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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編(ホラー、パニック)

世界にゾンビが溢れても、うちだけは安全だ

作者: くまのき

 A氏は、ある妄執に取りつかれていた。


 突如ゾンビが世の中に氾濫した場合、どうやって対処しようか。


 子供の頃から、そればかり考え続けて来た。

 きっかけは、とあるゾンビ映画に感銘を受けてだった。それ以降、様々なゾンビ作品を見続けた。

 学友が遊びに誘っても、ゾンビ映画を見るからと言って断った。


 映画やドラマ鑑賞だけに留まらず、現実にゾンビが現れた場合の想定までやり始めた。

 ゾンビ襲来に備えるべきだと提案し、皆に馬鹿にされる。その度に喧嘩になり、


「僕は間違っていない」


 と意固地になる。

 そのせいで友達は少なかったが、それは幼き頃のA氏にとって問題にはならなかった。


 大人になり、さすがに人前でゾンビ対策を論ずる事は無くなった。

 だが、その考えを捨てたわけでは無い。





 A氏は才覚と運を兼ね備えていた。つまり、金持ちな大人になったという事。


 その稼いだ金の使い道が特殊だった。

 贅沢をするわけでも無く、貯金するわけでも無い。

 A氏はその資産全てを、自宅改装に費やしたのだ。


 無論ただの一軒家では無い。

 何重にも扉を連ねる門と、更にそれを外部から守る分厚いシャッター。

 敷地を囲む、飛び越える事が不可能な程に高く分厚い壁。その壁のいたる所に無数の監視カメラ、そして遠隔操作可能な銃火器。

 屋根には太陽光発電装置。

 それは家と言うよりも、要塞に近かった。ゾンビから家主を守る要塞だ。


 外装だけでなく、中も充実している。


 まず一番大切な物は、当然食料。

 大量の水と保存食を、巨大な冷蔵倉庫に備蓄している。地下には畑まである。

 A氏一人だけなら、百年は食べ物に困らない計算だ。

 勿論A氏はこれから百年生きるつもりなどは無い。不死身のゾンビになるつもりも無い。要は、寿命まで食料には困らないという事。


 次に、この要塞を維持するためのエネルギー。電力だ。

 先程言及した屋根上の太陽光発電だけでは、心もとない。化石燃料による発電装置を、要塞の一区画に作った。

 そして原油を倉庫に大量保管。原油から各種燃料を生成する、個人宅としては大袈裟すぎる設備も地下に併設。

 この国でそのような設備を個人が持っていて、許されるのかどうかは分からないが、どうせゾンビが大量発生すれば違法ガソリン生成を取り締まる国家権力も機能しないだろう。

 この発電設備により、電力も五十年は安泰だ。食料のように百年は無理だが、しかしそれでも充分な期間である。


 更に武器。

 先程説明した建物周囲を守る銃火器の他、建物内の要所要所にも大量の武器を設置した。

 拳銃、散弾銃、ボウガンのような飛び道具が多数。錆びや経年劣化も考慮し、単純な鉄の棒なども一応準備する。

 当然弾丸の予備も大量に保持。メンテナンス道具や、試し打ち用の射撃場も完備。

 武器とは少し違うが、ダンプカーやショベルカー、フォークリフト等、特殊な車両も用意した。

 いつ何が必要となるか分からない。そのために免許も取った。


 そして娯楽。精神状態を正常に保つため必要になる。

 大量の本。小説や漫画だけでなく、頭の体操のため数学書も用意。

 映画にドラマ。それを鑑賞するためのシアタールーム。テレビゲームも出来る。

 スポーツ、トレーニング器具も設置。



 以上の要塞を、町中から離れた人家の少ない場所に、とんでもない大金を費やして作った。

 何故そのような場所を選んだかというと、土地の安さもあるが、人気ひとけの無い場所の方がゾンビの量も少なくなるに違いないと考えての事だ。

 本来なら更なる山奥に建てたかったのだが、それでは今の生活が犠牲となる。妥協できる場所を探し、ここになった。


 辺鄙へんぴな場所にそびえ立つ豪邸として、土地の人々から噂となる。

