テロリストの後始末
「遥香は何をやっているんだ?」
プロトグライドの試験に出たはずの遥香のプロトグライドが、いきなり現れた戦車と戦闘を始めたのを見た荒川は、慌てて遥香に無線で連絡を取ろうとしたが無線は切られているらしく連絡が取れない。
「むう。遥香の奴無線を切ってやがる。飯島、車を出せ。直接行くしか無い」
荒川が横にいた飯島に、そう怒鳴る様に言った。
「ええ! あ、危ないですよ主任。あんな所に生身で行ったら命がいくつあっても足りませんよ」
「うるさい、さっさと用意しろ」
グライドと戦車が戦闘している只中に車で行くと言い出した荒川を飯島は止めようとしたが、荒川は全く聞く気がない。仕方なく飯島は建物の裏手に止めてある車に向かう。
「野口、お前はここに残って俺達の連絡を待て。それと自衛隊の駐屯地本部に連絡を入れたほうがいいだろう」
「それは大丈夫そうです。ほら、あそこ」
野口が指差す先には、オリーブドラブに塗られた自衛隊の車が走っていくのが見える。
「やけに行動が早いな。飯島、俺達も急ぐぞ」
倉庫の前に白いライトバンで乗り付けて来た飯島に、荒川が言う。
「えっ、俺も行くの?」
「当たり前だろう。ほら、早くしろ」
渋る飯島に怒鳴りつけると、荒川はライトバンに乗り込む。嫌々ながらも飯島は、現場に向かいライトバンを走らせた。
コンクリートで舗装された平地を、飯島は猛スピードでライトバンを走らせた。
元々ここは7年前に起こった異星生命体との接触の際、原因不明の爆発で更地となった場所を自衛隊が駐屯地として利用している。
現在、爆発の中心部はコンクリートで固めグライドの試験などで使用しているが、爆発の外周部はまだ手付かずで、荒地となった場所に人が入らない様柵をしているだけである。
テロリストは外周部の道路が作られているが、行き止まりになっている所にトラックを入れたらしい。
荒川達が到着した頃には既に戦闘は終わり、自衛隊の隊員達がテロリストを拘束し連行していた。
現地に着いた荒川はライトバンを降りると、グライドに走り寄る。
グライドは膝をつき、しゃがむ様にして留められていた。エンジンがオーバヒートしているらしく背中のラジエーターが加熱しアラートが出ている。冷えるまでは動かせそうにない。
右腕の油圧パイプが破裂し油が漏れ出しているが、それ以外には特に損傷はない様だ。テロリストの戦車は三台。その内二台は横転し、残り一台は丘陵に突っ込み動けなくなっていた。戦車の砲撃のせいか、あちこちの地面がクレーター状にえぐれている。
「燦々たる有様だなあ」
荒川の後から車を降りた飯島は、辺りを見渡しそう言った。
テロリスト達は銃器を持っていたが、ろくに訓練されてもいないらしく自衛隊の隊員が来た時点でほとんど抵抗もせず降伏して来たらしい。だがテロの首謀者である数人は、まだ見つかっていない。
「遥香は何処だ?」
荒川は遥香を探した。プロトグライドはハッチを開けて留められていたが、中に遥香の姿は無かった。
「遥香ちゃんは自衛隊の方で、報告中みたいですね」
飯島が顎をしゃくる様にして示す先には、数人の自衛官と話す遥香がいた。
「良かった、無事だったか」
「グライドに乗った遥香ちゃんを通常兵器で傷つける事なんて出来ないですよ」
ほっとした様に言う荒川に向かって、飯島がそう話す。
「お、俺は重要機密であるグライドをこんな風に使用した事について言っているだけで、グライドが無事だったか気になっただけだ。そもそも試験運用中の慣性制御器官はまだ不安定な部分があって、確実に働くとは限らないんだ」
「はいはい、わかりましたよ」
やれやれ、おっさんのツンデレなんで何処にも需要はないぞ。飯島はそう思ったが流石に声には出さなかった。
ーーーーー
自衛隊員に今回の事を説明していた遥香は、こちらに向かって歩いてくる荒川達を見つけた。
「ばっかも〜ん!!」
いきなり浴びせられた怒声に遥香は身を竦める。
唖然とする自衛官の間に荒川は割って入った。
「とにかく来い」
荒川はそう言って遥香の腕を掴み、ライトバンまで引っ張って行く。
「ちょちょっと」
遥香は抵抗しようとしたが荒川は歳の割に力が強く、そのままズルズルと引きずられて行く。
「待って下さい荒川さん。まだ報告が終わっていません」
銀縁の眼鏡をかけた背の高い自衛官が荒川を制止した。
「横河か。自衛隊の動きがヤケに早いと思ったら、お前が居たせいか」
横河と呼ばれた自衛官は眼鏡の位置を人差し指でクイッと直すと、荒川に向き直る。
「今回のグライドの試験は生体慣性制御器官の使用は許可されていなかったはずです。いくらテロリストが来たとはいえ、これは大きな情報漏洩に当たります。そう言った点も踏まえて、今回の事件の性急かつ正確な報告が必要なのです」
「報告は後で文書で提出する。だがな横河、お前おかしいとは思わなかったのか?」
「おかしいと言いますと?」荒川の問いに横河は訝しげに答える。
「何故テロリスト達はこんな何もない駐屯地を襲った。グライドに関しては兵器としてはまだ実証実験中であり、世間一般では重要度が低かった筈だ。機密である生体慣性制御器官を抜かしてな」
「テロリスト達は重要機密である慣性制御器官の事を知っていたと…」
「そうとしか考えられんだろう。だとすれば横河、この責任は情報管理が出来ていなかったお前達にある事になる」
横河は少し考え込んでいたが、かすかにため息をつくと荒川に言った。
「わかりました。報告書は後ほどいただきます。ですがあなた方に全く責任がないわけではないのでその事は覚えていて下さい」
横河はクルリと踵を返す。
「撤収するぞ」横河は周囲の自衛官にそう言うと即座に撤収の準備を始めた。
「行くぞ、遥香」荒川も遥香の手を引っ張りライトバンに乗り込む。
「飯島、お前は残ってグライドを回収してこい」
「そう言うと思って野口さんに連絡しておきましたよ」
飯島がニヤリと笑ってそう言う。遠くに砂埃を上げてトラックが近づいて来るのが見える。
「あ、来たみたいですね」
飯島は大きく手を振って野口の乗るトラックを迎い入れた。