大切なひと
『―――……そうだね。
ぼくが驚いたんだ。
ティオールがぽつりと呟きました。
顔はうつむいていますが、身体は絵にむけたままです。
『ルーシュ、きみはユリシアに……
ティオールはユリシアを見上げました。
『……ユリシアに、似てるんだ。
『―――え?
『髪の色も違う。
瞳の色も違う。
けれども、きみは―――……。
ゆっくりと、ティオールはこちらへ身体をむけます。
『昨夜夢をみた。
ぼくらは幼なじみで、小さな頃からよく一緒に遊んでいた。
子どもの頃の夢だ。
視線をユリシアからルーシュへとさまよわせました。
『昔のユリシアだ。
ぼくの記憶の中の……。
こんな夢、ひさしくみていなかった。
懐かしかったよ。
しあわせだった。
楽しかった。
『目が覚めて、ユリシアが好きだったバラを見にいったんだ。
『そうしたら窓辺にきみが見えた。
ユリシアがいるのかと思ったよ。
夢の続きをみているのかと思った。
ティオールの視線は、ルーシュの後ろにユリシアをみているようです。
お互いをみつめているはずなのに、ティオールの心にはルーシュが見えていないのです。
ルーシュは身震いをするような気持ちを味わいました。
ふと視線がからみあったように感じました。
ティオールは我にかえりでもしたかのように目をおよがせ、そしてもう一度ユリシアを見上げました。
『目元が同じなんだね。
それから声も……、よく似てる………。
『あの……、それで―――……、その………ユリシア……は?
ルーシュは迷いましたが、遠慮がちにそっとききました。
ティオールはユリシアに目をやったまま、黙っています。
やはりきかない方がよかったのでしょうか。
『―――……もういない。
死んでしまったんだ、ずっと昔に。
『こんなこと……、きみにきかせるような話じゃないな……。
ティオールはひたいに手をあて、大きくため息をつきました。
『ごめんね。
今日一日をすごして、やっぱり思ったんだ。
きみはユリシアに似ている……。
ルーシュはなにを言ってよいのかわかりませんでした。
ただ目の前で泣いてしまいそうに立ち尽くしているティオールが心配です。
『ごめんなさい。
わたしがこのお部屋の額が気になってしまったから……。
見たいなんて言わなければよかったんだわ!
『それは違う!
ぼくが勝手だったんだ!
ユリシアに似てるきみを、……この絵の隣で見てみたいと……思ってしまったから………。
ティオールの声はだんだんと小さくなっていきました。
そして近くのソファにもたれるようにして座り込んでしまいました。
『……絵ときみを見て、思ったんだ。
きみはユリシアじゃない。
わかってるはずだったんだ……。
『似てる……だけ………だったから………。
ルーシュは気がつきました。
きっとティオールは記憶の中のユリシアとだけではなく、もう少しはっきりとくらべたいと考えたのにちがいありません。
だからこうして一緒に額を見にきたのでしょう。
けれどもルーシュはやっぱりルーシュです。
ユリシアとまったく同じではなかったことが、目の前で確認できてしまったのです。
『きみにはとんでもなく失礼なことをした。
怒ってくれていい。
本当に、申し訳なく思ってる。
ごめんね……。
ソファにこしかけ、膝の上に立てた肘で頭を支えた姿が、ひどく落ち込んでいます。
ルーシュはティオールの隣にそっと立ちました。
どうしてよいのかわからなかったので、金色の髪の毛をなでつけながら自分が怒っていないことを伝えました。
『ティオールにとって、ユリシアはとても大切な人なんでしょう?
わたしは気にしてないから、大丈夫よ。
大切な人のことを教えてくれて、ありがとう。
ルーシュは懸命にティオールを慰めました。
ティオールが顔を上げました。
『ルーシュ……。
………ありがとう。
どうにか無理にでも笑顔をとろうとしたのか、ティオールは顔をくしゃりとゆがめます。
ルーシュはもう少しだけ、ティオールの金髪をなでました。
『……ルーシュ、ぼくはもうしばらくユリシアといたい。
先に部屋を出ていてくれるかな……?
ごめんね。
『ユリシアに、弱虫な夫になってたことをあやまらなくちゃならないからね
ティオールはやっとほのかな笑みを浮かべます。
ルーシュは髪をなでつける手をとめ、小さくうなずきました。
『ルーシュ、おやすみ。
部屋をあとにするとき、ティオールが声をかけてきました。
振り向けば笑顔のティオールがいます。
もう心配はいらなさそうです。
『おやすみなさい。
ルーシュも笑顔をかえして自室へとむかうのでした。