 しかし、まさか内部に大量の食糧、武器、原油を蓄えたシェルターだとは、誰も思わなかった。

 さすがに近い親戚の中には、A氏の資産の使い道に勘付く者もいた。当然忠告に来る。それも内心馬鹿にしきった目で。しかし、


「これは趣味です。あなた方が釣り具やゴルフセットを買うのと何も変わらない。ただ私は、趣味に費やす事が出来る金を沢山持っているだけだ」


 と言って全員追い払った。時には強固な態度に出て、ついには絶縁状態となる。

 しかし何も気にする事は無い。元々あの親族どもはA氏の財産のおこぼれが目的だったのだ。


 口では趣味であると言ったが、この要塞作りはとうに趣味の枠を超えていた。

 それにA氏も心の中では、これがただの趣味であるとは思っていない。

 A氏はこの要塞がいずれ必要になると考えているのだ。

 狂人と思われるため言わなかったが、それを自分自身承知の上でもなお、この要塞が身を助ける時が来ると信じて疑わなかった。

 自分は間違っていない。根拠は無いが、そう確信していた。





 そして、その日は来た。





 A氏が住む町の場合は、こうだった。


 夕刻、とある地下鉄駅内。突然一人のサラリーマンが隣の男性に噛み付き、その肉を喰らった。

 首を噛みちぎり、抵抗する腕をもぎ取り、腹を突き破り内臓を引き出す。辺りに赤い血と白い脂肪、黒い消化物が撒き散らされた。

 駅内は大騒ぎとなる。悲鳴を上げる者、嘔吐する者、気が遠くなる者、いち早く逃げ出す者。だが一番多かったのは、興味本位の野次馬だった。

 駆けつけた警官が、食人行為を止めようとサラリーマンを抑え込む。

 しかし最初に喰われたはずの男性が起き上がり、警官を襲い、殺して、喰らった。


 そこで野次馬達もさすがに身の危険を感じ始めた。一斉に逃げ出そうと出口に向かい、人の波が渋滞を起こす。

 最後尾の人間が被害者となり、次の加害者ゾンビになる。

 その連鎖は地下鉄駅内に留まらず、立ち所に野外へと広がる。


 瞬く間に、町はゾンビだらけになった。


 このような悲劇が、世界中で同時多発した。

 何が原因なのかは分からない。生物兵器か、魔術か、はたまた異次元からの侵略か。追及する間も、推測する間さえも無かった。

 ただ現実として世界は、なすすべも無くゾンビに支配されたのだ。





 腐臭がする。

 A氏は帰宅中の車中で、その異変に気付いた。

 丁度窓を開けていたため、まずは嗅覚で感じ取る事が出来た。


 次に視覚。町から多少離れている場所を走っていたA氏は、一旦車を停め、持ち歩いていた双眼鏡で市街地を見た。

 町中で人が襲われている。しかも、喰われている。

 悲鳴を上げ逃げ惑う人々。

 それをゆっくりと、唸りながら追いかける人型の怪物。肌が赤黒くただれている。顔色も悪い。まるで死人のようだ。

 最初は目を疑った。しかし、長年ゾンビ襲来の事ばかりを考えていたA氏。素早く事態を把握出来た。


「ついに来たか」


 そう呟き、車を再び走らせた。

 スピードを上げる。制限速度を遥かに超えていたが、それを取り締まる者は現れなかった。


 自宅近くを一体のゾンビが歩いていた。近くの農村民だろうか。

 色々と思う所はあるが、車のアクセルを深く踏み、思いっきり轢いた。

 ゾンビはボンネットに当たり吹き飛んだ。体が腐っているのか、衝撃で簡単に手足がもげた。

 首もあらぬ方向へ曲がっている。そのまま動かなくなった。

 車のボディもへこんだが、気にしている場合ではない。


 自宅に辿り着く。

 周りを見渡し他にゾンビがいない事を確認し、車から降りた。

 用心のため、先程のゾンビの血肉には触れないようにする。

 急いで自宅シャッターを開け、車ごと中に入り、すぐに再びシャッターを閉じた。

 こうして、無事要塞へと辿り着く事が出来た。


 A氏はまず、体中を消毒した。

 ゾンビ発生の原因が感染する類の物であるかどうかはまだ分からないが、念を入れるに越したことは無い。

 次にコップ一杯の水を飲み、テレビをつけた。どうやら、世界各地でゾンビが猛威を振るっているらしい。

