5-8 三人目、海の光
よろしくお願いします。
結局、俺はあのウツボの魔獣を倒せたのか、逃がしたのか、どちらも判断出来なかった。
気がつくと耳は聞こえない、目も白い靄が掛かっているみたいに前が見えない。それに体が痺れてて、起き上がれない。あんのクソババア! 使う場所を間違えたら、辺り一面が消し炭になってるじゃねえか、と森人族の里長に心の中で毒突く。
いやいや、それでも自分のお婆さまになる人かも知れないんだ、全て許そうじゃないか。深呼吸をしながら心を落ち着ける。とりあえず今の現状の把握を……、このままじゃ動けないので自分に回復の力を使った。
目も耳も体の痺れも元に戻り、自分が船の後方部に一人で居るのが分かる。ウツボに魔法剣を使った時のままだ。俺は硬く握り締めて過ぎて、剣から手が外れないのを強引に剥ぎ取り、鞘に収めた。
ウツボの居た方向には何も見えない。ウツボは海の底へ逃げたのか、死んで骸が沈んだのか、姿は見えない。ああ、『轟雷』を使いながら回復の力を使えば、その結果が見届けられたのにな。それにしても気絶するとは思わなかった。
諦めて船の左右を見ると、少々別の大渦に近づいているのが分かり、ぶるりと身を振るわせる。万が一船員が気絶していたり、このまま俺も気付くのが遅かったら、渦に引き込まれて海の藻屑になっていた可能性がある。
攻撃した時からあまり動いてない所を見ると、どうやら船はしばらく漂っていたようだ。俺は立ち上がり、船首の方へ向かった。そこには気絶して居る者やうんうん唸って居る者、船べりに凭れ掛かったまま休んでいる者など様々だった。
俺が魔法剣を使っている最中、数本の雷が落ちた時に、もう終わったと思って目と耳を塞ぐのを止めたら、その直後にあの『轟雷』だ。空から海へ大きな光の柱が聳え立ったと思ったら、轟音と共に体に衝撃を受けて皆引っくり返ったそうだ。
幸いな事に大怪我や麻痺したままの者は居らず、俺は皆の様子を回復の力を使いながら診て回り、あの時の状況を聞いた。船長や操船に関わる者が立ち上がるとそれぞれ慌てて仕事に戻った。このままだと別の渦に巻き込まれるからな。
レストやエルドレッドが俺にあの魔獣がどうなったかを聞いて来たが、俺も気絶して分からなかった事。それでも魔法剣を振り下ろす直前、ウツボの魔獣が逃げ始めて、その慌てぶりから恐らく、それなりの効果はあった事等を伝えた。
ウツボの生死の判断がつかなかった事に二人は落胆していたが、それでも俺達は生き残った事、ウツボを撃退出来た事に喜んだ。渦の消滅の確認には二三日は掛かるだろう。その確認が出来ない内は渦の向こうへは渡れない。
いや、そもそも今の状況で渡れるものなのか? 岬辺りに基地を作って、準備してからではないと怖くて行けないだろう。レストにそれっぽい事を遠まわしに提言した。さすがに強引な事を平気でするレストでも今のままでは難しいと悟ったのか、渋々頷いた。
そうして渦の消滅の確認に三日を使い、俺達はイグザギへ帰還した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
北の海までの航海に約二ヶ月と半月の日数が掛かり、持って帰った物は精々が鷲の魔獣の羽根が数本。大渦を一ヶ所消しただけで終わったが、今回の航海は有意義だった、と思いたい。エルドレッドが涙を流しながら地面に口づけしてるのを見てると自信が無くなる。
今回の契約とその他の報酬でエルドレッドは金貨十枚以上貰ったし、俺もなんだかんだで役に立ったのか、貰えた金貨は八枚は超えた。さすがに大っぴらには出来ないが、それでも金貨をくれたのは、さすが軍に顔の利くレストであると思った。
始めの印象が悪かったせいで遠回りになってしまったが、航海で一緒になった感想はそんなに付き合いづらい人間では無かった。森人族との交渉では無く、初めから船の方に関わっていれば部下として付き従っていたかも知れない。
……だが、それだとエルドレッドと知り合う事も、親方の所で魔法剣を打つことも、森人族の里に行って『轟雷』の加工もしてもらう事も無く、結局は大渦は消せなかった。
レストはこれから幻の北の大陸に向かう準備がある。しばらく王都や軍を回り、色々と話し合いをしなければならないらしい。俺にも部下にならないかと勧めてきたが、謹んでお断りした。そんな感じでレストとはここで別れることになった。
俺がイヒシンや森人族の里の外に出ていれば、その内に再会するかも知れないな。レストもまた会おうと、軍人らしく振り返りもせず去って行った。
俺達も森人族の里に戻る事にする。俺はエルドレッドと王都で別れてイヒシンに帰っても良かったのだが、俺が持っている魔法剣、これがあまりにも危険なので里で封印して貰う事にしたのだ。エルドレッドに任せて持って帰らせると何だか怖いし。
イグザギで乗合馬車を探そうとする俺に、エルドレッドが鷲の魔獣が居なくなったんだから山羊狩りに行こうと誘ってきた。キミ、船から下りてから元気だね。それにお金よりも狩りがしたかったんだね。陸に上がったエルドレッドは元気一杯で面倒臭かった。
それでも仕方なく、山羊の居る北の山に、歩いて向かった。エルドレッドが大地を踏みしめたかったらしい。歩いて数時間も掛からぬうちに山の手前の林が見えてくる。その林に入る時に何か見覚えがある顔を見つけた。
──森林狼さん、こんな所で何してるの?
