9 とつぜんの色香襲来
芙蓉姫の壮絶な人生を知れたのはいいが…
一通り思い馳せてから、考える。
「結局、芙蓉姫の心残りは何か全然分かりませんね」
「分かんねえな」
「むしろ選択肢が増えたような」
「ククッ…困ったことだな」
伏龍は桜がオロオロしているのを見て笑う。
「先生、面白がってません?」
「面白ェだろ。絶対混乱したり、理解出来ねぇだろうと思ってたのにあっさり受け入れてるし。」
「私の人生じゃありませんからね…他人事と思って聞けてるのかもしれませんね」
「…まあ、それもだが。お前、下賜とか人質とか、普通に受け入れてるだろ。女はそういうの理解できねえかと」
「ああ…、歴女だから感覚はおかしいのかも…」
(そうだよね。女の扱い不等すぎるだろ!モノじゃねーよ!!ってキレてもいいよね。今更だけど)
ついつい歴史を紐解く感覚で聞いてしまっていた。
しかしそれが伏龍には面白く映ったらしい。
「レキジョ?」
「あ~…えっと、国の過去…歴史を探求するのが好きな女性のことです」
ものすごく高尚な言い方をしてごまかした。
歴史を題材にしたマンガやゲームに触発されて、偉人を愛でまくったり妄想したりしてます♪とか言おうもんなら変態扱いだ。
物の怪憑きな上、変態のレッテルまで貼られるわけにはいかない。
「ああ、お前学士だったのか。女なのに珍しいな。いや…お前の国では普通なのか?」
(学士…学者さんのことだろうか…。まあ、頷いとくか)
「そうですね。女とか男とか関係なく、教育を受けますね」
「へえ…面白えな。もっと聞かせろよ」
伏龍は箸を置いて、身を乗り出す。
チャラチャラしているが、やっぱり本当に軍師らしい。“未知なもの”を知るのが楽しいというように桜から現代日本のことを聞きたがった。
学校や義務教育などの話をした時は感心したように耳を傾けていた。
食べ終わり話が落ち着く頃には、伏龍は完全に桜の話を信じてくれていたのだった。
「やっぱりここにいた~!」
スパンッと大きな音を立てながら、明るい声がする。
「うげ」
扉の方を見る前に、すでに伏龍は声の主を察してげんなりした顔をする。
「しかも芙蓉ちゃんを連れ込んで!俺の奥さんだぞ~!」
「うわぁ…」
酔っぱらいじゃん…
桜の顔が完全にドン引きしていたのだろう。
声の主、劉備が不満げな顔でまっすぐに桜の方に歩いてくる。
「だめだよ、美人さんなんだから。こんな埃臭い所で。しかも男と2人きりなんて。」
「いえ…2人きりではないです…」
鵬燕の方を目線で示すが、酔っぱらいは完無視だ。
しかも鵬燕に至っては元々消していたのに、更に気配を消した。
完全に空気になっている。
「ふふ、」
劉備が楽しそうに桜の髪の先に触れて指に絡めて玩んだ。
「──…」
芙蓉じゃないし、妻でもないです。
冷静にそう跳ね返すつもりだったのに。
「ほんとにきれいだね…」
酒が入って赤みを帯びた目元に、
気だるげな仕草に、
馨しく艶美な香りが匂い立つほどの色気に、
言葉と視線を奪われる。
甘い麻薬のようなそれに、包まれてしまったかのような錯覚に陥った。
赤くなった顔のまま、制止してしまう。
ツイ…
とその長く美しい指が桜の唇をなぞった時、
えもいわれぬ感覚が背中を襲った。
「ハイハイ、それは流石にダメ」
「…ハッ…!!」
空気を断絶してくれた伏龍の声と、
桜と劉備の間に割り込んでくれた鵬燕の腕がなければ、
(どうなってたんだ、私…!?)
処理しきれない色気の渦に呑み込まれて、キスしちゃっててもおかしくなかった。
意識を取り戻した後も、しばらく激しくなった鼓動や顔の赤みが引かない。
(よ…妖魔か…あの人は…!!)
酔っぱらったら色気を垂れ流す劉備には本気で気をつけようと心に誓った桜だった。
「あーあ、いい雰囲気だったのになぁ」
左手に持っていた酒瓶と、右手で触れていた桜と引き離された劉備は不満そうにぼやきながら白湯を飲んでいた。
「いい大人が何してんすか、マジで」
「だって芙蓉ちゃんかわいいんだもん。それに許嫁だよ?俺だって節操なしに触ったわけじゃないもん」
「もんもん言われてもウザいだけです。それに、コイツは」
「芙蓉じゃないし、婚約も無効です!!」
伏龍たちのおかげでやっと言えた。
が、目が合うだけでぼっと顔に熱があがるから、やっぱり危険だ。この人。
「そうだった。ごめんね、俺ちょっと混乱してるんだよ~」
劉備は素直に謝ってくれる。
年も、立場も、更にはルックスも上の大人が、あまりにも素直に。
そんな真正直に対応されたら、必死に引き締めた険もとれてしまうではないか。
(ほんとにずるい、この人…!!)
魔性の男だ。
結婚なんてしようものなら毎日心配が尽きなさそうだ。
桜は心の中で盛大にため息をついた。
(早くこの無駄に綺麗な顔に慣れないと…)
「まあでも大将が来てくれたんで、だいぶ逸れてた話が戻せますよ」
「ん?何の話?」
劉備は酔い醒ましにと伏龍に渡された果物の皮を器用に小刀で剥きながら聞いた。
(酔っぱらってるのに、きれいに皮剥くなぁ…)
その美しい手つきについ見とれてしまう。
手先が器用なのだろうか、じゃあ夜の方も…
(ってハッ!!!!
だから、色気に引っ張られるな私!
なんという事を考えてんのよ!!)
ついついけしからん事を考えてしまった自分を激しく叱咤する。
さっきから劉備の色気のせいで調子が狂わされっぱなしだ。
無理やり果物の方に意識を向けた。
(あれはキウイ…?
古代中国にもああいう果物あったんだ)
桜がキウイを見つめているのをどう思ったのか、伏龍が桜にもキウイを差し出してくれた。
それを預かって手持ち無沙汰にしていたら、瞬く間に鵬燕が皮を剥いて渡してくれた。
(お嬢様だわ…、芙蓉…)
ありがたいが、無言で秒速で気配もなくバトラーやってくれるの、やっぱり慣れない。
(……っすっ……ぱ!!!!)
超渋いレモンかと思うほど酸っぱい、キウイのような何か。
キウイだとしたら、現代日本のキウイはどれだけ品種改良された甘いものだったのか…
(はあ…酸っぱい…)
しかし、おかげで目が覚めた。
そしてそれは劉備も同様だったようだ。