 各国政府は対策に乗り出したと言うが、ニュースから具体的な策をうかがい知る事は出来なかった。おそらくまだ何も決まっていないのであろう。

 ともかく、その対策とやらが功を奏すまでの数日、数ヶ月、はたまた数年間。A氏は、この要塞内に籠城する事になるのだ。


 夜も更けて来た。

 A氏は監視カメラの映像で、要塞四方の様子を確認する。

 人里から離れているためか動いているゾンビの姿は見えない。

 先程車で轢いたゾンビが一体だけ、微動だにせず横たわっているままだ。

 どうやら首が折れると死ぬようだ。元々人間なのだから当然と言えば当然なのだが。


 ともかく、実際にゾンビが発生してしまった。

 これは改めて確認する必要も無い、純然たる事実であった。

 そしてA氏はこの日のために、多大なる準備を整えていたのだ。


「やはり、私は間違えていなかった」


 A氏はそう言って、高揚した精神を落ち着かせるように水を一口飲んだ。


「子供の頃私を馬鹿にしていた者達は、一体今何を思っているだろうか」


 真面目に話を聞いていれば良かったと、後悔しているだろうか。

 それともゾンビから逃げるのに必死で、過去を思い出す暇も無いだろうか。


「もしくは、とっくにゾンビの仲間になってしまっているかもな」


 その日は早く寝る事にした。

 興奮した心を必死に静め、布団に入る。





 翌朝、電気の供給が止まっていた。要塞内の発電機を稼働させる。

 テレビは全てのチャンネルが受信不可能となっていた。そもそもの電波が来ていない。ラジオもノイズのみ。

 どうやら国中のあちこちが、早くもゾンビに支配されてしまったらしい。


 監視カメラで家の周りを確認する。

 車で首を折ったゾンビは、昨夜のまま横たわっていた。

 一晩あのままという事は、もう完全に死んでしまったらしい。

 つまりゾンビは不死身の存在というわけでは無い。その点は安心した。


 他にゾンビはいないか。

 カメラ画像を拡大すると、数百メートル先の田畑に数体のゾンビを確認できた。

 近隣住民達のなれの果てだ。腐った体を引きずるようにし、虚ろな目で彷徨っている。

 彼らがこの要塞付近へ迷い込む恐れもあるだろう。


 A氏は、外壁に備え付けられている銃を遠隔操作した。

 散弾、機関銃と様々な種類の銃火器を用意しているが、今回使うのは狙撃銃だ。

 一体のゾンビに狙いを付け、弾を放つ。軽い銃声。大きな音は出ない作りにしている。

 銃弾は見事頭部に命中し、ゾンビは倒れた。


 仲間が急に倒れても、周りのゾンビ達は顔を向ける事も無く、我関せずと歩き続けている。

 銃声も聞こえなかったらしい。こちらを意識した様子は無い。

 次々と狙いを定め、撃っていく。

 監視カメラで見える範囲のゾンビを殲滅する事が出来た。


「やれやれ。まずは一息ついたな」


 A氏は誰に言うわけでもないが、そう呟いた。

 これからの孤独な籠城生活における精神安定を計る為に、独り言を口にする機会も増えていくだろう。


 その日は、モニターに映る監視映像を凝視しながら過ごした。

 次の日もその次の日も。三日間ずっとモニターの前にいた。たまに動くゾンビの姿が見えると狙撃する。

 ゾンビ発生という事態を心待ちにしていた一方、やはり実際こうなると不安で仕方が無い。

 周囲を監視し続ける事で、心の不安を取り除いた。


 四日経つと多少余裕が出て来た。

 新たなゾンビは丸一日やって来ていない。

 元々少ない近隣住民たちは、新鮮な人肉を求めて町の中心街の方へ向かったのだろうか。

 この要塞に大挙して来る様子は無い。とりあえずここは安全だと判断しても良いだろう。

 A氏は久々にモニター室から離れ、備蓄食料や畑、銃火器の確認をした。それに少々の運動をし、酒も呑んだ。

 久々に深く眠れそうだった。





 翌日、騒々しい殴打音と怒声で目が覚めた。

 ゾンビの襲来かと焦る。

 が、冷静に聞くと人間の言葉だ。ハッキリと喋っている。

 助けてくれ、開けてくれ、と言っている。

 

