人間との食事
ティオールはルーシュのために、すぐになにもかもを用意しました。
ルーシュの部屋も服も、屋敷の使用人に命じて全部用意してくれたのです。
もちろんルーシュのバラをいける、かわいらしい細身の青い一輪挿しも用意されました。
一輪挿しを用意してくれた、ふっくらとした体格のお手伝いさん、リディがバラをいけてくれようとしましたが、ルーシュはほかの誰かに触らせるのがなんとなく嫌で、自分で一輪挿しの中にさしこみました。
リディはそんなルーシュをやわらかくほほえんでみていてくれました。
『早く咲くといいですね
ルーシュはバラが一日に一度咲くことを知っています。
だから、青い一輪挿しにおさまったバラからは目を離さないで、ちょっとだけ頷きました。
リディは全部の用意がすむと、何か用事があればなんでも自分や他の使用人に声をかけるように話して部屋をあとにしました。
『ルーシュ!
気にいってもらえた?
リディがいなくなってすぐに部屋の扉がノックされ、ティオールがやってきました。
さっきの土埃だらけの作業着と違って、今度はきちんとアイロンのかけられた白いシャツを着ています。
髪の毛もぼさぼさではありません。
くしでなでつけられてつやつやしています。
すてきな男の人です。
ティオールは窓際におかれた飾り棚の上に、あのめずらしいバラが座り込んでいるのをたしかめました。
『ほんとうはぼくの部屋に飾りたいくらいなんだけど……。
このバラはどうやらルーシュにはとっても大事なバラらしいからね。
だけどこうやって見に来るくらいは許しておくれよ。
ティオールはルーシュを振り返ると、片方の目をぱちんと一回またたいてみせました。
『じき食事の時間だ。
マールに……、うちの料理人にはりきるように言っておいたからね。
きっといつにもましてとってもおいしいよ。
『そうだルーシュ、きみ好きなものは?
いまからは間に合わなくても、明日は作らせるよ。
なにが好き?
ルーシュはちょこっと首をかしげてからこたえました。
『リドのスープ。
『リド?
ティオールは聞いたこともないようです。
それはそうでしょう。
ルーシュは悪魔の世界の料理しか知りません。
リドは悪魔の世界にしかない植物の実なのです。
赤黒いスープで、黒い木の実を煮たものですが、人間の世界にはありません。
ティオールにわかるはずはないのです。
『木の実なの。
ころころしてて、ほっこりしてるの。
ティオールにはますますわかりません。
『マールに聞けばわかるかな?
ぼくは料理は専門外だからね。
ティオールは『ははっ!』と短く笑いました。
とはいってもマールもリドがなにかなんて知りません。
だって人間の世界の料理人ですからね。
さて、その晩の食事はとてもすばらしいものでした。
ルーシュには初めて食べるものばかり。
リドのスープにも負けないくらいおいしい、白くてとろとろのスープもすてきでしたが、なにより食後のデザートとしてでてきたジェラートというものが最高にすてきでした。
甘くて冷たくて、口の中でするりととけていったあとは、さわやかな果実の香りが残るのです。
あんまり気にいったので、おかわりもしました。
ティオールはうれしそうでした。
『どうしてそんなににこにこしてるの?
ルーシュは聞きました。
『うん。
ぼくは誰かと一緒に食事をとるのが、ほんとうにひさしぶりなんだ。
そうしたら、こんなにかわいい女の子で、とてもおいしそうに食べてくれる。
それがうれしいんだ。
そう言ってふふふっと笑いをもらしました。
ルーシュはなんだか心の中がむずがゆくなるのをかんじました。
そうして、人間ってこんなことでうれしくなるんだなとちょっと感心したのでした。




