房咲きのバラ
二人でひとしきり笑い合ったあと、ティオールはしばらくバラ園をわたる風に心をあずけるように、東屋のベンチにこしかけたままぼんやりしました。
ルーシュはというと、そんなティオールの隣でなんとなく足をぶらぶらさせて、いろんな色のバラを見るともなしに眺めています。
ルーシュが悪魔の王様の城でみていたバラは赤黒いものばかりでした。
ルーシュのバラも、城のものほど濃くはありませんが深紅で赤いものです。
ここには本当にいろいろなものが植わっていて、眺めるだけでも楽しめます。
『ぼくはこんなに笑えるんだったんだね。
思い出したよ。
『ずっと、ただ毎日をやり過ごすばかりだったような気がする。
明日が楽しみな毎日なんて、もう二度とこないと思ってたんだ。
腰の後ろ側に両手をひき、腕と肩で身体を支えるように座ったティオールが、ふとひとりごとのように語り始めました。
『バラはユリシアが好きだった。
彼女にいろいろ教えてもらったよ。
ぼくはバラを愛でて世話をするユリシアの姿が好きだったんだ。
だから教えてもらうふりをして、ユリシアのことをいつも見ていた。
目を閉じて、なにかを思い出しているようです。
ルーシュは黙って、ティオールが話すのを静かにきいていました。
『ユリシアはね、このバラみたいなひとだった。
東屋には二種類のバラが絡まっています。
そのうちの一つ、東屋を支える五本の柱のうちの一本にからみ、そのままかけ上がるように屋根の三分の二程を覆うバラを視線で指し示しました。
房のように連なって咲く、薄いピンクの花です。
風にそよぐ薄手のストールをやわらかく幾層と重ねたような花びらが、外側にむかってふんわりと広がるようにたおやかな姿をみせています。
淡い甘さのある香りをほのかに感じられるので、東屋にいると、ちょっとした風が吹き抜けるときにほんのりと鼻をくすぐるように漂っていくのでした。
『こんなふうにきれいで、控えめで。
でもやっぱりぼくのそばでいつも笑ってくれていた。
こうして日陰を作ってくれるみたいに、心が強くてやさしくて。
『あの日もここでユリシアのことを考えてたんだ。
ティオールが『姫君の物語』を初めて読んでくれた朝のことでしょう。
窓辺のルーシュがユリシアのように見えたというあの日のことです。
バラ園からはルーシュの部屋の窓が、遠めですがよく見えます。
『きみの部屋をたずねる理由をさがしたよ。
ふふっと苦い笑いをもらしてルーシュをちらりとみやりました。
『あれはユリシアの好きな話なんだ。
もう一度バラを見上げ、そして目をとじました。
『あのお姫さまは自分なんだって。
竜の神様のおかげでうまれかわれたお姫さまとおんなじで、ぼくに出会えてしあわせだって。
姫君の物語。
わがままなお姫さまが、お姫さまの国の神様の怒りをかい、遠くの竜の国に放り出されます。
そこで出会った竜の神様に恋をして、自分だけではなくすべてのしあわせをのぞんでいくようになっていくお話でした。
ルーシュは今もティオールに読んでもらってはいますが、自分でもどうにか読みすすめて、最後まで目をとおしていました。
『ぼくは竜の神様みたいな素晴らしいひとじゃないし、そもそもユリシアはわがままでもなんでもないんだけどね……。
そう言ったらユリシアはにこにこしてたよ。
お姫さまみたいに、とくべつに大切なひとを見付けることができたからって。
本当は自分はとてもわがままなのよって。
ティオールのまなざしはルーシュに笑顔をむけました。
『きみのおかげでしあわせをくれるユリシアのことをたくさん思い出せた。
ぼくはとてもしあわせだったんだ。
ユリシアはぼくのしあわせを願ってた。
忘れちゃいけなかった。
すいとティオールの腕があがり、ルーシュの頭はあたたかい手に包まれました。
『ぼくもユリシアのしあわせを願ってた。
今はなにもできないけど、いつかユリシアのもとへいったときに、たくさんのおみやげになる話をしてあげたい。
『ユリシアは姫君の物語をぼくらのこどもに読んできかせるんだって言ってた。
きみは、そうじゃないけど。
でもユリシアに似てる女の子に読んであげたんだよって伝えたら、きっと喜んでくれるんじゃないかな。
頭にのった手が軽やかにぽんぽんと弾みました。
『ティオールはユリシアがとても大切なのね。
ティオールの目がぱっと見開かれました。
そしてふっと笑うと
『きみはかしこいね。
それから、やさしい。
もう一度ルーシュの頭をゆっくりとなでました。
『ありがとう、ルーシュ。
ティオールは大きく息を吸い込むと、すくと立ちあがりました。
『よし、片付けをして、マールに美味しいごはんでも催促しにいこうか!
にんまりと笑うと、花殻を摘んでいた道具をまとめているところへ戻っていきました。
ルーシュもベンチから立ちあがりましたが、ふと自分の部屋の窓へ目をやりました。
なにもかわりなく、陽光にきらめく窓ガラスが見えるだけです。
きっとルーシュのバラも、かわらずかたいつぼみをたたえていることでしょう。
『―――……おとうさま………。
わたしはどうして死んでしまったのかしら―――……。
そっと呟きました。
わたしも、わたしを大切に思う誰かがいてくれたのかしら……。そう考えながら、ティオールの手伝いを始めるのでした。