 監視カメラの映像を見る。

 数人の男女がシャッターを叩き、助けを請いていた。

 人間の生き残りだ。この一週間近く、上手くゾンビから逃げ回っていたのだろう。

 近くには大きなキャンピングカー。あれに乗ってここまで辿り着いたようだ。


「頼む開けてくれ」

「助けてください」


 皆、必死に叫んでいる。


「冗談じゃない誰が入れるものか。どこからここを嗅ぎつけたんだ、寄生虫どもめ」


 と、A氏は毒突いた。まあ彼らにA氏の声は聞こえないのだが。


 A氏が生存者達をこの要塞に入れないのには、理由がある。


 まずは食料、電気、その他消耗品の問題。

 A氏一人なら百年生活出来る量でも、十人に増えたら十年しか生活出来なくなる。


 次に、無駄ないざこざを避けるため。

 人数が多くなる程余計な争いが起こる。異性混合ならなおさらだ。

 大人しく建物内だけで争うだけならまだ良い。

 勇敢と無謀を取り違えた阿呆が、要塞内の武器を見て気が大きくなり、わざわざ外のゾンビ達と戦おうとするかもしれない。

 そうして結局ゾンビ達をここに招き入れるという、最悪の事態まで起こり得る。


 とにかく、A氏は皆を招き入れるつもりは無かった。

 他人という異物を入れてしまうと、この籠城生活が破壊されてしまうだろう。


 A氏は食事を取りながら、じっとモニターを見続けた。

 その間も彼らはシャッターを殴り続ける。


「せっかく警備強固な建物があると聞いて来たのに。中に誰もいないのか」

「家主がここに帰り着く前に、ゾンビ達に襲われてしまったのだろうか」


 生存者達は、要塞を留守だと思い始めたようだ。

 監視カメラは壁の中に埋め込まれていたり、装飾品にカモフラージュしていたりと、部外者が見ても分からないようにしてある。

 彼らがA氏の監視に気付く事はないだろう。


「しかしこの周辺には、銃で撃ち抜かれたゾンビ達の死骸が転がっている。我々以外の生存者がいるはずだが」

「そうだ。もし生存者がいるのなら、この強固な建物を目指したはずだ」

「このシャッターが開かないので、諦めて遠くに逃げたのだろうか」

「そもそも結局ゾンビにやられてしまったのかもしれないわ」


 要塞の前で話し合っている。

 早くどこかに行け、とA氏は舌打ちした。


「留守ならば仕方が無い。車で突撃して無理矢理シャッターをこじ開けるか」


 一人の男がそう言った。立派な髭を蓄えている、筋肉質な男だ。

 A氏は思わず眉間にしわを寄せる。


 シャッターは特殊な金属製で、手前に強固なバリケードポールも備えてある。

 車の突進で壊れる事は無いだろう。が、傷くらいは付くかもしれない。

 そのせいで脆くなり、耐久性が下がる恐れが有る。


 A氏は思案する。

 車で無茶をされる前に、銃で全員撃ち殺すべきだ。

 だが銃火器を出した時点で、それを操作する人物がこの要塞内にいる事が発覚してしまう。

 もし一人でも逃したら、後々面倒な事になりかねない。なので全員確実に殺さないといけない。

 しかし、のろのろと歩いているゾンビとは違う。この数日間を生き残った、生命力溢れる若者達。

 全員を逃がさずに殺しきる事が出来るだろうか。A氏にその自信は無い。


 それに、生きている人間を殺すとなると、流石に躊躇いがある。


「入り口を壊してしまったら意味が無いだろう。ゾンビの襲来を防げなくなる」

「このシャッターもかなり頑丈に出来ているみたいよ。手前のポールも邪魔で、綺麗に激突も出来ないわ。車だけを破損して結局中には入れないかもしれない」

「それに大きな音を立てると、ゾンビ達がやって来る」 

「やはりここは諦めて、他の避難所を探すか」


 生存者達は冷静に話し合っている。

 A氏も気乗りしない殺人をせずに済みそうだ。

 ほっと溜息を付くと、監視カメラ映像の端に醜悪なゾンビが映った。

 生存者達の匂いを嗅ぎつけたのか、怒鳴り声を聞きつけたのか、近づいて来ている。

 たった一体のゾンビだが、それでも彼らを怯えさせるには充分だった。


「しまった。早く逃げよう」


 ゾンビに気付き、急いで皆キャンピングカーに乗り込む。


「ちくしょう。ここまで来て無駄骨なのか」


 筋肉質な男が、去り際にシャッターを思いっきり殴った。

 よほど悔しかったのだろう。皮膚が裂け、少量の血がシャッターとその手前の地面に付着した。

 エンジンを掛け、生存者達は去っていった。

 ゾンビはキャンピングカーを追う素振を一瞬見せたが、すぐに諦めたようだ。

 そのままこいつも帰ってくれれば良いものを、何故か要塞に向かって歩いてくる。

 A氏は生存者達の車が完全に見えなくなった事を確認し、ゾンビを狙撃した。





 翌朝、監視モニターを見たA氏は驚愕した。

 十体近くのゾンビが、要塞前をうろついている。

 籠城二日目に、ゾンビと化した哀れな近隣住民を大量殲滅した後は、一体二体が迷い込むくらいだった。

 こんなに大量のゾンビが一気に押し寄せてくるのは、始めてだ。

 一体何が起こったのか。


 シャッター前に、一体のゾンビが頭を潰され倒れている。

 ゾンビの同士打ちだろうか。ゾンビがそのような行動に出るのか。

 A氏は、ゾンビが倒れている場所を良く見ながら考えた。

 そして思い出す。あの場所は、昨日生存者の一人が怪我をして血を流した場所だ。


「人間の血を求めているのか」


 ゾンビ達は、シャッターに付着した血の匂いで集まったらしい。

