第8話 異世界に召喚された少年は人生の意味について悟る
食べられない黒い石に絶望してから、およそ3日がたった。
途中で水場を見つけ、水分補給は行うことができた。
しかし、食料はまったく見つからない。
どんぐりのような木の実が落ちていたときは歓喜したが、割って中を食べると渋くて食べられたものじゃなかった。
そのくせ魔物は、この3日の間に5匹は見た。
食べられない生き物に興味はない。
なのに向こうは自分に興味深々のようで、目が合うと襲ってきた。
そうして襲ってきた魔物を黒い閃光を使い倒すと、例外なく体が砕け散る。
5匹の内4匹は、最初に見たシカ型の魔物で、残りの1匹はイノシシ型の魔物だった。
イノシシ型の魔物を見つけた時は少し期待をしたが、シカ型と同じく倒すと体が砕け散った。
そうして3日も過ごすと、空腹という感覚はとうに無くなり、ただただ体の重みだけ残った。
もう、餓死してしまうかもしれない……。
死ぬくらいなら、そこらに生えているキノコを食べてみるというのも手かもしれないな。
青黒い、見るからに毒を持ってそうなキノコしか生えてないけど。
ゾンビのような足取りで森を進んでいくと、少し開けた場所に出た。
森の中で、まるでここだけ穴が空いたかのようになっている。
これまでの草に覆われた道とも言えない道とは違い、草があまり生えていない。
木も生えておらず、あるのは切り株のみ。
というか、家がある。
まさかこんな森の中に家があるなんて思ってもいなかった。
家があるということは、人がいる?
人がいるということは、食料がある?
食料があるということは、餓死しなくて、すむ……?
ゆっくりと、家に近付く。
足取りはゾンビだが、頭の中は食欲という名の希望が詰まっている。
家まであと5mほどというところまで近付くと、家の扉がゆっくりと開き、1人の女性が怪訝そうな顔をしながら出てきた。
「人……!」
人……人だ……!
食べ物だ……!
食べることしか考えていないゾンビみたいな足取りの人間が「人……」と言いながら向かってくる。
それはもう10分の10ゾンビだ。
怪訝そうな顔をするのもわかる。
でも、もう取り繕うような余裕は自分にはない。
「食べ物を……ください……」
絞り出すようにそう言うと、女性は納得したような、それでいて呆れたような顔をして言う。
「家に入りなさい。」
……
…………
生き返った。まさにこの言葉に尽きる。
さっきまでの自分は死んでいた。
人は、食事をとるために生きているんだと悟った。
食事をとるために産まれ、食事をとるために勉学に励み、食事をとるために働き、食事をとるための賃金を得る。
人は産まれてから死ぬまで、生きている限り食事をとることからは逃れられないのだ。
ならば人が生きる意味は、食事にこそあるのだ。
「本当に、ありがとうございました。」
この家に存在する食料を食べつくす勢いで食べ、久方ぶりに満腹になった後、お礼を言う。
「いや、いいよ。というか、あんな状態の君を放置して家の前で死なれた方が困る。」
そりゃそうだ。
それでも、目の前の女性は、自分の命を救ってくれた恩人に他ならない。
「もう何日も食べてなくて、死にそうだったんです。僕に出来ることは少ないですが、なにかお礼をさせてください!」
「いや、まあお礼なんていいんだが。……それより君、私の瞳を見てなにか思うことはないのか?」
瞳を見て、というのがよくわからないが、どういうことなのだろう。
女性の顔をしっかりと見てみる。
年齢は20代後半くらいの年齢だろうか。
化粧はほとんどしていないのだろうが、それでもなお目を見張るほどの美人だった。
目や鼻、口といったパーツが全て整っており、緩やかに流れる黒髪からは神秘的なオーラを感じる。
背も高く、まるでテレビで見るモデルのようだ。
そして、肝心の瞳について。
見ると確かに、普通の人とは明らかに違う瞳をしていた。
『アースアイ』
少し前に読んだ小説で出てきた言葉で、虹色に輝くような瞳のことをそう言うらしい。
虹色といっても本当に7色あるわけではないが。
女性の瞳は、以前調べた時に見たどの画像よりも綺麗で、虹色に輝くような瞳をしていた。
「ええと……虹色に輝いてて……き、綺麗な瞳ですね……?」
「は……?」
女性はおかしなことを聞いたように、すっとんきょうな声を上げる。
どうやら女性が求めていた答えとは違ったみたいだ。
「君は、なんだ。産まれてからずっと森で過ごしてきたとでも言うのかな?」
「違います……あの、どういうことなのかよくわからなくて……。」
「わからない?」
「実は、僕は最近この世界にやってきて……召喚者、というらしいです。」
自分が召喚者であると告げると、女性はこれまで出会った人々とまったく同じ反応を見せる。
それと同時に、どこか納得したような表情をした。
「召喚者……なるほど、道理でこの瞳を見ても何も反応しなかったわけだ。」
「それは、どういうことでしょう?」
女性の言っている意味がわからず、説明を促す。
「この世界には、魔法が存在している。それは知っているかな?」
「はい、知っています。」
「魔法は、大きな力を持っている。その力は当然、生活を豊かにすることもできるし、使い方次第では人を殺すことすらできる。」
「は、い……わかります。」
魔法の力については重々承知している。
なにせ、その力で自分は人を殺してしまったのだから。
女性は続ける。
「この世界にはね、悲しいことだけど、そういった魔の力に魅入られて、自分の魔力を高めるためにどんなことでもしてしまう人たちがいるんだ。」
「どんなことでも……?」
「窃盗に人殺し、人体実験や生贄、他にも色々。そういう、魔に魅入られた人々のことを、この世界では“魔族”と呼ぶ。」
“魔族”
そう聞くと一般的には、魔物がもっと強くなったような存在を想像するが、違うらしい。
この世界の魔族はなんというか、マッドサイエンティストに近いのだろう。
元々人間だった人が、強すぎる力に触れ、壊れてしまう。
その結果生まれるのが、この世界の魔族……。
「そして、魔に魅入られると。魔族になると、共通してある身体的な特徴が発現する。」
「特徴?」
「瞳の色が変わり、虹色の虹彩を持つようになる。……つまり、私は魔族なんだよ。」