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やることは分かっている。あれして、これして、あそこをこうだ。
決して下町で見かけた盛った野良犬どものようにヘコヘコしたりはしない。
いや、今の逸る気持ちのままではヘコヘコしてしまいそうだ。
落ち着け。クラウディアを怖がらせてはならぬ。
落ち着け。落ち着け。紳士たる振る舞いでベッドまでエスコートしなくては。
と考えていたのに、口に出た言葉は
「今日は疲れたであろう。私は少々この本を読んでおきたい案件がある。先に休んでくれ。」
と思ってもないことを口にしていた。しまった。と後悔しながらも取り繕うために「んんっ!」と咳払いし、持っていた法律書をパラリとめくる。
いくつの呼吸分の時間が過ぎただろうか。全くの動きを見せないクラウディアを、どうした?と目線を向けると思いもよらない彼女の様子にギョッとした。
クラウディアの瑠璃色の大きな瞳からポロポロと大粒の涙が流れていた。
「ど、ど、どうしたっ。な、泣いているのかっ?な、な、何があった!?」
慌てるアレクシスに対して返ってきた言葉は意外なものだった。
「ア、アレクシス殿下は、私のことをそこまでお嫌いですか?」
「っ!? 何を言っている?嫌いなはずなかろう!」
クラウディアがポロポロと止め処なく涙を流しながら言うには、王族としての義務でもある初夜さえも相手にして貰えないようでは、生家のエレフィエント侯爵家に顔向け出来ないとか、
喜んで貰おうと婚礼衣装の意匠を何度も何度も、一流の工房と打ち合わせを重ねた自慢の出来栄えだったのに、かけていただいた言葉は「人目に晒せない」だったとか、
今までの夜会に一緒に参加した時のドレスも一度も褒めて貰ったことがなく「目立ち過ぎる」「露出をもっと無くせ」と言われて、上から下まで厳しい目で見つめられ、
最初の一曲だけを踊ると直ぐに馬車に乗せられて帰されていて、ほとんど社交ができなかったとか、
例え嫌いで一緒に居たくない、大事にされない婚約者だったとしても、せめて初夜だけでも義務として寵愛をいただけると思っていたと。
アレクシスは今までの己の所業に頭を抱えた。