 おそらくだが、最初に辿り着いたゾンビが血を舐めとっている所に、遅れて現れたゾンビ達が強引に割り入ろうとし、頭をかち割ったのだろう。

 その後シャッターの血も乾き、集まったゾンビ達のあてが無くなってしまい、そのままふらふらと要塞前を歩いているのだ。


 しかしシャッターに付着していたのは、擦り傷から滲み出た程度の血だった。

 指一本で全て拭えるくらい微量な血液。

 たったそれだけの生血が、誘蛾灯のようにここまでゾンビを引き付けるのか。


 A氏は銃を遠隔操作した。

 今回は近くにいる大量の敵を倒すため、機関銃を使う。

 壁上部に設置している銃砲が動き、激しい弾の雨を降らした。

 ゾンビ達は手足を吹き飛ばされ、頭を無数に撃ち抜かれる。首がちぎれるものもいた。

 苦痛を感じているのかどうかは分からないが、呻き声を上げている。


 同時に狙撃銃も操作し、少し離れた場所を歩いているゾンビの頭をいつものように撃つ。

 最後には全員動かなくなった。



 遠隔操作銃を使って、日に十体近くものゾンビを倒すのは、それが最後となった。

 その後は多くとも日に三体。

 元々住民の少ない地。まったくゾンビを見ない日の方が多かった。





 地獄のような世界だが、その中での平穏な日々がしばらく続いた。

 しかし数日後、A氏がどうしても我慢出来ない事が起こってしまう。

 臭いだ。始末した要塞前のゾンビ達が、強烈な腐敗臭を漂わせている。

 離れた場所にいるのを狙撃で倒した分は良いのだが、シャッター近くの数体が問題だ。

 あれを片付けないといけない。


 A氏は全ての監視カメラ映像を細かくチェックし、周囲に新手のゾンビがいない事を確認した。

 肌を一切出さない防護服。そしてガスマスクを装着。

 用意しておいた中型ダンプカーとフォークリフトを運転し、シャッターを開け外に出す。

 フォークリフトで無理矢理ゾンビ達の死体を持ち上げ、ダンプカーの荷台に詰め込んだ。

 その作業の間、ゾンビ達が来ないか周囲に神経を注ぐ。


 事切れたゾンビを乗せたダンプカーを運転する。

 遠くまで行く必要は無い。すぐ近くの、見通し良い場所まで走らせた。

 近くにゾンビがいないか確認し停車。荷台を傾け、ゾンビの死体を転がり落とす。

 再び念入りに周囲を確認し、運転席から慌てて降り、荷台から全ての死体が落ちた事を確認した。

 そしてまた急いで運転席に戻った。


 用は済んだので、要塞へと帰る。

 途中で既に動かなくなっているゾンビを轢いても、気にせず運転を続ける。

 右前方に動いているゾンビを発見した。相手もこちらに気付いたようだ。ゆっくりと向かって来ている。

 A氏はアクセルを踏み、ゾンビを跳ね飛ばした。

 この倒し方は二度目だ。しかも今度は中型とは言え巨大なダンプカー。当然ゾンビは即死した。


 要塞前へと辿り着いた。しつこく周囲を確認し、シャッターを開ける。

 ダンプカーとフォークリフトを中に入れた後、すぐにシャッターを閉じる。

 二つの車はすぐに洗浄。A氏自身も体を念入りに洗い、消毒した。


 やっと一息つく。

 悪臭もしなくなった。

 その晩、A氏は夕食をいつもより少しだけ豪華にした。





 再び平穏な日々が戻る。

 何日もゾンビ達を観察して分かった。

 奴らには、この要塞に侵入するだけの知能も力も無い。

 つまりこの建屋内にいれば、安全は保障されるのだ。


 A氏はすっかり安心し切っていた。どんな非常事態でも、長く続けば慣れるものだ。


 読書に映画鑑賞、適度な運動。地下の畑も耕す。

 機材や銃火器、車のメンテナンスも欠かさない。

 時々は少し豪華なディナーを楽しむ。

 定期的に監視カメラの映像を確認し、ゾンビを撃ち殺す。


 たまに思い出したかのようにテレビやラジオを付け、放送が再開されていないかどうか、ひいては自分以外の人類の誰かがこのゾンビ問題を解決したかどうかを確認する。

 しかしテレビもラジオも、A氏に情報を伝える事は無かった。





 そんな毎日を送る。何日も。何か月も。何年も。

 そして、要塞からほとんど出る事無く、いつの間にか十年以上の時が過ぎた。


 A氏は憔悴していた。

 はっきり言って、寂しくなっていた。

 孤独に打ち勝つことが出来なくなっていた。


 昔は家族友人など自分には必要無いと思っていたのだが、いざ完全に一人になると、実はそんなに強い人間では無い事に気付いてしまった。

 紛らわすために、いつも独り言を呟く。しかしそれは少しも心を潤してくれない。

 一人で何かをやるのが億劫になった。自然と運動の回数も減る。

 食料も保存食ばかりで栄養が偏っている。


 A氏は心も体も病気になりかけていた。

 気分が落ち込む。胸が苦しい。手足の先が少し痛む。右半身が痺れている。股関節がだるい。息苦しい。目がかすむ。頭が上手く働かない。

 たまに現れるゾンビを狙撃する事が、数少ない刺激となっていた。一番のストレス発散方法だ。

 わざと四肢を狙い、じわじわと殺す。這いつくばるゾンビを見て、笑う。


 A氏はこの生活にうんざりしていた。


 最近良く思い出すのは、籠城生活最序盤に現れた、あの数人の男女。

 入れてくれと叫んでいた。しかし無視して追い返した。

 もしかして彼らを招き入れるべきだったのかもしれない。

 そうすれば、こんな寂しい生活はせずに済んだのに。

 

