1-5 三人目×××にふるえる
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壱章ノ五 三人目×××にふるえる
依頼票に印をつけ、参加決めた人間は、毎日見に来るもんだ。
ミゲルにそう心得を教えられた次の日の朝。
組合のバーカウンターで朝食代わりのパンをかじっていると、ミゲルが熊狩りの人間を
呼び集めた。
建物の中で待っていたらしい参加者が来る、俺を入れて五人かな?
そのまま五人集まったら、自己紹介も無くまとまって外へ出て行く。
外には一頭引きの馬車、それに馭者台に一人座ってる。
どうやら、その一人が案内人らしい。
馬車は別料金なのか? 後でミゲルに聞いて置こう。
馬車が出発すると、他の人間はその速度に合わせて歩いて付いていく。
走る程でも無いが、中々の速度に付いて行けるか不安だ。
そのまま街の門を出て行く、途中街に来た時、世話になった門番に、
手を上げて挨拶する、でもオッサンだから名前は聞かない。
門を過ぎると馬車は西に進路を向ける。
行く先に見える森に獲物がいるのだろうか? 緊張する。
自分は少し後ろに下がって、他の者の動きを見させてもらう。
調子に乗って前に出ると、良くも悪くもトラブルの予感がするからね。
さて、このメンバーの他の四人をチラリと見ていく。
全員、普通の人間種の様だ。
俺くらい身長の者が二人、茶色と灰色の髪の毛で鎧は無し。
茶髪は弓と矢筒を背負って、短刀を腰の後ろに差している。
灰色の髪のヤツは弓と矢筒を背に、百三十くらいの短槍持ち。
背が百九十を超える最後の一人は、革鎧を着て、マントを付けている。
髪は銀に近い白髪? 弓は無し、その姿を隠せそうなでかい方盾と腰には長剣。
いかにも戦う人間って感じだ、傭兵もするのか?
そいつが中級かなと思ってたら、茶髪が声を出した。
「初めて見る者が居るが、俺がまとめでいいのか?」おっと、そっちは予想外だ。
俺はリーダーになった男に、問題無いと出来るだけ低い声で答える。
舐められない様にしないとな、ベテランだと思わせる雰囲気を心がける。
気分は用心棒、達人になったつもりだ。
我が心すでに空なり。
リーダーは口数も少なめに、俺には合図と一緒に弓で後脚を、
次に前脚を狙って射ってくれと指示した。
後はそのまま槍で援護してくれたらいいと言われ、了承した。
うーん、足を引っ張らないといいな。
分け前の話しが出た、金貨三枚をそのまま六人割で銀貨五枚ずつにする。
毛皮と肉を持ち帰り、その代金も六人割、組合への手数料は最初から天引き。
今回の馬車は組合の物で、使用料も天引き分に含まれる。
熊ぐらいならさっさと狩って来て、次の仕事を探すらしい。
分け前も上下つけてると、後々面倒な事になって命に関わる事になりやすい。
そう言って、訥々とリーダーがマントの男に話していた。
俺はその横で聞いてるだけ、いやぁ勉強になるなぁ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
太陽が空の真ん中にはもう少しの時間が掛かるだろうと思われる頃に、俺達、
熊狩り一行は西の森の手前に着いた。
馬車はどうするのか、案内人と一緒に待っているのか? と思っていたら、
案内人が馬車から降りて、そのまま森に入って行くので驚いた。
この中で一番背が低く、俺の肩ぐらいで、頭には濃い緑色の頭巾を被っている。
ただの一般人では無く、斥侯や追跡人と呼ばれる職種らしい。
灰色の髪をしたヤツが馬車を守りながら待っていると聞いて、
(お前が一番、狩人に見えるんだけど)と心の中でつぶやく。
メンバーは森に入り始めると一切声を出さず、足音も静かになった。
俺も案内人の動き、木の影や草の間から周りに視線を向けたり、枝や硬い草を
踏まないようにする足捌きを感心しながら、出来るだけ真似していく
時折、木に残ってる爪痕や草の乱れ、糞や食べ残し後を調べてる様だ。
どうやら狙う獲物は順調に追跡出来ているらしい。
もう昼になったはずだが、食料はどうするのかな?
森を神経使いながら歩くのは疲れる、腹も減る。横目でみると歩きながら保存食をかじり、
水を飲んでいる。なるほど大変だ、ため息が漏れないようにしながら、俺もそれに習う。
狩りをする時に近くで、血の匂いがする物や火を使って調理や食べる事は、
獣相手に自らの居場所を知らせるようなモンだと、後から聞かされた。
それからしばらくすると、案内人が急に腰を低くして立ち止まった。
前を向いたまま、手だけで俺たちに止まる様に合図する。
リーダーが案内人のそばに、身を低くしながら近づく。
案内人の手の示す方向を確認してる様子、これからが本番か。
風向きを見て、獲物の背中側へ回り込んで行くみたいだ。
俺も緊張しながら、足元に注意して音を立てないように付いていく。
マントの野郎がたまに枝を踏んで音を立て、皆に睨まれてる。
おっかねぇ、明日は我が身だと、殊更に注意を払う。
おおよそ三十メートルくらいの距離に近づいただろうか?
