オーク「唐揚げにレモンをかけちゃうぞぉ?」 女騎士「くっ!……殺せ!!」
私は唐揚げに何もかけません。
女三人寄れば姦しいと言わんばかりに、今日も井戸端会議に花が咲く。
「マーマ?」
我が子の声すら聞こえぬ程に会話に夢中な母親達。子どもは退屈な時間を虫を追い掛ける事で何とか凌いでいた。
「あっ! トンボでちゅ!!」
それは見事なアゲハ蝶。ヒラリヒラリと子どもの周りを飛び回り、子どもは蝶を追い掛ける。
「あれ?……ココ何処でちゅか?」
そして気が付けば見知らぬ場所へと一人迷い込んでしまった……。
「ママー! ママー!?」
大きな声で母親を呼ぶも返事は無く、テコテコと拙い足取りで駆けずり回るが、一向に見知った場所へと出ることは無かった。
「む、子どもだっぺか?」
「ぴぎゃあ!! オ、オークでちゅ!?」
そこへ一匹のオークが現れました。オークは狩りの帰りで、肩には仕留めた小鹿が乗っていました。
「迷子か? 名前はわがるが?」
「オークに名乗る名前は無いでちゅ!」
「…………」
──ポツ……ポツ……
タイミングの悪いことに、雨が降り出しました。このままでは二人とも濡れてしまいます。
──ヒョイ
「ふぇぇ!?」
オークは無言で子どもを反対側の肩に乗せ、巣穴へと急ぎました。
「な、何という辱め……くっ!……殺すでちゅ!」
「おめ、女騎士の子が?」
「んほぉぉぉぉ!? 何故ママが女騎士だってバレたでちゅか!!」
「ハハ、バレバレだっぺ」
巣穴に付く頃には雨も本降りになり、オークは子どもにタオルを手渡しました。オーク印の柔軟剤が効いたふわふわのタオルです。
「オークの情けなど……クション!」
「風邪ひくど?」
「くっ!……殺すでちゅ」
──ゴシゴシ
オークは優しく子どもを拭きました。そしてヒーターの電源を入れ、子どもの近くへと置きました。暖かい風がヒーターからバンバン出て来ます。
「おやづ食べるか?」
「!?」
ビスケットにホットミルク。食べ盛りの小さな体は食べ物を欲しましたが、小さいながらに理性で抑えようと必死で抗います。
「オークの施しは受けないでちゅ!」
「蜂蜜かけるか?」
「んほぉぉぉぉ!!!!」
子どもの理性は一撃で陥落しました。
──ムシャムシャ!
──バリバリ!!
「うっ! ゴホッ……!」
「ほれ、慌てずゆっくり食え。おかわりあるでよ」
「くっ……! ビスケットには勝てなかった……でちゅ」
その後、疲れた子どもはビスケットを手にしたまま寝てしまいました。
「おっと、寝ちまったべ……」
オークは優しくタオルケットを肩から被せました。
「むむぅ…………オークさん……ビスケットぉぉ……」
「ハハ、夢の中でも食べてるっぺ」
「娘を返せ!!!!」
「……!」
一人の女騎士が勢い良く巣穴へと入ってきました。胸元を大きく露わにした意味の無い鎧を着た女騎士はずぶ濡れで息も上がっており、剣を持つ手は小刻みに震えていました。
「何もしでねぇから、とりあえずおぢづげ。な?」
「オークの言う事など信じられるか!!」
「起ぎぢまうぞ?」
オークは指で子どもをチョンチョンと指差しました。
「……お前一匹か!?」
「んだ……家族は居ない」
オークが濡れた女騎士の為にタオルを取ろうと振り向いた。その背中には大きな傷痕が残っており、それを見るなり女騎士は血相を変えた!
「き、貴様ぁぁぁぁ!!!!」
「……!?」
──ズバァッ!!
「グオォォ!!」
女騎士の剣がオークの背中に更に傷付けました。鮮血が流れオークは地面に跪きます。
「その背中の傷は姉上の仇!! 覚悟!!!!」
女騎士は髪を縛っていた赤いリボンに手を触れました。その昔、女騎士の姉が出陣の際に必ず着けていたお気に入りのリボンです。
「…………殺すならその子の見てない所で殺せ……」
女騎士が子どもに目をやると、子どもはいつの間にか起きており、眠い目を擦りながら不思議そうに女騎士とオークを見ていました。
「マーマ……何してるの?」
「コイツは私の姉を殺した仇! お前もいずれ女騎士を目指すならばしかと見ていろ!!」
「…………」
「ラメェェェェ!!!!」
「!?」
「!!」
子どもが強く叫びました。
「優しいオークさんを殺さないで! きっとこのオークさんにも家族が居るでちゅ!!」
「コイツははぐれだ! 気にすることは無い!!」
「…………家族はとうの昔に殺された。赤いリボンの女騎士にな……」
「な、何だと!?」
女騎士は耳を疑いました。目の前のオークは姉の仇の筈が、姉はこのオークの家族を殺していたと言うのです!
「非戦闘員の一般オークには手を出さない取り決め!! 姉上がそれを犯すなんて……!!」
「お前の姉ともう一人の女騎士が手柄を焦り我が家族を皆殺しにした。俺が帰った時には首を持った二人が家に火を放っていた……」
「そ、そんな……!!」
「俺は怒りで頭が真っ白になり、もう一人を撲殺した。そしてお前の姉にも致命傷を与えると、炎を見て駆け付けた増援を見て俺は逃げ出した。背中の傷はその時お前の姉に斬られた傷だ」
「……あ、姉上…………」
「俺にはもう心残りは無い。殺すなら殺せ。お前には家族が居るだろう?」
女騎士は子どもとオークを交互に見つめました。
「ママッ! ダメェ!!」
子どもがオークの前に立ちはだかり、背中の傷を労ります。
「…………クッ! 私はどうすれば…………!!」
──カラン……
女騎士は剣を落とし、涙ながらに天国の姉を想いました―――
その後、女騎士と子どもは時折オークの巣へと遊びに行きました。
「オークさん遊びに来たでちゅー!」
「おっ、来たなぁ? ちょうちょ取りに行ぐが?」
「うんっ♪」
子どもはすっかりオークに懐き、女騎士もまたオークの優しさに少しずつ打ち解けて行きました。
過去のことを完全に清算するのは難しいけれど、家族を失う悲しみを知った二人だからこそ分かり合える筈。
「いただきまーす!」
「いっぱい食え? おかわりあるでよ」
「はぁい!」
「ほら、おめも遠慮せず食え。酒も飲め飲め」
「……すまない」
今ではオークの前でお酒を窘めるほど距離が近くなりました。
「唐揚げにレモンかけるか?」
「んほぉぉぉぉ!!!! レモン好きぃぃぃぃ!!!!」
「ママ……酔ってる?」
「ゲソの唐揚げはどする?」
「お塩ぉぉぉぉ!!!!」
親子揃ってオークの手料理には勝てませんでした。