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愉悦のひとひら

夜があけました。


ルーシュのバラは、今日の朝も早くから素晴らしい香りをまとっていました。


ベッドに横たわるルーシュをいざなうべく、心を絡めとるほどに甘い芳香をただよわせています。


ルーシュはきしんで重たいからだを無理矢理に起き上がらせました。


バラへの口づけはルーシュの命をつなぎます。


そう、いつものとおり。


バラはいつものとおりです。


窓辺の飾り棚の上の青い一輪挿しで背筋よくのびあがって、ルーシュの口づけを今かと待ち受けています。


違っていたのはルーシュでした。


ともすれば足をひきずってしまいたいほどのずしりとした重みが、ルーシュの全身におおいかぶさっていました。


ゆるりゆるり、ずるりずるりと飾り棚をめざします。


ほんの数歩の距離はうらめしいばかりにすぐそこなのに、簡単には近づいてきません。


けれどもとまらぬ歩みにとうとうのこと、ルーシュはバラの元へとたどり着きました。


飾り棚の上に両手をついて、脱力してしまいそうなほどの全身を必死で支えます。


目の前のバラは真っ赤なドレスを見せびらかすかのように、香りをまとってルーシュを誘います。


ルーシュは熱を帯びて熱い息をのどの奥から小さくはきだし、それから次の呼吸をのみこむように一瞬とめてまぶたを閉じました。


そっと深呼吸をします。


息をはくのと同時に目を開けて、バラを見詰めました。


赤いバラ。


美しく咲き誇っています。


ルーシュは紅梅のくちびるにきゅっと力をいれて閉じ、絡みくる香りが胸の奥底まで届くのを感じ取りました。


抗いきれません。


バラはルーシュを求め、そしてルーシュもやっぱりバラを求めているのです。


バラのドレスの縁に、ルーシュはくちびるを寄せました。


ひらり、はらりと花びらが散り落ちて消えてゆきます。


ルーシュは涙をこぼしながら、それを理解しました。


バラの花びらのひとひらひとひらに、いろいろな思いがこめられていることを。


卑屈であるがゆえの驕り。


掌中掌握という幻想からの自棄落胆。


達成による達観。


切望、自堕落、高揚、絶望、不屈不退転の意思、屈服、……。


これは、いのちなのだわ…。

悪魔が愉しんで、かりとってきたいのち……。


わたしの心が悦んでいる。


わたしの心が哀しんでいる。


わたしのからだを流れるのは王様の魔力。


わたしのからだを支えるのは天使のちから。


このからだは、……誰のもの?


リリア、ルーシュ、わたしは……、誰………?


細い腕はもう小さなからだすら支えていられません。


音を殺すように、ゆっくりと床にくずおれてゆきました。



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