第1話
灼熱の太陽に熱せられたアスファルトは僕がその場に立ち止まることを許してくれない。
靴の底材を貫通して熱が足裏まで到達してしまうからだ。
それでも今は気にせず立ち止まり、ビルに囲まれた狭い空を仰ぐ。
「第4新都市の気温は、二日連続で最高記録を更新しました。外出の際は水分補給などをこまめに行うようにして熱中症を予防しましょう。」
「先日、第2新都市で発生した毒ガス流出事件について政府は正式に謝罪会見を行いました。」
「やはり何らかの組織による計画的犯行というのが妥当でしょう。しかしそうなると政府の信用はもう無いようなものでしょうね。あくまで事故であるというのが初期の発表でしたからね。今更会見をしたところで…」
「いよいよ明日に迫った国際平和維持促進会議からの脱退を決定した中国連邦国では新たな政権が発足し、政治体制が大きく変更され、周辺国の警戒が強まっています。」
第4新都市の中央部とも言えるこのスクランブル交差点には多くの人間が信号が変わるのを待っている。
僕もその一人である
ビルに設置された大型モニターからは複数のニュースが同時に放送されている。
放送されているニュースはどれも僕の耳には届いても頭にまでは届かない。
なぜなら僕の頭の中は別のものでいっぱいになっているからだ。
声
女の声
僕を声呼ぶ声
誰の声なのかはわからないが記憶のどこかに、頭のどこかに引っかかる声
柔らかく、しかしはっきりとした芯を持ったその声に僕の脳内は支配されている。
「ねぇ、私だよ?…覚えてない?」
耳からではない。
この声は頭の中に直接語りかけてきている。
「私だよ。名前は………」
瞬間、溶けかけていた意識が覚醒する。
「…アッツ‼︎」
その途端、熱さに堪らず足を片方ずつアスファルトから遠ざける。
周りの人間が怪訝そうに一瞬こちらを見る。
地面の熱さに堪え兼ねてるのはどうやら僕だけのようだ。
僕の履いている靴は地面からの熱には対応などしていないが、この地域では断熱仕様の靴が一般的らしい。
周りに軽く頭を下げながら信号機を見るとまだ青にはなっていない。
ずいぶん長い間あの声に意識を奪われていた気がしたがと思いつつ、信号が変わるまで出来るだけ足裏に熱が伝導しないように努力した。
そうこうしていると後ろから女性が、僕を抜かして横断歩道を渡る。
ハートの形をしたピアスをしたその女性は、僅かにこちらの方を向き、何かをつぶやいた。
聞き取ることはできなかったが、僕に向かって言ったように見えた。
「青です。青です。」
機械音声がそう発声した瞬間、僕は後ろに並んでいた老人に軽く突き飛ばされる。
「通行の邪魔だよ。どいてなさい。」
転ぶまではいかなかったが、結局次々と歩いてくる大人たちに揉みくちゃにされることになった。
流石にあの老人に対して何か言ってやろうと思ったが、通行人の波に飲まれ見失ってしまった。