王様のバラ
ある日悪魔の王様は思いました。
天使の心と、悪魔の心の両方をもつ人間をつくってみよう。
そこで王様はうまれてほどなくしてしんでしまった人間の子どもをさらってきました。
悪魔の心をもたせるのは簡単です。
自分と同じ心の種を植えてやればいいのですから。
さて、問題は天使の心です。
どう考えたって、悪魔なんかに天使の心がわかるわけはないのです。
ましてや自分は悪魔の中の悪魔、王様なのですから。
考えたすえに、王様は天使を一人つかまえてくることにしました。
つかまえた天使を心の種にしてしまえばよいのです。
王様は自分で天使の一人をつかまえて心の種にし、王様の悪魔の心と一緒に子どもの中に植えました。
そうして子どもは悪魔の王様のもとですくすくと育ちました。
背中のまんなかまでまっすぐにのびた黒い髪の毛。
くりっとまるい少しだけ茶色がかった、やっぱり黒いひとみ。
白い陶磁器の肌をふんわりと赤くいろどる頬に、きりっと結ばれた真っ赤なくちびる。
さらってきた子どもはかわいらしい女の子でした。
子どもはルーシュと名付けられ、毎日王様にかわいがられます。
王様はルーシュが笑うと喜びました。
ルーシュが悲しい顔をすると喜びました。
『どうして?
ルーシュは聞いてみました。
『お前が悪魔の喜びを見出だすのが楽しいのだ。
『お前が天使のあわれみを見出だすのが楽しいのだ。
まだまだ小さなルーシュにはよくわかりませんでした。
そうして小さなルーシュが人間でいう十歳になった頃、王様は小さなつぼみがひとつだけついた一本のバラを差し出して言いました。
『ルーシュ、人間の世界をみてくるがいい。
お前の身体はもともと人間のもの。
うまれた世界がどんなものか、お前の目でたしかめてくるのだ。
人間の世界。
話には聞いていましたが、これまで一度だって行かせてもらったことはありません。
ルーシュは嬉しいとも、おそろしいとも思いました。
『ただし、ルーシュ。
お前は人間の世界ではすでにしんでしまっている。
私の力から離れてしまうと途端に魔力が途切れ、お前がお前でいることはできん。
王様はルーシュの手に葉っぱがいくつかとつぼみがひとつだけついたバラの枝をそっと握らせました。
『このバラは私の力で花開く。
一日に一度、開いたバラにお前のそのくちびるを触れさせよ。
王様がそう言うと、固く閉ざしていたつぼみがはらりとほぐれて赤いドレスをひろげ、鼻の奥に甘い香りをからみつけてきました。
くらりと心をくすぐるめまいに驚くルーシュの手を、王様は軽くおしこみました。
くちびるがバラの花びらに触れます。
『ああ……っ!
ルーシュは小さく悲鳴をあげました。
ルーシュのキスをうけ、バラは可憐な花びらをひとひらひとひら色を失いながら散らしていきます。
その花びらは地面に触れるより先に、空気にとけて消えてゆきました。
こうして落ちてゆく花びらを一心にみつめるルーシュのひとみからもまた、ひとつぶひとつぶの涙がぽろぽろこぼれます。
どうしてだかわかりません。
けれども王様にはわかっているようです。
すべての花びらを落としたバラの枝は、さっき小さなつぼみをつけていたところにまた新しいつぼみをつけました。
ルーシュの涙もとまりました。
それをみて王様は満足そうに頷くと、ルーシュを王様の部屋の大きな姿見の前に連れていき、
『ここから人間の世界へと行くことができる。
戻ってきたければそのバラにそう言うとよい。
いつでも戻してやる。
『さあ、自分のうまれた世界をみてくるがいい。
鏡の中には悪魔の王様の隣で小さなバラを両手で握りしめて肩をぎゅっとよせた女の子が、心細そうにルーシュをみています。
『心配はいらぬ。
お前はいつも私の手の中だ。
お前がお前である限り、私はお前を守り続けよう。
王様は腰をかがめて耳元で囁くと、ルーシュの背中に手を添え、ぐいと力をこめて押し出しました。
こらえきれずルーシュは鏡に体当たりするようにぶつかっていきましたが、なんの手応えもなく、とんとんとんっと足は簡単に前に進んだのでした。