「あなた方を遠くから護衛するように長から言われていたのですが、水の上に行ってしまわれてどうすることも出来ず、ここで帰りを待っていました」 そんな表情をしてくる。
鷲の魔獣が居て、山の近くにも居られなかったが、ある時から姿が見えなくなった。そこで我々は山羊を狩り、ここらであなた方の帰りを待っていたと。……我々?
気がつくと、もう一頭が林の中から出て来た。さすが森の狩人。気配の消し方が素晴らしい。それからは俺達は里に戻るつもりで、その前に山羊狩りに来たのだと説明した。それを言うと森林狼さんが言ってくる。
「であれば、我々の背に乗って行きますか? 急げば神様が三回顔を出される間に里に着きますよ?」
神様というのは月の事だね? つまり三日か、早ぇな。でも悩む。主に自分の内臓的な意味で。
どうする? とエルドレッドに尋ねると、コイツ何言ってんだ? みたいな顔をしてる。
「……オスカー、森の狼と見詰め合って、何、独り言をぶつぶつ言っているんだ?」
なるほど、そう言う訳か。めんどくせぇ。里長とウェルってどうやって狼達と疎通を図っていたんだろうね?
余計な説明をせず、いいから狼に跨れと強引に乗せる。俺も全ての事を諦めて狼さんに乗せてもらう。何? 何? と訳も分からず怖がっているエルドレッドにしっかり掴まっておけよと言って、狼さんに頼むと一言、出発してもらう。
「わぁぁぁぁぁぁぁ!?」 エルドレッド、五月蝿い。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その後、二人して体が固まって変な格好のまま、鹿狩りをしたり、野営をしたり、薬草酒を飲んだりした。三日目にはさすがに慣れて、狼さんに乗ったまま弓を射る事が出来るようになった。
このまま狼騎乗の狩人も悪く無いかな? と思ったが、今の自分は冒険者ではない、まだまだ未熟な鍛冶士の弟子である。残念に思いながらも、里の手前で狼さんと別れ、名残惜しそうなエルドレッドを引き摺って里に帰った。
「おや? 帰ってきたのかい。どうだったね旅は?」
──おおよそ三ケ月振りに里長に会ったエルドレッドは、俺達の帰還の挨拶もそこそこに、旅での事は話し始めた。山で鷲の魔獣にあった事、海の街の食事が美味しかった事、途中で鷲の魔獣の退治や海豹狩りの話を長々と話してた。
俺はウェルに挨拶しようと家の中を探すが留守にしてるみたいだ。里長への話はエルドレッドに任せて、俺はウェルに船旅の話をしてやろう、そう思っていると里長から無慈悲の一言。
「ウェルかい? 今はアチクの西の村に両親と出掛けていて、しばらく帰って来ないよ?」
……何だって? 出掛けてる? 両親、居たのね。見掛けなかったから、てっきりすでに亡くなっていて、里長と一緒に住んで居るものとばかり思ってたよ。しかし、そっかーウェルしばらく戻らないのか。里に来るんじゃなかった。
その後、里長に俺が持っている魔法剣は危険過ぎるから、誰にも勿論エルドレッドにも触らせずに、この里で封印欲しいと手渡した。里長が『轟雷』を加工しなかったらまだ使い物になったのにと、ちくりと嫌味を込めて。
「そ、そいつは悪かったね。今度新しい魔法剣持って来たら、タダで加工してやるから」
──是非お願いします。
里長にはもっと恨み言を言いたいんだけど、『轟雷』が無かったら、俺達は生きてここに戻って来れなかったかも知れないから、あまり強くは言えないんだよね。
結局、苦労して材料を集め、わざわざこの里で加工してもらった魔法剣の思い出と言ったら、巨大なウツボの魔獣と一瞬だけ見えた光る海だけだった。
五章 終わり。
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