我々の目線の先には、木々の間に黒い小山がある、思ったよりでっかい。
肩まで俺くらいの高さだ、立ち上がればどれくらいか見当もつかない。
今頃になって、怖くなり足が震えそうになる。
それでもリーダーが俺と無言で目を合わせて、弓を準備し始める。
俺も慌てないように背から弓と矢を二本取り出し、呼吸を整えながら、
リーダーの構えの様に弓を横向きに持ち、その上に矢を載せて、
目の横までに弦を引いていく。
リーダーは右、俺は左、息を止めて合図を待つ。
「今」
ただの会話の様に、それでいてはっきりと声が聞こえた。
ほぼ同時に矢を射て、リーダーの弓は足の根元付近。
俺のは足先に突き刺さる。
うまく当てられた、すぐに二本目を載せて準備する。
「ゴァァァァッ!!」
獲物が攻撃されて、こちらに気付いて振り向き、雄たけびを上げる。
おおぅ、どうやら御食事中だった様で、口の周りが血だらけだ。
ちょっとビビリながらもリーダーを横目で見て、合図を待つ。
熊はすぐに向かって来るかと思ってたら、威嚇の為なのか立ち上がった。
四メートルを超えているんじゃないか? と思えるほど巨大だ。
「……今」
先ほどと変わらぬ冷静な声を合図に、二本目を射た。
俺の矢は肩に当たり、リーダーのは腋を浅く貫いた。
「盾、前」
そう指示されて、マントが方盾の縁を地面に突き刺す様に叩き付け構える。
リーダーは盾の少し後ろから、そのまま熊の顔目掛けて矢を射た。
効き目は薄そうだったが、熊の標的を盾を持つマントの方に向けた様だ。
熊は矢が刺さっているのにも関わらず、俊敏な動きで襲ってきた。
「ガァァァッ!!」
恐ろしい大型ナイフみたいな爪が方盾を薙ぐ、マントは必死で堪える。
少なからず刺さった矢が有効なのか、盾は持ち堪えている。
リーダーがこちらを見た。俺は役割を演じる為に頷いて、熊の側面に回り、
脇腹に向かって槍を突き込ん……おや?
ドッドッドッ! ザシュッ! ……ブシュッ
三連突きの後、深々と腋下へ一撃後、捻りながら引き抜いた。
自分のほぼ無意識下で、流れるような攻撃だった。
攻撃された熊が目を見開きこっちを見てる。熊の向こうで短剣を構えたリーダーが、
同じ様な? 表情でこっちを見て固まってる。
横を見れば、マントも剣を振り上げたまま、こっちを向いて固まってる。
案内人は離れた木の影でこっちを見て固まってる。
ふー、今日は良い天気だな……
熊が倒れる音と共に現実逃避から離れ、自分の行為に震える。
訓練場の時と違うよね、攻撃力が上がってる、弓も違ってたか?
どうするべ? 下手に誤魔化せないよね?
こうなったら、演技スキル(自前)の出番!
「ふぅ、久しぶりだったから、張り切ってしまったぞ」
ヤレヤレって感じでベテランを気取る、もう泣きそう。
「──大したモンだ、かなりの腕だな」
固まってたリーダーが復活し、褒めてくれる。
他の者もすごいな、とかやるな、とか肩を叩いて褒めてくる。
ヤメテヤメテ! 自分は褒められたら縮むんです!
それからは、案内人が縄を取り出し足を縛って、
数人で協力して逆さ吊りにする。それでも頭は地面に着いたままだ。
地面に穴をあけ、首を裂いて血抜き。
それ以外の者は、獣が寄ってこないか周辺を監視。
鍋で湯を沸かし始めたので、まさかこんな所で熊鍋でも始める気か?
そんな思いで恐々としていると、解体用ナイフを取り出した。
腹を上下一直線に裂き、手足から腹へ裂き繋ぎ、手足をぐるりと刃を回す。
慣れているんだろうが、結構な速度で皮を剥いで捌いていく。
捌いてはナイフを湯に漬け、捌いては湯に漬けていく。
時々砥石で研いでいる、なるほどナイフに付いた肉の脂を落としているのか。
周辺を監視しながら、横目で観察する、勉強になるね。
時折寄って来る、狐だか狼だか睨みを利かせて追い払う。
……何故か狼だけは驚いた表情に見えるのはどうしてだろう。
手際は良いがそれでも、解体にはそれなりの時間が掛かっていた。
依頼の肝と胆嚢、後は毛皮と肉を取り、その他はそのまま捨て置いた。
その内、他の獣が処分してくれるに違いない。
初めて生き物を殺したとか、解体の時に血や内臓見たりと、ショックを受けるかと思ったが、
それほどでも無く、少なくとも今は冷静だった。
自分がこれほどタフだった事の方が驚きだった。
手分けして馬車まで荷物を運び、帰途につく。
今からなら、まだ太陽が沈まぬうちに帰れるだろう。
今回は早かったなとか、腕利きが居ると違うなとか、行きと違って仕事帰りの余裕か、
会話が弾んでいる。
話に出た、その腕利きが誰の事なのかは、絶対聞かない。
街に戻り、組合で納品を済ませると、外は暗くなっていた。
ミゲルがこっちを見てニヤニヤしてる、ムカツク。
追加金は金貨一枚と銀貨八枚になった、予想以上で皆喜んでる。
リーダーがバーカウンターで酒を人数分頼む、祝い酒かな?
ジョッキで酒が来て、今日の狩りに感謝を、と言って酒を煽る。
一気飲みかよ! と思いつつ、すっぱぬるいエールミドキを一息で飲む。
これはリーダーの驕りらしい。なるほど有能な人間って感じだもんな。
出来る上司が居ると、仕事が捗るのはここでも一緒か。
一杯だけ飲んだらそれぞれが別れを告げ、手を挙げて去って行く。
どこぞの祭りの枡酒を思い出す。
リーダーには、また組めたらいいなと一言頂いて、俺は苦笑した。
名前も知らない連中だったけど、気分は悪くなかった。
狩りの状況とか、まったくの想像で書いております。
見当違いな物でしたら、笑い者にして下さい。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。