「いや、違う」


 自分の中に生まれた感情を、慌てて打ち消す。

 あの判断は間違えていなかった。

 あそこで彼らを招待したら、今こうやって無事に生活出来ていないかもしれない。


「私は正しい。間違えていない」


 自分に言い聞かせるように、何度もそう呟く。


「異物を入れたら破滅していた。どんな酷い目に遭うか分かったものではない。きっと今より状況は悪化しているはずだ」


 当初A氏が示したかった自分の正しさとは、ゾンビ襲来に備える事の必要性についてだった。

 だがいつの間にか、あの日の判断の正当性にすり替わっていた。

 あの時、彼らを助けなかった事。あれが最良の手だった。そうに決まっている。

 A氏は最近、その事ばかりを考えるようになった。


 またストレスが溜まっている。早くゾンビを撃ち殺さないといけない。

 しかし、ここへ迷い込んでくるゾンビの数は激減していた。

 最初は日に一体か二体だった。それが徐々に間隔が長くなり、十日に一体。一ヶ月に一度。三ヶ月に一度。

 そして今や、


「今日で丁度二百日目だ」


 実に二百日。半年以上もの間、ゾンビの姿を確認出来ていなかった。

 A氏のストレスも限界だ。

 ゾンビが出現したせいでこのような生活をしているのに、ゾンビが出現しない事を歯痒く思っている。

 矛盾している、歪んだ心境へと相成っていたのだ。


 何故ゾンビは現れなくなったのだ。

 もうこの辺り一帯からは、いなくなってしまったのだろうか。

 いやもしかしたらこの地域どころか、世界からゾンビがいなくなってしまった可能性もある。

 例えば、どこかの国がゾンビ化に対抗する特効薬を作ったりして。


「そうだ、そうかもしれないな。もう十年にもなるんだ、人類の反撃が始まっていても不思議では無い」


 A氏は、要塞を作った最初の目的を思い出した。

 ゾンビの恐怖が消え去るまでの間、安全に過ごすためだ。

 ゾンビが現れない事に焦燥している場合では無かった。

 むしろそこから希望を感じ取るべきだったのだ。


 テレビとラジオのスイッチを入れる。相変わらず何も受信しない。

 ここ十年、世界情勢は全く分からないままだ。


「駄目か。いやでも」


 A氏は、外に出て状況を確認したいと考えた。

 だが冷静に思い直す。危険だ。本当にゾンビ対策がなされている確証は何も無い。そもそもがただの願望なのだ。

 一旦落ち着くため横になる。


 様々な願望が脳に渦巻く。

 ゾンビを撃ち殺したい。

 外に出たい。

 早くこの孤独から抜け出したい。





 更に五日経過した。ゾンビは現れないままだ。

 A氏の中で、外に出て確かめたいという欲求は、ますます大きくなっていた。


 散弾銃を手に持つ。弾と手榴弾、ライターをバッグに詰め、背負う。

 予備の拳銃、ナイフ、双眼鏡を腰にぶら下げる。武装は完了した。

 車は頑丈で大きな物が良い。小回りは効かないが、とにかく安心出来る。

 以前の外出にも使ったダンプカーにしよう。この十年、整備は続けて来た。

 車の助手席にも、一応別の武器を置いておく。


 遠出するつもりは無い。

 ただ近くを巡回するだけ。

 この辺りにゾンビがいるのかいないのか、それを知りたいだけだ。


 監視カメラ映像をしばらく凝視。見える範囲にゾンビがいない事を確認した。

 久々のシャッター開閉、そして久々の運転。

 上手く作動するか少々不安だったが、シャッターも車も特に問題無く動いた。

 町へ向けて走り出す。


 荒れ果ててしまった元国道を走行する。

 一キロメートル、五キロメートル、十キロメートル。

 風化寸前の死体が所々に転がっているが、動いているゾンビは見当たらない。

 そのまま町に辿り着いた。

 ぴくりとも動かない死体が散乱しているが、やはり活動するゾンビはいない。 


 ゾンビは撲滅してしまったのだろうか。

