第9話 異世界に召喚された少年は決断する(なし崩し的に)
魔に魅入られた者、魔族。
自分を助けてくれたこの女性は、自分がそうだと言う。
でも、ならどうして自分を助けてくれたんだろうか。
「今の話が本当なら、あなたは魔族なんですよね。そんな人が、なんで僕を助けてくれたんですか?」
「ん、なんというか、一種の気の迷いみたいなものだよ。」
「気の迷いですか……」
そう言い、女性は柔らかに微笑んだ。
この人は、そんなに悪い人なのだろうか。
なんとなく、違う気がする。
「ところで、君はこれからどうするつもりだい?」
女性は僕にそう問いかける。
「僕は、どうにかして元の世界に戻るつもりです。自分のいた世界……日本に。」
「……そうか。しかしどうやって元の世界に戻るつもりなのかな?」
「魔法について、調べてみようと思います。」
自分はきっと魔法でこの世界に召喚された。
なら、元の世界に戻るための魔法だってあるはずだ。
「魔法はあまり勧めはしないな。だが、どうしてもと言うなら教会を頼るといい。」
なんで魔族なのに魔法は勧めないんだろう。
でも、協会かぁ……。
人を殺してあんな騒ぎを起こしてしまった以上、自分はもう追われる身であると思った方がいいだろう。
そんな人間が協会を頼ったところで、すぐ拘束されるのがオチだ。
「あの、実は……」
僕は、これまでに起こったことを説明した。
この世界に召喚されてすぐ、大魔王の攻撃で気を失ったこと。
シエルさん達に助けられ、この近くの街に移動したこと。
そこで暴漢に襲われたこと。
そして、人を殺したこと。
森に逃げ込み、この家にたどり着いたところまで。
「君は、この短時間でなかなか壮絶な人生を歩んでいるね。」
全ての説明を終えると、女性に苦笑される。
「しかし、色々と理解したよ。おそらく君がまだ気付いていないことも。」
「僕の気付いていないこと……?」
「君、もう人間じゃないよ。」
僕はもう人間じゃないらしい。
……ちょっと意味がわからない。
「すみません、ちょっと意味がわからないです。」
「まあそうだろうね。君は魔法のことも、魔石のことも、なにも知らないのだから。」
確かに、自分はなにも知らない。
魔石なんか今初めてその名前を聞いたぐらいだ。
「君に教えてあげてもいいよ。魔法のこと、魔石のこと、そして君の体のこと。」
「……!ぜひ、お願いします!」
なにも知らない自分にとって、願ってもみない提案だった。
ここで知る機会を逃したら、次はいつになるかわからない。
「ただし、条件がある。」
「なんでもします!」
「この家に住んで、私の身の周りの世話をしなさい。」
「え……」
いやそれはちょっと……。
魔法のことを教えてくれるのはありがたいけど、それは元の世界に帰るためで。
こんな綺麗な女性の家に住むのは、それは素晴らしい提案ではあるんだけど……いやいや。
「その、さっきも言った通り、僕の目的は元の世界に帰ることです。この家でずっと暮らすのはちょっと……。」
「協会も頼れない君が魔法の知識を得るには、この手段しかないと思うけどね。」
それは確かにそうだ。
今自分が頼れる人は、目の前の女性しかいない。
「それに、永遠にここで暮らせと言っているわけじゃない。必要な知識が身につくまでの間だけさ。」
「いや、それにしてもですね……」
女性の家に住むという、ある意味最大の問題が解決されない。
こちとら思春期だぞ。そこらへん諸々配慮してくれるのか。
健全な男子として、その要求は断固として受け入れるわけにはいかない!
僕は、覚悟を決めたぞ。
女性はそんな自分の姿を見ると、ニヤリと笑う。
「さっき、なんでもします!といった気がしたが。」
「うっ……」
「そもそも私は君の命を救った恩人じゃなかったか?」
「あっその……」
「あぁ、君に食事を分け与えたせいで、今日私の食べる分が無くなってしまったなぁ。」
「あっあっ……」
「あの……これからよろしくお願いします。」
僕の覚悟は10秒で砕け散った。
まるで倒された魔物の体のように。
「ああ、よろしく頼むよ。それと、まだ自己紹介がまだだったな。」
女性は心底満足そうな顔を浮かべ、言う。
「私の名前はキリカという。これから、末永くよろしく。」