叔父さん、なろう作家デビュー
2015年3月
私は新たな趣味の一環として、『小説家になろう』への投稿を始めた。
書き始めたきっかけは何だっただろうか?
小説家になろうを知ったきっかけは覚えている。結婚し、子供も出来た私はいつの頃からか、お小遣い制度という不思議な制度を導入され、趣味に費やす資金に限りが出来たのがきっかけだったと思う。
色々な作品を読む内に、私も書いてみようかな? でも、書けるかな? と悶々と悩み、とりあえず書いてみよう、と言うのがきっかけだったかもしれない。
こうして私は処女作――『ジェネシスオンライン』の執筆を開始した。
小説を書くのは人生で初めてだ。今までの人生で、数々の書籍を読んだし、数々のなろう作品は読んだ。でも、読むのと、書くのは全然違った。頭の中にストーリーは出来ているのに文章に出来ない。最初の一文字が何も思い浮かばない。
結局、私が最初の一文字を書いたのは、執筆する媒体――スマートフォンとにらめっこを開始してから1時間が過ぎた頃だった。
その頃の私は読者と言う存在を全く意識していなかった。あくまで、自分が楽しむための執筆だった。だから、私はジェネシスオンラインと言うゲームをプレイする主人公のソラになりきって執筆を始めた。
執筆は楽しかった。自分の考えたゲームをプレイしている感覚に近かった。気付けば、私は8時間ほどぶっ通しで執筆をしており、投稿した話数は5話ほどになっていた。
一息付いた私は、ある疑問が脳裏に過ぎった。
無数にあるなろう作品の中で、こんな文章とも言えない私の作品を読んでくれている人はいるのだろうか?
私は、インターネットを駆使してPV数を知る方法を調べた。
――!
投稿開始から10時間。総PV数は――86。ユニーク――17。
私は驚いた。こんな作文のような作品を17人も見ている!?
有頂天になった私はジェネシスオンラインの世界へと再び飛び込むのであった。
◆
ジェネシスオンラインを投稿してから3日後。
仕事が終わった私はいつも通りにスマートフォンを操作して、小説家になろうのホーム画面を開く。
――!
『感想が書かれました』
赤字で書かれた見慣れない文字。
私は緊張しながら、画面に映った赤い文字をタップした。
画面には好意的な感想が表示され、私は温かい気持ちに包まれた。(余談となりますが、4年以上昔の話ですが、今でも初めて感想をくれたユーザー様のお名前は覚えていますw)
その後、感想は1週間に1回くらいのペースで貰え、PVも徐々にあがり……1日200~300まで増加しました。
◆
2016年3月
私の運命を左右するメールが届いた。
記念受験の気持ちで気軽に参加していたコンテスト――『MFブックス&アリアンローズ新人賞 第1期』 佳作受賞のお知らせ。
心臓の鼓動が加速する――
嬉しさの感情よりも驚きの感情が私を支配する。
「どうしたの?」
嫁が心配そうに声を掛けてくる。
「え、いや……えっと、何て言えばいいんだ? ジェネシスオンライン書籍化するよ!」「……え? 詐欺メールじゃない?」
喜びと驚きの感情に支配された私に掛けられた嫁の言葉は辛辣だったのであった。
半年後
出版社からも許可も貰った私は、初めて嫁と子供以外の人に私の作品が書籍化されること伝えることにした。
伝えると言っても、そもそも私が『小説家になろう』を利用していることを知る人も嫁以外にいない。説明は非常に困難を極めた。
最初に報告する人は決まっている。父と母だ。
私は実家へと向かった。
私は受賞した旨が記載されているホームページと、書籍の発売日が記載されている書籍紹介ページを駆使しながら、父と母に報告をした。
母は素直に祝福の言葉を贈ってくれ、父は「……そうか」とだけ答えた。(後日知ったのですが、実は喜んでいた父は色々な人に私の作品のことを話したみたいで、あっという間に色んな人に伝わっていましたw)
父と母への報告も終わったので、実家で夕飯を御馳走になることにした。
すると、タックがひょこっと姿を現した。
「あれ? 叔父さん来てたんだ!」
「おう。ちょっと、父さんと母さんに報告があってな」
「へぇ」
「タック聞いて、叔父さんの書いた本が今度本屋さんに並ぶのよ」
タックと軽い挨拶を交わすと、母が嬉しそうに私の書籍化の話をタックに告げる。
「へぇ。凄いじゃん。どんな本なの?」
「漫画みたいな小説だよ」
「ラノベ?」
「まぁ、そうだな。一応レーベル的には大人のエンターテインメントノベルというジャンルだな」
「要は、ラノベでしょ?」
「……そうだな」
「で、作品のタイトルは? 僕が買ってあげるよ」
タックが私に問い掛ける。
「『ジェネシスオンライン』ってタイトルだな」
「……え?」
私は作品名を答えると、タックの表情が固まる。
「ん? どうした?」
そんなに変なタイトルか? 私は心配そうにタックに声を掛ける。
「ジェネシスオンライン……?」
「そうだな」
「え? マジ!?」
タックが興奮し始める。
「マジだ。ってか、どうした?」
「叔父さんって――ガチャ空なの!?」
タックの興奮した叫びを聞いて、今度は私が固まる。
「なんで、その名前を知っているんだよ……」
「いや、だって……俺『小説家になろう』読んでるし!」
「は? マジ? ってか、それでもそんなに有名な作品じゃないぞ?」
「ソラが主人公の作品だよね? 俺はとみみが好きだな」
マジかよ……。本当にタックは読者だよ……。
俺はあり得ない偶然に言葉を失ってしまう。
興奮するタックに、言葉を失う私。
『小説家になろう』は私が想像していた以上にメジャーだった。