第3話 異世界に召喚された少年は世界について知る
ここはハルモニア。
僕が住んでいた日本とは違う、それどころか同じ地球ですらないらしい。
まさしく、これまでとは異なる世界。
圧倒的な非現実に途方にくれながらも、あることに気が付く。
「そういえば僕、黒い閃光のようなものに貫かれて……あれはいったい……」
「それは……、大魔王の閃光魔法“エクスペイション・レイ”だよ。あなたは、それで……」
「お前は“エクスペイション・レイ”で大怪我を負い、意識を失った。そしてシエルの治癒魔法で回復した。それだけだ。」
大魔王、閃光魔法、治癒魔法……気になる単語が会話を飛び交う。
しかし今は、もっと大事なことがある。
シエル、さん。それが自分の命を助けてくれた女の子の名前。
「シエルさん、僕の命を助けてくれて、本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません。」
「う、ううん、私は褒められることなんて、なにも……ごめんなさい。」
先ほど謝り倒したことに対する意趣返しだろうか。シエルさんが謝罪の言葉を口にする。
「こいつのことはもういい。それよりも、目的は達成したんだ。街に戻るぞ。」
「は~い。キミもとりあえずついてきなよ~。」
エルギアが冷たく突き放すように発言し、歩き始める。
僕を含めた4人は、エルギアについていく形で歩き出した。
道中、気まずい空気が流れる。
しばらくお互い無言で歩いていると、ふいにリドエラが小声で話しかけてきた。
「ごめんね~、エルギアとゴルドはあんまりキミのこと気に入ってなくてさ~。特にエルギアは。アタシはそんなに宗教に固執してないし、どうでもいいんだけど~。」
「あ、いえ、その、大丈夫です。」
エルギアに嫌われていることは薄々気が付いていたし、あまり気にしていない。
実際、道中何度か侮蔑のような目を向けられることがあった。
ゴルドも、というのは意外だったが、上手く隠してくれているのだろう。
「あの、まだしばらく歩くんですか?」
「ん~、あと1時間くらいかな~。あそこ、結構遠いんだよねぇ~。」
1時間。結構な道のりだけど、歩けないことはないか。
それからしばらく、荒野の中をひたすら歩いた。
日本のように舗装されているわけもなく、赤い土と石の上を歩き続けるのは思っていたよりも体力を使う。
しかし、エルギアはおろか、一見か弱そうな見た目のシエルさんですら顔色を変えずに歩き続けているのを見て、弱音を吐くわけにもいかない。
僕は歩いている間、リドエラにこの世界のことについて聞いてみた。
するとシエルさんも話に加わり、色々なことを教えてくれた。
まず、自分のこと。召喚者について。
この世界では、自分のような異世界(彼女たちは異界と言っていた)から召喚される者は珍しいらしい。
文献では、大体200年に1度くらいの感覚で召喚者が現れたという記録があるが、なぜ現れるのか、未だに原因は不明らしい。
そして、少なくとも文献の中では、この世界から異界に逆召喚?した実績は無く、その方法もわからないということだった。
次に、4人のこと。
彼らは、大魔王と呼ばれる魔物の王を討伐するために集まったそうだ。
いわゆる、勇者パーティというわけだ。
勇者エルギア
古の勇者の血を引く、勇者の血統。
生まれた時から、いつか来たる大魔王との闘いに備え、修練を積んでいたらしい。
そして1年前に大魔王が現れたとき、各地より仲間を集め、遂に大魔王を打ち倒した。
まさに英雄だ。
聖者シエル
唯一神ハルメア様を信仰する宗教のシスターで、たぐいまれな魔法の才能とその信仰心から、次代の大司教候補とまで呼ばれていたらしい。
そしてその魔法の才能を買われ、エルギアと共に大魔王討伐の旅に出ることになったそうだ。
協会にある膨大な文献にも精通しており、召喚者についてもシエルが教えてくれた。
ちなみにリドエラがシエルの説明している間、恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしてうつむいていた。可愛い。
堅者ゴルド
元々ヴァルカン商会という組合に所属していたところを、エルギアにスカウトされたそうだ。
見た目の屈強さとは裏腹に、魔法も巧みに操る技巧派らしい。
身長がやけに低いのは、人間ではなく、ドワーフという種族だかららしかった。(エルギア、シエルは人間だ)
隠者リドエラ
「さいきょ~ぷりてぃ~なチームの要、リドエラちゃんだよ☆」とは本人の弁。
実際、勇者の血を引くエルギアと劣らないほど強いらしく、戦いの際は先陣を切って敵をなぎ倒すらしい。
その正体は鬼族の中でも特に身体能力が高いヴァンパイア。
背中の羽や尻尾、コスプレかと思ったら自前だったんだ……。
そして、自分が召喚されたときに目の前にいたバケモノ、大魔王のこと。
大魔王とは、今から1000年前に出現した、強大な力をもつ魔物のこと。
その圧倒的な強さにより、バラバラに活動していた当時の魔物・魔族たちが結集し、王と仰いだことから、大魔王と呼ばれるようになったそうだ。
当時の人間やドワーフなどの種族が一丸となり、討伐寸前まで追い詰めたものの、すんでのところで転移魔法を使われ、逃げられたらしい。
当時の人間たちが転移魔法の残滓を調べたところ、重大な事実が判明する。
その転移魔法は、通常の、場所を移動するだけの魔法ではなく、大魔王の特殊な魔力を利用した、未来へ移動する時空間魔法だった。
そこで勇者の血統は、いつか転移されてくる大魔王の討伐のために、代々力を磨いてきたのだという。
大魔王は1年前に再びこの世界に出現し、今回ようやく討伐することができたのだ。
「それって、とんでもない偉業なんじゃ……」
「そうだよ~。この1000年間の悲願!だから、とんでもないことだよね~。」
リドエラはあっけらかんと言う。
「まあ、1000年前の勇者サマたちが相当痛めつけてくれてたおかげで大分楽できたからね~。1年かかったとはいえ、実はそんなにとんでもないこと!っていうほどでもないんだよ~。」
「そ、そういうものなんですか。」
「おい、もうそろそろ着くぞ。凱旋だ。少しはしゃきっとしろ。」
そう言ったエルギアの方を向くと、確かに建物らしきものの集まりが見えてきた。
エルギアに言われた通り、背筋を伸ばして、自分なりにしゃきっとしてみる。
ゴルドがこちらをちらりと見てため息をついた気がしたが、きっと気のせいだろう。
この世界にきて、自分にとっても初めての街だ。
この4人と一緒とはいえ、見知らぬ街に足を踏み入れる。
緊張から、普段とは違う汗を背中にかくのを感じた。