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三国争乱姫 ~歴女が姫の代わりに三国志攻略?!~  作者: 水季瑠璃
二章 襄陽の陰り
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2 劉琦と漢方


部屋の扉の前に立つ兵士に取り次ぎを頼んで、部屋の中に入ると予想外の人に迎えられた。


「おう。大将、姫」



「あれっ先生」


「龍ちゃんもいたんだね~」



広めの劉琦の部屋の真ん中には5人くらいが座れる大きな丸テーブルがあり、

そこに伏龍と劉琦が向かい合うように座っていた。



たしかに劉琦は父親の劉表によく似ていた。


立場が違うからもあるだろうが、劉表をより丸く穏やかな雰囲気にした…といった風貌だ。


桜と劉備が先に伏龍に反応してしまったのを咎めるでもなく、部屋に入ってきた2人を穏やかな視線で迎え入れてくれた。



「劉琦様、お加減いかがですか」


「わざわざ来てもらってすまないね。少し熱があったのだが、もう今は落ち着いているから心配しないでおくれ」


「それはようございました」


「芙蓉姫も…病み上がりというのにわざわざこんな所まで。気を遣わせてしまって申し訳ない。」


「そんな…とんでもないことです。お元気そうでよかったです。」


「おかげさまで。

芙蓉姫はもう大丈夫なのか?私より休養が必要なのでは…

ああそうだ、ここに座りなさい。劉備殿も。」


「はい、ありがとうございます。」


これまでのやりとりで既に、劉琦の優しい人柄が伝わってくる。


(弟さんとは大違いね…)


どう考えても劉琦のほうが立派に思える。




劉琦は始終桜を気遣ってくれて、本当は元気な桜には申し訳ないくらいだった。


「そうだ、芙蓉姫。

滋養によいと貰った漢方があるのだ、良ければもらってくれないか?」


「えっと…、はい、ありがとうございます。」


ずっと寝たきりで起き上がれなかった設定なのだからよほど病み上がりだ、元気なんで要りませんというよりは素直に好意を受け取っておこうと思った。



「よかった。少し変わった臭いがするのだが…煮立たせると臭いは消え飲みやすくなるから安心しておくれ」


「はい。…ああ、そうだ…

あの…それなら、一緒にお食事でもしませんか?」


「え?」


「あ、勿論失礼でなければなのですが。

昨日、劉備様や伏龍先生が一緒に食事をしてくだって気が明るくなったので…、

劉琦様もご一緒に、気取らないごく数名でお食事するのもよいかと思いまして。

その時に、その薬湯も一緒に頂戴できますし」


伺うように劉備たちを見ると、2人とも笑顔で頷いてくれた。


「そうか、それは楽しそうだ。私はいつもここで一人で食しているから…

皆が良ければ、ぜひ。」


「では、明晩とかどうでしょう?

