだよ。
自分で作るんじゃなくて指示する方だけどね。
必要最低限の材料で色々作ったり、あ、この前は手押し車を設計して喜ばれてたっけ。」
話は伏龍に移る。
いわゆる設計士といわれるものだろう。
確かにそういう知識があるのとないのとでは全然違うんだろうと思う。
「やっぱり、先生は頭使う系が得意なんですね」
「基本的に楽して生きていきたいって考えらしくて。だから発明とか設計とかが得意になったらしいよ」
「なるほど」
(自分では作業しないで指示しちゃうところが先生っぽいな…)
おそらく設計できるという事は自分でも作れるんだろうに、出来るだけ自分は楽をしちゃおうという、ちゃっかりさもなんだか“らしい”と思えて苦笑する。
「あとは簡単な薬なら自分で調合しちゃえるはず。
龍ちゃんはわりと山間でのんびり一人暮らししてた時期が長いんだけどさ、森で採った材料で作った薬を売ったり、設計で手助けして野菜貰ったりして生計を立ててたらしいよ~」
「へえ~」
起きたい時に起きて自活して、たまに街に出て稼ぐ…、
うん。なんだか想像ができる。
そういうのんびりした生活も悪くない。
そこまで思って、ふと疑問に思ったことがそのまま口に出る。
「のんびり暮らしてたのに、軍師って…すごい心境の変化ですねぇ」
その言葉に、劉備がギクリと肩を震わせてから苦笑した。
「あ~…、それはね、俺がすっごいお願いしたんだよね~。
お願い!俺の事も楽させて!!…って。
面倒くさいし絶対嫌!って、もうすっごい断られたんだけどね。最終的には俺の粘り勝ちだよね!」
「押し切られちゃったと。」
「そうそう。押し切ったよ!」
劉備の顔がドヤァと輝く。
あ~めんどくせええええ!!と叫ぶ伏龍の当時の様子が目に浮かぶようだ。
キラキラした顔の劉備とげんなりした顔の伏龍を想像して思わず笑ってしまう。
「まあでもね、他の陣営よりは大分ほら、自由だし。好きなようにやっていいよ~って言ってるから。多分後悔はしてないと思うよ!」
「どっからくるんッスかね、その自信は」
扉の向こうから声がする。
噂の本人も到着したようだ。
わざと強めに呆れた表情を作りながら扉を押し開けた伏龍に、劉備はドヤァ顔を潜めて苦笑する。
「アハハ~。
山の庵に居た時よりも、いつも楽しそうな顔してるからさ」
優しげな目で自身を見る劉備に、伏龍はガシガシと頭を乱暴にかきあげる。
「チッ…こういう所が厄介なんだよなぁこの人は」
どうやらまんざら間違いでもないらしく、伏龍は小さく悪態をつきながら椅子に腰掛けた。
伏龍とほぼ同じタイミングで部屋に入ってきた女官達が食事を並べ始めたので、桜と劉備も丸テーブルに移動する。
「で、一体何の話すか」
「皆の多芸っぷりを紹介してたんだよ。」
「…多芸?例えば?」
「俺の手芸とか。雲長の狩りと木工とか。龍ちゃんの設計とかね」
「部屋に来たときに劉備さんが縫い物をしてたので、その流れでそういう話に」
桜が補足するように言うと、伏龍はチラッと劉備の執務机を眺めて頷いた。
「ま、ただ貧乏ってだけだけどな」
「ちょっと~…そういう言い方だと情緒がないよ、龍ちゃん」
しれっとした顔で言った伏龍に、劉備が唇を尖らす。
「ホントのことっすからね。
実際、金があったら子龍も鉱石削ったりせず鍛錬だけしてますよ」
「子龍は鍛錬好きだもんねえ。
でも俺はお金があったとしても縫うよ!」
「あんたの縫い物は現実逃避っすからね。
で、あんた今日までに見るように頼んだ書簡ちゃんと確認したんでしょーね」
「うっ…見る見る。今日までね」
話によると伏龍が仲間になったのは最近らしいが、本当に気安い関係のようだ。主従関係というよりは、友達、同級生のような。
(劉備さんが生徒会長で、伏龍さんが副生徒会長みたいな?…うわ、モテそう…)
脳内で勝手に学校パロディを繰り広げたら、思いのほかハマっていた。
(学生だったらきっと美大生ね、きっとそう。少なくとも仏教系ではないな)
桜がひとりでそんな妄想を繰り広げているとは知らず、“人徳の生徒会長”と“キレ者副会長”は2、3仕事の話をしていたのだった。