 これだけ移動しても見当たらなかったという事は、少なくとも数は激減してしまったに違いない。

 どこぞの大国か、優秀な団体か、勇敢な個人か。誰かしらが解決してくれたのであろうか。


「ついにあの生活から抜け出せるのか」


 A氏は期待に心を震わせながら、ダンプカーを走らせ続けた。

 この辺りは仕事で良く来ていた道だ。

 思い出深き場所。

 しかし荒れ果て、乾いた血がそこら中にこびり付いている風景からは、懐かしさを感じ取る事が出来なかった。


 その時、急にダンプカーが止まった。

 エンジンを調べる。故障のようだ。

 整備はしていたが、A氏はプロでは無い。さすがに十年の月日は長すぎたらしい。

 修理しようにも簡易的な道具しか持っていないし、詳しい故障箇所も分からない。

 自動車技師の資格も勉強しておくべきだったか。だが後悔しても仕方が無い。

 こんな場所で車を失うのは不安だが、とりあえず徒歩で要塞まで帰るしかないだろう。


 ここからだと数時間歩く事になる。

 しかし、ここに来るまでに一体のゾンビとも遭遇しなかった。

 帰りもおそらく大丈夫だろう。


「そうだ、もうゾンビはいないんだ。私は勝った。私は正しかったんだ」


 A氏は叫んだ。

 ゾンビに備えて要塞を作った事。

 他の生存者を冷酷に切り捨てた事。

 十年、ずっと孤独に耐え続けた事。

 今、その全てが肯定されたのだ。




 唸り声が聞こえた。




 低く、擦れた声。

 それも大勢の声。


 A氏の叫びに呼応するように、廃墟の町へ響き渡る。


 微動だにしなかった腐乱死体達が、急に立ち上がった。

 それだけでない。建物の影や草むらの中からからも、動く死体達が現れる。

 大量のゾンビ。二十、いや三十体はいる。

 全員、A氏に向かって歩いて来る。


 ゾンビは死滅したわけではなかった。

 食料となる人間達がゾンビ化、もしくは避難しいなくなってしまったため、活動を休止していただけだった。

 それがA氏の叫びにより、深き眠りから目覚めてしまったのだ。

 迂闊だった。倒れたまま動かないので、死んでいるものと勘違いしていた。

 良く考えると、首や頭は皆無事なままだったのに。


 A氏は慌てて散弾銃を撃つ。

 一番近くにいたゾンビの頭が吹き飛んだ。

 だが他のゾンビ達は仲間の即死に怯むことなく、変わらずこちらへ向かって来る。

 再び撃つ。

 慌てていたため少し逸れた。

 ゾンビの体が後方へ大きく吹き飛び、左肩から先が砕け散ったが、それでも死に切れずにまだ動いている。

 そしてまだまだ大量のゾンビ達が、A氏の血肉を求め集まって来ている。


 駄目だ、数が多すぎる。

 A氏は一旦逃げ出すことにした。

 ダンプカーはもう動かない。車内に籠城しても後が無い。

 自分自身の足を使って走るしかない。


 ゾンビがいない方向を選んで走り出す。

 運動不足のためすぐに息が切れたが、そんな事を言っている場合では無い。

 とにかく必死に足を動かし続けた。


 前方に別のゾンビ集団が見えた。

 騒ぎを聞きつけ、他の奴らも冬眠から目覚めてしまったのか。

 別の道に入る。そこにもゾンビ。

 更に別の道。ゾンビ

 町はゾンビに支配されていた。


 A氏は半狂乱になり撃ち続けた。

 だが、その銃声でまた別のゾンビがやってくる。

 弾も尽きてしまった。銃を振り回しながら、とにかく逃げる。

 しかしゾンビの集団は、じわじわと、容赦なく追いかける。


 A氏は言葉になっていない叫び声を上げた。

 頭の中が真っ白になり、目の前が真っ暗になる。

 自分でも何をやっているのか分からなくなる程に混乱しながら、とにかく逃げ続けた。


 そしてついに、恐怖のあまり気絶してしまった。





「気付きましたか」


 目覚めると、一人の男性が顔を覗き込んでいる。

 やつれて顔色が悪い、服もくたびれている中年男性だ。

 A氏は起き上がり、その男性に尋ねてみた。

 

