戸惑いと理解の中にあるゆらめき
思いの溢れるままに自身がリリアであることを伝えてしまいましたが、ルーシュはそこからなにをどう説明したらよいか見当もつきませんでした。
ただひたすらにティオールの目を見詰め、とにかくどうにかして自分の知っていることを明らかにしたいと、焦れば焦るほど唇は震えるばかりです。
悪魔の王様の話をしてもいいのでしょうか。
天使の話を信じてくれるでしょうか。
すべて話したところで、ティオールはルーシュを許してくれるのでしょうか。
そこで、ゆらいでいたティオールの瞳がぐっとひきしまり、ふと笑みをこぼしました。
ルーシュの胸もとにつかまっていない方の手が、そっと頬に添えられました。
『ルーシュ、ぼくはきみがとても不思議な子だってことをよく知っている。
きみは一生懸命隠していたけど、ぼくは……、ぼくたちは気が付かない訳にはいかなかったんだ。
ルーシュは目を見開きました。
『少なくとも、リディもなにかに気付いてる。
もう片方の手も、胸もとからそっと移動してルーシュの頬をふわりとくるみこみます。
大きくてあたたかいてのひらです。
『ぼくは怖かったんだ。
きみの不思議をきみに直接きいてしまえば、もしかしてどこか消えていなくなってしまうんじゃないかって。
だからずっときけなかった。
ティオールは、ルーシュとお互いの額を擦り合わせるように軽くあててから、まだほのかに熱をおびたおでこに小さな口づけを落とし、もう一度身をおこしました。
『最初は本当に、ただ庭に迷いこんだだけのお嬢さんかと思ってた。
けれどもきみは確実に上流の生活を知っている、慣れている。
それなのに、こんな小さな女の子の行方がわからなくなっている話なんて、噂すらかけらもないんだ。
右手がさらりとルーシュのおでこを撫で、また頬へともどりました。
ルーシュはそれに合わせてまぶたをぱちりとまばたきました。
どんな顔をしてよいのかわかりません。
それでも、ティオールの瞳はそんなルーシュをやさしく映しこんでいます。
『それから……
ティオールは一瞬伏し目がちに視線をそらしましたが、ちらりと青い一輪挿しのバラに目をむけ、そうしてからルーシュに再び向き直り、続けました。
『きみが大事にしているあのバラ。
いつまでもみずみずしいつぼみのままだ。
ルーシュは息をのみました。
そうです。
あのバラは初め、ティオールがとても気にしていたものでした。
いつの頃からか口に上ることもなくなり、ルーシュがひとりでこっそりと水替えのお世話をしてきました。
いつか知れてしまうかもしれないと、あんなに怯えていたのに。
忘れていた訳ではありません。
それでもどこかで、もうティオールはこのバラに興味をもつことをやめて、すっかりどうでもいいもののように扱ってくれているのかもしれないと、密かに小さく期待していたのです。
『……ご…めんなさ……――
『いいんだ。
目を閉じて首を横に振り、ティオールはルーシュに最後まで言わせませんでした。
ぱっとまつげをひらめかせ、ティオールはなおもルーシュにほほえみをむけます。
『ぼくはきみがここに居てくれさえすればいい。
バラはきみのものだ。
どんな不思議を抱えていたっていい。
だって、きみ自身が不思議な女の子なんだから。
時折ルーシュの頭を撫でつけながら、ティオールはにこにこと語ります。
『さて、きみがリリアだって話、きみはまだうまく説明できないようだ。
そうだろう?
ルーシュは少し考えましたが、小さくこくりと頷きました。
『うん、いいよ。
実のところぼくもまだちょっと心の準備ができていないかもしれない。
『無理はしなくていい。
こんな熱をだしたんだ。
きっときみはものすごく大変な気持ちだったんだ。
ルーシュとティオール、二人のおでこが再度こつんとふれあいました。
額が離れた後はもう一度軽くキスがふれました。
『そう、無理をしなくていい。
きみが話せるようになったらあらためて話を聞こう。
その時にはぼくもきっと心の準備をすませておくから。
ティオールは片目をちょっとだけつむりました。
青い瞳がルーシュの目の前で揺らいでまたたきます。
『さあ、今度こそきみは眠るといいよ。
ぼくが邪魔をして起こしてしまった。
目が覚めたら、きっと今よりも元気になっているから。
いかにも大切なものから離れるのが名残惜しいとでもいうようなティオールのてのひらがルーシュの頬を撫でさすり、しなやかで艶々しい黒い髪をさらりとすくい落として静かに離れようとしました。
ルーシュはその手をひきとめるように自分の腕をのばし、どうにか指先をつかまえることに成功しました。
どうということもありません。
つい、ティオールにここから去ってほしくなくて、勢いのままに手をとってしまいました。
仕方がないのでルーシュはそっとティオールの指を握った自分の手を顔に引き寄せ、頬ずりをしました。
『ティオール、きっと、全部話すから。
しばらく……、待ってて。
そう言って指を離します。
ルーシュから放たれたティオールの指はあらためてルーシュの頭を撫でると、ぐいとばかりに掛布からはみ出していたルーシュの腕を柔らかい動きでしまわせ、寝具から腰を浮かせました。
『きみの言葉がまとまるまで、きっと待ってる。
だから、安心して、早く元気になるといいよ。
そう言い残して、ティオールはルーシュの部屋を後にしたのでした。




