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バラ園にて

鏡にぶつかると思った瞬間、ルーシュは目をとじました。


けれども何事もなかったようです。


そっと目を開け、後ろを振り返りました。


なにもありません。


いいえ、見事に咲いたバラ園があります。


大きくはないけれど、よく手入れがなされています。


赤だけではありません。


白や黄色と、いろんな色と大きさのバラが盛大に咲き乱れています。


ルーシュはみとれました。



『きみ、だあれ?



ふと、バラ園の中からよくとおる男の人の声が聞こえました。


ルーシュはバラの生垣の中に声の主をさがして目をこらしました。


少しこんもりと咲いた黄色いバラのむこうから、作業着を着た背の高い男の人が歩いてきます。


男の人は笑顔です。


頭にかぶっていた布を取り払うと、でてきた髪は太陽の光をうけて明るく金色に輝いているけれど、ぼさぼさで、ちょっとだけ土埃も混じっているようです。



『どこからきたの?



にっこりしながらルーシュの前にしゃがみ込みました。


ルーシュはなんと言ってよいかわかりません。


黙ったまま、首を横にふりました。



『コレ、とっちゃった?



青い瞳の目をいたずらっぽく細めてくすりと笑いをもらし、ルーシュの握ったバラを指先でちょんと触りました。


ルーシュは慌ててもう一度大きく首を横にふりました。



『うん、そうだね。

ぼくはこんなつぼみのつくバラなんて育ててないからね。



男の人は不思議そうな顔をしました。



『よく見たら、ぼくの知らないバラのようだよ。

きっとよほどめずらしいバラなんだ。



ルーシュそっちのけでバラの枝から葉っぱから、とげもつぼみも全部興味深げにしげしげと見回します。


ルーシュは胸元にささげているバラを後ろに隠してしまいたいと考えましたが、なんだか悪いことをしていたように思われそうで、そうはできませんでした。



『きみ、どこの子?

お家を教えてよ。

そのバラが植えてあるところをみたいんだ!

うちからとってきたんでしょ?



ルーシュはなんと言えばよいのでしょう。


人間は悪魔をこわがっているときいたことがあります。


本当のことを言えば、どんなことがおきるでしょうか。



『うちからじゃないの。

ここへくる途中、花売りのおばあさんが一本だけあまったからってわたしにくれたの。

おばあさんはすぐにどこかへ行ってしまったわ。

咲いてるバラがみたかったらここへ行きなさいって。

ここのバラがとても綺麗だからって教えてくれたの。

だから………。



ルーシュは言葉が続きませんでした。


無理もありません。


王様に急に人間の世界に行くように言われて、なんにも準備をしていなかったのですから。


けれども男の人はバラ園がほめられたことに気をよくしたようです。



『そっか!

ぼくのバラはまちでも有名なんだよね。

そのバラの株がどこにあるのかわからないのは残念だけど、でもつぼみはここにある。

きみ、このバラ、ぼくにくれない?

かわりにぼくのバラならたくさんあげるから。



男の人はすっくと立ち上がると両手をひろげ、あたりのバラをぐるりとさししめしました。


とんでもないことです。


だってこれは悪魔の王様の力がこもったバラなのですから。


ルーシュの命をつなぐバラです。



『明日もここにくるから、それじゃダメ?



バラが花開いたとき、ルーシュがキスをする前に少しだけみせればきっと大丈夫なはずです。



『明日か……。

こんなに固くて小さなつぼみだからね。

明日どころじゃ開かないと思うんだけど……。



男の人は思案げです。


しばらくバラのつぼみとルーシュとをかわるがわる見比べていましたが、急にパッと表情が明るくなりました。



『そうだ!

きみ、その花が開くまでうちにいなよ。

そうすればぼくはきみがうちにくるかどうかとか、その花がいたんでダメになっちゃわないかなんて心配をしなくてすむ。


『大丈夫だよ。

フェイロングの屋敷に泊まるって言えば、きみのおとうさんもおかあさんも安心して送り出してくれるよ。



『……フェイロン…グ?



男の人はきょとんとしました。



『きみ、ここがどこか知らないで入りこんじゃったの?



ルーシュはこくりと頷きました。


男の人は目をまるくして、それから大きな声で笑い出しました。



『あはは!

それは失礼したね。

ぼくはティオール。

ティオール=フェイロング。

このまちの一番のお金持ちさんだよ。

趣味のバラの世話にばかり一生懸命になってる、ちょっとした変人らしいんだ。



ティオールはまだくすくすと笑いをもらしながら



『そしてまち一番の慈善家ってことだからね。

うちにいるのならきみのお家のひとも心配することはないはずだよ。

なんならぼくが一緒に話しに行ってあげるよ。

きみが嘘をついていると思われちゃいけないからね。



ティオールはいまにもルーシュの家へ行きたそうに立ち上がりました。


大変です。


ルーシュの家は悪魔の王様のお城です。



『ううん!

おとうさんもおかあさんもいないの。



ルーシュは急いでこたえました。


ティオールの顔が曇ります。



『おじいさんか、おばあさんか誰かと暮らしてるの?



ルーシュはますます困ってしまって、黙ってティオールを見つめ返すしかありませんでした。



『ひとり?



ルーシュはバラを握る手をこわばらせ、ゆっくりと視線を落としました。


ティオールが一歩ずつ近づいてきます。


顔をみることができません。


すぐそばまでやってくると、ティオールはルーシュの頭にふわりと手をのせました。


ルーシュはびっくりしてしまって、肩がピクリと動きました。



『ごめんね。

ぼくはきみがひとりだなんて知らなかったんだ。



ゆっくり腰をおろすと、もう片方の手をルーシュの肩を包むようにのせてきます。


とてもあたたかい手です。



『きみさえよければ、ぼくのうちにずっといてくれていい。

こんな小さなきみをひとりにさせておくなんて、ぼくにはとても考えられないんだ。



ルーシュは今日いろんなことに驚きましたが、これが一番の驚きでした。


だって、名前も知らない見ず知らずの女の子の世話を申し出たのですから。


ルーシュはティオールの顔を恐る恐る覗き込みました。


やっぱり嘘を言っているのかもしれません。


けれどもティオールはうかがうルーシュのひとみをまっすぐ受け止め、ほのかな笑顔をうかべています。


ほんとうのことなのです。



『いいの?



ティオールはにっこりしました。



『いいんだ。

ぼくに二言はないよ。

ぼくがいいと言えばそれでいいんだ。

きみのお家は今日からこの屋敷になる。

それだけのことさ。



うんと頷いて



『決まりだ。

きみは今日からここで暮らす。


『じゃあ、ひとつどうしても聞いておかなきゃならないことがあるよ。



ルーシュはドキンとしました。


なにをきかれるのでしょう。



『きみの名前は?

いつまでもきみなんて呼んでたんじゃ、仲良くなんてなれないからね。



ふふっと笑うティオールに、つられてルーシュにも笑みがこぼれました。



『ルーシュ。

ありがとう、ティオール。



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