あんまり多いのも疲れるでしょうし…芙蓉姫入れた、ちょうどここにいる4名で」


「ああ、それがいい。部屋はここで良いか?膳を準備させておく」


そんな流れで、明日の夜はお食事会を開催することになった。


気さくに誘いすぎたかとも思ったが、劉備のように穏やかな劉琦は居心地がよかったし、冷遇されていることへの同情心もあったかもしれない。


あともう一つは…




「あの、これ…何か気になる事でも?」


桜は帰り道、離れについてからそう切り出した。



言いながら桜は、“自分で消化するには多すぎるから今夜からでも”と劉琦が贈ってくれた漢方が入ったの包みを示す。



「恐ろしい勘の良さだなァ」


伏龍は苦笑するように笑う。


「ちゃんとここまで待つのも偉いね~」


劉備は頭をなでてくれる。


ちょっと…と、言いながらまた顔を赤らめる羽目になる。


そうして3人はそのまま芙蓉の部屋に入った。


いきなり過度に動いた芙蓉の介助という大義名分もあるから見咎められることもないだろう。



「普段穏やかな劉備さんの気配が少し緊張した気がしたので」


「俺か~。よく見てくれてるって喜ぶべきなのか、隠せなかったって情けなく思うべきなのか…。

龍ちゃんが一瞬眉をしかめたからさ~、つい“何?!”ってなっちゃったよね」


「人のせいにしないでくださいよ大将」


そう軽く言い合いながら、2人は部屋の椅子に腰かける。



「ヤバいんですか?これ」


包みを机の上に置くと、伏龍は微妙に顔をゆがめた。


「う~ん…、…まあいいか。


俺が今日琦君の部屋にいたのは、琦君が俺に会いたがってたからだ。」


伏龍が言った“琦君”というのは、劉琦のあだ名のようなものだろう。あだ名を呼ぶ程度には心を通わせているようだ。



「おお、劉琦様も名高い龍ちゃんの噂を知ってて、知恵を求めたってこと?」


「そうじゃないんすかね」


「相談内容は?」


「ご想像の通り。琦君は家中で争い合うくらいなら、家督を継がない宣言をしたほうがよいのかと迷っておいでで」


「「おお…」」


劉備と桜の声がハモったが、たぶん理由は違うだろう。



桜は単純に(ガチで跡目争いだ…)と歴女的ミーハー心だったが、


劉備は、

「数回しか会ったことない、しかも他軍の龍ちゃんに相談するなんて、ずいぶんと肩身が狭い思いをされてるんだね~…」

という憂慮からだった。


確かにそうだ。

本来なら自軍の信頼できる人に相談するような繊細な話題のはず。そこまで孤立しているのだろうか。




「客観的な意見が欲しかったってのも大きかったみたいですけどね。客観的に“自ら引く方がいいほどに疎まれているのか”どうか」


「なるほど、難しい所だね」


「そもそも劉表さんが後継をハッキリさせないのも原因では?」


「そうだね~、でも桜ちゃんも気付いたように派閥が色々あってね。刺激すると内輪もめの可能性が出てくるでしょ?内輪もめなんかしてたら、すかさず曹操が攻めてくるだろうし…」


「それは…」


(あるあるだな…)


実際に日本史でも、お家騒動で揉めている所に介入して攻略されるケースは多い。



「推測だけど、劉表様は劉琦様を推したいんだと思うんだ。でも今、襄陽は蔡瑁と奥方の力が強くてね。まずそっちを抑え込みたいんだと思う。」


「劉琮様も今ヨイショされまくってて気が大きくはなってるが、元々は兄弟仲も良かったらしいし蔡瑁殿さえ身を慎めばある程度落ち着くとは思うしな」


(そう願いたいものね…)


桜の目にはバカボンボンにしか見えなかったが、伏龍がそう言うのならそうなのかもしれない。



「劉琦様のお母さまは…?」


「ああ、琦君の母君は早くに亡くなられてな。今の奥方は元々側室だったが、後妻として今は正室の扱いだ。」


「なるほど…」


劉琮の母が側室で、まだ正室である劉琦の母が生きているのならば抑止力にならないかと思ったが、亡くなられているのでは仕方がない。



「下手に刺激すると強硬な手段に出るとも限らないから、劉表様も劉琦様も慎重にならざるを得ないみたいだね。

俺も、劉表様に蔡瑁様の弱点を探ってほしいって相談されたし」


(サラッとすごいことを…)


というより、劉備は劉表から、伏龍は劉琦から。

かなり信頼されているようだ。恥ともいえる“お家騒動”を晒せるほどに。


(それだけ今、蔡瑁派の力が強いってことなのかもそれないけど…)



劉備も伏龍も、話しやすい雰囲気で頭もいいから相談相手にはうってつけなのかもしれない。 


劉備が“主ではない”と明言できてしまうくらい、ある種、現金な性格だからこそ、巻き込まれそうになった場合は上手くかわして離脱してくれそうだし。




「強硬な手段ねえ…

まさに、琦君がそれを疑っておられるんすよね」


伏龍の不穏な言葉に意識を戻す。


「…身の危険でもあったんですか?」


「琦君はお優しい方だから、おそらく俺に否定してほしいんだろうが…。

自分の体調不良に理由があるのではないかと疑ってらっしゃるんだ」


「え…」


ずいぶんとオブラートに包んだ言い方だが、その神妙な顔がハッキリと言っていた。



(───毒)