「ここはどこですか」

「避難所です。運よくゾンビ達から逃げのびた人達で、山の上に集落を作っているのです」


 元々誰も住んでいなかった山の上ならば、ゾンビ化した者達が襲って来る危険性も少ない。

 それはA氏が田舎に要塞を立てた理由と同じだ。

 ただ孤独であったA氏とは違い、生存者達は皆で協力し、山頂に基地を築いた。


「たまに少数の勇敢な者達で町に降り、貴重な機材等を調達しているのです。そこで、町の近くで倒れているあなたを発見しました」


 慌てて連れ帰り、介抱してくれたらしい。

 A氏は男性に深く礼を言った。

 そして、十年以上ぶりに人と会話出来る喜びで、涙がこぼれ落ちた。


 A氏は逃げる際に転んでしまったのか、体中のあちこちを打撲していた。

 しかし防護服を着ていたおかげか、血を流すような擦り傷切り傷は負っていない。

 あの逃走劇の途中から記憶が無くなっている。

 運良くゾンビ達から逃げ切った後、気絶してしまったのだろうか。


 男性は集落を案内してくれた。狭い村だ。

 小さな畑を耕し、森の動物を捕まえ食べているらしい。

 キャンプ用のテントがいくつか張られている。家代わりだろうか。


 この大変な生活に、皆が疲れ切った顔をしている。

 だが、皆が生きる力を目に宿している。

 一人で要塞に篭って十年。A氏の目からは活力が失われかけていた。

 それと違って、ここの人々には活力がある。

 この最悪な状況の中でも、皆が支え合い生きる事で、希望の灯火を捨てずにいられているのだろうか。


「どうです。あなたもここで我々と一緒に生活しますか。その腰の拳銃は、中々頼りになりそうですからね」


 そう言われ、A氏は腰に下げている道具に手を触れた。

 さっきは混乱して存在を忘れていたが、拳銃とナイフを携帯しているのだった。


 生存者達と共に生活する。それは孤独に疲れている今のA氏にとって、この上なく魅力的な誘いだった。

 いっその事、皆を我が要塞に招くのが良いかもしれない。

 先程地図を見せて貰い、この集落はA氏の自宅からそう遠くない位置にある事を知った。

 引っ越しの作業もそこまで大変ではないだろう。

 A氏は返事を述べようと、男性の方を振り向いた。


 そこで、視界の隅に畑仕事をしている男の姿が映った。

 筋肉質で、髭を蓄えている男。

 見覚えがある。


 そうだ、あれは十年前、要塞前で助けを求めて来た男。シャッターを殴り、血を付けた、あの男だ。


 A氏は解放してくれた男性の顔を、もう一度良く見た。

 さっきは気付かなかったが間違いない。

 この男性も、十年前に助けを求めてやってきた一員だ。

 更に周りを見渡す。他にも覚えのある顔が多数あった。


 そして一人の女性を見つけて、A氏は目を大きく見開いた。

 あの顔も十年前の記憶にある。

 ただし記憶とは大きく変わっている点があった。

 腹が大きく膨れている。


「彼女は僕の妻です。世界はこんな状況ですが、新しい命も生まれようとしているのですよ」


 男性はどこか気恥ずかしそうに、そしてどこか誇らしげにそう言った。


 A氏は動揺し、一緒に生活しようという男性の問いに、答えることが出来なくなった。

 彼らに罪悪感を抱いたからではない。

 ただ、自分の厄介な信念を思い出してしまったのだ。





 その晩。A氏は集落から抜け出した。

 防護服の左手袋だけを脱ぎ、腕をまくる。

 腰に下げているナイフを抜き、自らの左手首を軽く切る。

 血が一滴、地面にしたたった。

 その状態のまま歩き続ける。


 集落の者達によると、最近ゾンビ達の多くは冬眠状態になっており、近くで大声を出さない限りは襲って来なくなったらしい。

 そしてあの町のゾンビ達は、A氏が出した叫び声や銃声により、完全に覚醒してしまった。

 町へは、この集落から歩いて二、三時間。


 百メートル間隔で一滴の血を垂らす。ほんのちょっとで良い。

 途絶える事無く、道標のように点々と血を地面に付けながら、町へ向かって歩く。

 傷が乾くと、再びナイフで新しい傷を作り、血を流す。


 明け方になり、町の近くへと辿り着いた。

 この辺りで良いだろう。

 A氏は腕に布きれを巻き、これ以上血が垂れないように傷を塞いだ。

 気付くと、酷い頭痛がしていた。

 拳銃を空に向け、一発撃ち鳴らす。

 銃声が辺りに響き渡った。

 きっと町のゾンビ達も気付いただろう。


 A氏は急いでその場から逃げた。

 幸い今度はゾンビに見つからずに済んだ。

 数時間掛け、再び自分の要塞に帰り付く。

 昨日要塞を出発する前は、帰宅後速やかにシャワーと消毒をしようと考えていた。その用意もしていた。

 しかし疲れ切ったA氏はそれを行わず、防護服だけを脱ぎ捨て、布団に入りすぐに寝てしまった。





 それから三日経った。


 A氏は要塞から出て、車を走らせた。

 一番安心出来るダンプカーはもう壊れている。この車は、ゾンビ発生初日に運転していた愛車だ。

 ダンプカーと同様、もう長く走る事は出来ないかもしれない。

 だが、A氏はこの車を選んだ。


 ゾンビ達の唸り声が聞こえる。動くものに反応し、近づいて来る。

 容赦なく愛車で轢き飛ばす。六体ぶつけた所で、車が動かなくなった。

 集落まではすぐだ。A氏は車を捨てて、走り出した。

 ゾンビ達が追って来る。

 A氏は息を切らせながら、集落に向かって走る。

 そしてようやく辿り付いた。希望溢れる生存者達の集落。


 しかし、もはやそこは集落や村と呼べるものでは無かった。

 テントや畑は、人間の血肉で濡れていた。


 そして見覚えのある顔。あの、介抱してくれた男性。

 虚ろな目をして唸っている。

 のろのろと歩を進め、集落の中をあてもなく徘徊している。

 完全にゾンビになっていた。

 近くには別のゾンビ達。こちらも見覚えがある。

 その内一体の女性ゾンビは、腹がえぐれていた。


 A氏は、彼らに向かって叫んだ。


「どうだ見た事か。私という異物を招き入れたからこうなったのだ」


 その叫びに反応し、ゾンビ達は一斉にA氏の方へ振り向いた。

 ゆっくりと近付いて来る。

 前からも、後ろからも。四方を囲まれてしまった。



「やはり、私は間違えていなかった」



 A氏は拳銃を手に持ち、自らの頭を撃ち抜いた。

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― 新着の感想 ―
うっわ~、やってもうた。 折角の未来予想図だったのに、勿体ないと言えば勿体ない。 こういう時に自分の世界を持っている人間は強いというが、A氏はそこまでではなかったんだろうか? まあ、ここを生き延びた所…
[良い点] さくさく読めるところ。自分で選択した人生の八つ当たりをする人の怖さがリアルで面白かったです
[良い点] ダイジェスト風味だからテンポが良くて読みやすいです [一言] 手首切ったあたりからどんどん不穏になっていくの最高ですね 主人公の心理を最初から読んでる分読者は理解しやすくなってるのも上手い…
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