ぞわり、

行き当たった考えに身体が冷える。


握っていた薬の包みから、思わず手を離してしまう。


それだけで、伏龍には桜が察した事が分かった。



「そんなはずないと思っておられる。だから、それも純粋な好意で下さったはずだ」


「でも、先生は…」


劉琦から包みを受け取ってもよいものか迷った桜に、伏龍は口には出さず、唇の形と目だけで“受け取っとけ”と指示した。



「…調べるつもりなんですか?」


「いや、俺らの中に信頼できる薬師はいねえしな…それが何かはすぐに判断できねえ。

でももしも“そう”なら、取引材料になるだろ。少なくとも経路は辿ろうかと思ってな」


「辿った末に、もしかしたら劉表様からのお願いも聞けることになるかもしれないね~」


二人ともサラリと言うが、それはつまり劉琮を後継に推したい劉琮側勢力が、劉琦を害している可能性を調べる──告発するということではないのか。




「…劉備さん、先生、そんなの、関わらないほうがいいんじゃないですか?」


「ハマるつもりはねえよ。だが…」


「そだねぇ。劉琦様のことはお助けしたいよね」


伏龍の視線を受けて、劉備はにっこりと笑った。



でもそれは今まで桜に向けてくれた笑顔と似ているが目の奥の色が明らかに違っていた。


(劉備さんは後継に劉琦さんを推したいんだわ。)


そんな気はしていた。


劉琦は劉備達を信頼している。


劉琦が後継になれば、きっと味方になってくれるだろう。


逆にいえば、劉琮が後継になれば、おそらく新野と芙蓉を劉備から取りあげるだろう。


人柄の面でも、劉琦の方が民を大切にしてくれそうだと思う。




「………」


先入観で見てはいけないが、一度そういう疑惑が浮かんでしまうと、劉琦の母親が死んだことや、劉表の体調不良も、何かあるのではないかとすら思えてしまう。


(…ダメダメ)


何やら冷えた腕を撫でながら頭を振ると、その頭に優しい手のひらが落ちた。




「ごめんね、やっぱりこんな話怖いよね」


する、する、と

優しく労るように頭を撫でられる。


思っていたより顔が青くなってしまっていたようだ。


劉備の顔は気遣わしげに歪んでいた。



(怖くないわけない)



歴史書や物語を読んでいる訳じゃない。


身の回りで実際に起きているのだ。


歴史で起こった暗殺とか謀殺とかを普通に読めていたのは、もうどうしたって変えられない過去だからだし、結局は“対岸の火事”だからだ。



でも、もしかしたら毒を盛られているかもしれない。


目の前で穏やかな笑顔を向けてくれた人が。


自分が今日会った誰かが、毒を盛っているかもしれない。



──怖い。


その対象が、自分じゃなくても。



「劉備さん…」


怖いよね、なんて言うから

怖さを自覚してしまったじゃないか。



「怖いのは、普通だよ。

俺達が無神経だった。ごめんね」


優しく優しく心を労ってくれるから。



ふわり、と頭を引き寄せて

劉備の胸の中に収まる。


その優しく頭を撫でる仕草が、

落ち着かせるように背に回された手の暖かさが、

心に染み込んでいく。



怖いのは毒そのものだけじゃない。


毒とかお家騒動とかが普通に身の回りで起こっているという事実も怖い。


平和な日本じゃないという事実が怖い。


一度“怖く”なると、怖さが溢れ出す。




──でも、

(ここは、あたたかい)



間違いなく、ここは温かい場所だった。


温かい声、温かい手、温かい言葉。




(──劉備さんがいてくれて、よかった)


心からそう思った。


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